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9ー5

 たしかに潮風が体にまとわりついて嫌だという女性はいるけど。まさかこんな身近にいるとは思わなかった。


「実はあたし、カブラくんと一緒にアパート追い出されてしまって。会社もクビになって、なんとなくたどり着いたのがあの海辺だったんです」

「へぇ〜? そんなことがあったんですか」


 あたし、なんで白木さんにこんな話をしているんだろう?


「それで、車の中で途方に暮れていたところを楓さんに見つけてもらって」

「ああ。よかったですね」

「本当に。あのままだったらあたし、どうなっていたかと思うと恐ろしいです」

「縁ってあるんですね。それを言ったら、松下さんとこうしてお話できるのも、彼女と別れたおかげかもしれないです」

「え?」

「あ、いや。不純な動機ではなくて。ここのところずっとけんかばかりしていたから、松下さんとこうして穏やかに話せることがとてもうれしいのです。ってこれもセクハラになりますか?」

「いいえ。だ、大丈夫ですよ」


 うわっ。あせった。


「はい、シャンプーとリンスは終わりました。あとはドライヤーですね」


 バチン、と突然壁から叩かれる音がしたのと、視界が真っ暗になったのは同時だった。


「え? あたしのせい?」

「いいえ。ごめんなさい。ちょうどお湯沸かして、炊飯器使ってるのと時間がかぶってしまって。ここで待っていてくれますか?」

「はい」


 ブレーカーが落ちるなんて体験、久しぶりだな。でも、うん。たしかにそういうのって、男の人はわかってないかもしれない。


 白木さんがスマホの明かりをたよりにバスルームを出てから、ミルクくんをバスタオルで丁寧に拭く。


 ミルクくんは小気味よくブルブルをして、体にまとった水滴を飛ばした。


 バチンと音がして、電気が復活すると、あわてた様子で白木さんが戻ってきた。


「お手間をかけてしまってすみません」

「かまいませんよ。ドライヤー使いますね」


 その時。なんだかよくわからない不安に襲われた。背筋がぞくぞくして、変な感じだった。


「どうかしましたか?」


 白木さんに聞かれて、いいえ、と答えたものの、よくわからない不安は遠ざからない。


 とりあえずトリミングを終えると、料金をもらった。


 玄関を出ようとした、まさにその時。あたしのスマホが振動した。


「あ、じゃあ。ありがとうございました。またね、ミルクくん」


ミルクくんと白木さんに別れを告げると、走るようにエレベーターホールに向かい、電話に出た。


『もしもし里奈ちゃん。今ね、カブラくんが体調崩しちゃって』

「え?」


 足元がぐずぐずと崩れるような予感がして、あたしはその場で尻もちをついた。


     つづく

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