3ー4
タオルで体を拭きながら、柳くんはおもむろに持っていたカバンを広げた。
「出ておいで、ボタン」
え? って思っている隙に、カバンの中から灰色の何かが飛び出してきた。
「ひっ!? ネズミ!!」
椿さんが信じられない速さで後ろに飛び退る。当然優雅に飲んでいた紅茶が高そうなスーツに飛び散った。
「失礼だな、オバサン。こいつはジャンガリアンハムスターのボタンだよ。あ〜あ、知ってたらツバキって名前にしたのに」
「ネズミにわたしの名前を付けるなっ。それにオバサンって言うな!!」
普通のハムスターより一回り小さいハムスターだけど、色合いのせいか、ぱっと見は本当にネズミと見間違えてしまう。
あたしもハムスター系は得意じゃないけど、さすかに椿さんほどの苦手意識はないかな。
「なにあんた。いつもハムスター持って歩いてるの!?」
「だってこいつ、一年かそこらで死んじゃうだろ? なんか可愛そうじゃん」
「可愛そうなのはシロだよ。ったく、とことん可愛くないガキだね」
ガキって言うな、と怒鳴って、柳くんはボタンちゃんを椿さんに差し向けた。
「るっさいなぁ。シロなんてどうでもいいんだよ。もう覚えてないし」
「覚えてないの?」
その時、やけに青白い顔をした楓さんが現れた。柳くんの言葉に、信じられないというような表情を浮かべている。
「なんで? あんなに可愛がってたじゃない? シロのこと」
「でも、ぼくのこと病気にしたろ?」
「それはマダニのしわざであって、シロのせいじゃないよ」
「でも、結果的にぼくは死にそうになった。だからハムスターを飼うんだ。ハムスターは猫と違って寿命が短いし、愛着が湧く前にお別れできるじゃん」
「違うよ、柳」
違う、と楓さんは言葉を紡ぐ。
「短い寿命でも愛着は湧くんだよ? だから可愛そうだなんて言えるんでしょ?」
「なに言ってんだよ!? ぼくはっ」
柳くんが言いかけたところで、楓さんがぱたりと倒れた。
「楓さん!?」
「楓!!」
あたしと椿さんは、楓さんの額に触れるなり、その熱さに驚いてしまう。
「雨にあたって熱が出たか。里奈ちゃん、楓を寝室に運ぶよ。柳くんはお客さんが来たら断っておいて」
「待てよ!! 救急車とか、病院に運ばないのかよ!?」
「あたしたち獣医師は、短絡的に病院に運べないんだよ。自己判断じゃないけど、本当に熱がさがらなかったら検討する。あんたも、熱が出る前に帰りな」
「やだ」
「なんで?」
「ぼく……。ボタンともっとたくさん遊びたいんだ」
「ご自由に。里奈ちゃん、そっち持って」
「はいっ!」
あたしが楓さんの脇の下を支えると、弱々しい柳くんの声が響いた。
「一年とか二年とかじゃなくて、もっとたくさん生きて欲しいし、本当はシロともっと一緒にいたかったんだっ」
「わかったから。とりあえず今日は帰りな」
熱を持った楓さんを支えながら、妙に冷たい椿さんの声が柳くんを突き放した。
つづく




