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「よかったらご試食どうぞ〜」
あたしは、本谷さん提供の薫りのいいロールパンの切れ端をトリミングを終えたお客様とワンちゃんに差し出す。
本谷さんは、犬が食べても大丈夫だという塩分、油分が相当控えめなロールパンを作り始めた。
もう少し改良を重ねたら、うちのサロンで提供するつもりだ。
「あら、ありがとう。サクラちゃん、食べる?」
ここではすっかりお馴染みの顔になった鈴木さんは、愛犬のサクラちゃんにパンをかざす。すかさずぱくついている姿は、これぞ柴犬だな、という食べっぷり。
しかも、まんまるな黒目でもうないの? と聞かれた日には、おかわりをあげないわけにはいかない。
ここ浜風ペットサロンは、トリミングや簡単な獣医のお仕事、そしてそれぞれのお悩み相談からお散歩、ペットホテルとして雑談を通じてこなしてゆく。
あたしはまだまだひよっこだけど、トリミングも少しずつ上達してる、と信じたい。
最初はやんちゃで手に負えなかったあたしの愛犬カブラくんも、最近ではお客様の手作りお洋服まで着せてもらったりして、愛されキャラへと変貌している。
あのやんちゃな、お母さんの形見の指輪をのみこんだ、あのカブラくんが、と思うと、涙なしでは語れない。
そのカブラくんが、サクラちゃんに恋をしたようだけど、これがまた報われないんだな。
人間も動物も、片想いはつらいわね。
と、そこへ。初めましてのお客様が、鈴木さんを見てあらぁ、と陽気に声をかけた。
「鈴木さんじゃない。珍しい。誠くんは? 元気になったの?」
「ええ、まぁ。それじゃあ、あたし帰りますね。パンありがとう。さようなら」
慌てて去ってゆく後ろ姿に呆然とするあたしたち。
「えっと、はじめまして。浜風ペットサロンへようこそ」
あたしは決まったセリフを口にする。
「ちょっと鈴木さんすぐかえっちゃったわね。あそこの坊や、誠くんって言うんだけど、学校でいじめにあったらしくて引きこもってるのよ。こんなところで奥さんに会うなんて。誠くんのこと、なにか言ってた?」
「すみませんが」
すかさず楓さんがあたしと新規のおばさまとの間に割り込んでくれた。
「お客様の個人情報ですし、これ以上鈴木さんのことを詮索するのはやめてください」
「あらぁ? でも、ボーガン事件があったでしょう? あたし誠くんが犯人だとばかり思っていたのよ。あの子、少し変わった性格してるから。それでいじめられてたのかしら?」
せっかく楓さんが釘を刺してくれたのに、この方にはなんの効果もないどころか。
あたしたちもこの人のこと言えないんだよね。だって、引きこもりの少年が犯人だと思っていたんだから。
それって、誠くんに失礼だったよね。反省。
つづく




