7ー2
「兄さんはいつもタイミングが悪いんだよ。だからいつも楓を泣かせる。今だって楓は、兄さんのことをわすれようとしているのに、なんで今なのさ?」
さすが双子のお兄さんだけあって、椿さんの目力にも山茶花さんは少しもたじろがない。
「だからドイツで治験をやるんだよ」
「その前はイギリス。さらにその前はアメリカだっけ? 結局歩くどころか立ち上がることすらできないじゃん」
え? そんなに?
「その都度楓を利用して、治らないのは楓のせいみたいに追いつめて、追い払ってさ」
「それは、ぼくも悪かったと思ってる。だけど楓はぼくの天使なんだ。ほかの女たちはぼくが半身不随になってざまあまみろとほざいた。でも、楓は違った」
「だからつきまとうの? 自分の都合で。兄さんは結局、楓の気持ちなんて考えてないんだよ。やさしくしてくれるのを当然の権利だとでも思ってるんだよ」
「もういいよっ」
楓さんが怒鳴った。すごく悲しそうな顔で。
「何日くらいかかりますか? その間、椿姉さんにお店を任せてもいいですか?」
「楓! あんた本気で言ってるの? 兄さんの足はもう動かないの。悲しいけどそれが現代医学の限界なの。だから、楓が巻き込まれる必要なんてない」
そうじゃないから、と楓さんは覇気もなく何回か頷いた。
「巻き込まれるとか、そういうんじゃないんだ。あたしは山茶花兄さんが好き。だから、側で励ましてあげたいだけなの」
「聞いたでしょ? 兄さん。楓の善意にこれ以上すがるのは男の恥だよ」
「とにかく。コーヒーもらえるかな? 濃いやつ」
あ、とあたしはあわててキッチンに向かった。お茶を出す余裕すらないくらいに空気が張りつめていたから。
キッチンに入ると、ため息が出た。あたしは部外者なのに、すごく緊張していたのがわかる。
すごい話を聞いてしまった。楓さん、本当について行くつもりだろうか?
だとしたらサロンはしばらくさみしくなるし、場合によってはサロンが休業になるかもしれない。
よくわからないけど、そういうことだよね?
それにしても、山茶花さん。一見するととてもやさしそうに見えるのに、心の中でいろんな感情が渦巻いている人だった。
楓さんのことは好きだし、幸せになって欲しいけど、山茶花さんは問題がありすぎるんじゃないかな?
だから楓さんは迷ってるんじゃないかな?
ねぇ、カブラくん……。
うん?
カブラくんがいない。ああ、厨房だからいないんだ。動物が入っちゃいけないから。
じゃなくて。
あたしは乱暴にコーヒーカップをおぼんに乗せると、そのまま山茶花さんの前に置いてカブラくんを探した。
いない。
「どうした? 里奈ちゃん」
「あのっ。カブラくんがいないんです!!」
「ああ、フレンチブルドッグのこと? その子は外に出て行ったよ」
なんでもないことのように山茶花さんが言うから頭に血が上った。
「あたし、探して来ます!!」
ああもうっ。すべてのタイミングが悪すぎる!!
最低っ。
つづく




