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「いや、鼻キスなんて人間がつけた言葉だから、そういう意味はないと思うよ?」
あわてふためくあたしに、楓さんがやさしく説明してくれた。
そもそもサクラちゃんにとって、カブラくんは舎弟のような存在であって、恋愛対象ではない、とのこと。
そりゃあまぁ、カブラくんは去勢済みなわけだから、恋人とまではならないのだろうけれども。
「サクラは本当にカブラくんと遊ぶのが好きみたいですね」
カブラくんとサクラちゃんがじゃれるようにプレイバウを繰り返す姿を見て、誠くんがうれしそうにはにかむ。
誠くんからすれば、このサロンも彼のリハビリのひとつとなって欲しい。
そして、絶妙なタイミングで絡んでくるラブちゃん。
ラブちゃんはサクラちゃんを警戒していたみたいだけど、なんとか仲良しになれたみたい。
この子たちを見ていると、時間が無限にあるように感じてしまうけど、現実はそうもいかない。
車を持たないお客様のために、トリミングの出張サービスをはじめたからだ。
固定電話が鳴ると、すぐに楓さんが受話器を取り上げる。
「もしもし? はい。出張トリミングサービスですね。はい、白木さん。いつもお世話になっております。はい。ミルクちゃんのトリミングですね。一応なんですけど、噛み癖はありますか? なしと。わかりました。すぐそちらにお伺いします」
楓さんの声に耳を向けていたあたしたちはすぐ仕事モードの顔になる。
「里奈ちゃん。出張トリミングお願いしてもいいかな? 噛み癖はないってことだし、豆柴の男の子だから大丈夫だと思うんだけど」
「はい。行ってきます。えと、カブラくんはみなさんにたのんじゃってもいいですか?」
「もちろんだよ。気をつけてね、里奈ちゃん」
楓さんに言われて、出張用の道具に手を伸ばす。細かい話だけど、庭のある一軒家ではなく、マンションの一室だから、シャワールームでの作業になる。
とてもじゃないけどカブラくんを連れていけない。
「ぼくが見ていてもいいですか?」
お? 誠くんが見ていてくれるの?
「ありがとう。頼みます」
「はい」
そしてこれが、まさかの結末に向かう……か、どうかはまだわからないんだから、物騒な妄想はしないことにしよう。
「それでは、行ってきます!!」
あたしはドアを押し上げて従業員専用駐車場へと向かった。
つづく




