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指定された住所にたどり着くと、車を止めてトリミングセットを肩にかけた。
結構大きなマンションだから、緊張してしまう。
エントランスで部屋番号を押すと、すぐに返事がある。
「浜風ペットサロンの松下と申します」
『どうぞ上がってきてください』
少しあまさの残る低音で、男の人の声がした。
本日のお客様は白木 優さん。以前に何度かご来店してくれたことがあったので、品のいい社会人として、あたしには新鮮に見えた。
インターフォンを押すと、中から鍵の開く音がして、身を引き締める。
「白木です。どうぞ中へお入りください」
ひゃあ。
いつも楓さんたち浜風姉弟や椿さんなんかと一緒にいて、美形は見慣れているはずなのに、白木さんは名前通りに清潔感にあふれている。きっと奥様が几帳面な方なのでしょうね、なんて思っていたら。
ふいに豆柴の男の子を抱き上げて、あたしに見せてくれた。
「ミルクです」
「へぇ。白柴さんは珍しいですね」
「ええ。本当は浜風さんにお伺いしたかったのですが、同居人とけんか別れしてしまって。恥ずかしながら、彼女がいないとぼく、なにもできない人なんです」
同居人とにごしているけど、恋人のことだよね。きっとすんごい美形さんに違いない。いいなぁ。空気が新鮮なんだろうなぁ。
「あ、じゃあミルクくんと一緒にバスルームに行きましょうか?」
「はい。こちらです」
あたしは白木さんの後についてバスルームへと歩いてゆく。
ミルクくんはとても大人しくて、なんだかサクラちゃんとも仲良くなれそうなのではないかな?
なんてね。そうなったらカブラくん、拗ねるんだろうな。
「どうぞ。ぼくはなにをすればいいですか?」
「え〜と、バスタオルとドライヤーをお借りしてもよろしいですか?」
「かまいませんよ。はい」
なんと。事前にそう言われることを察していたようにバスタオル数枚とドライヤーを手渡ししてくれる。
「ありがとうございます。あとは、ミルクくんが怖がらないように声をかけてくれませんか?」
「わかりました。ミルク、大人しくしてね」
あ。しまった、と白木さんは突然声を上げた。
「柴犬はやんちゃな犬種なんだから大人しくしなさいなんて言うもんじゃないって彼女に叱られていたのでした。本当のところ、どうなんですか?」
「大人しくって言っても、やんちゃな子はやんちゃですし、あまり気にしなくてもいいんじゃないですか?」
「ですよね。実は、浜風さんにお伺いした時からフレンチブルドッグのファンになりまして。ぼくはフレンチブルドッグを飼いたかったのですが、彼女に押し切られてしまったのですよね」
……おやおや? これはまた問題発生の予感がするぞ。
つづく




