【ミーナ学園編:第9話:宣言】
午後の実技授業が始まり、生徒たちは講堂に戻っていた。
先生がまだ来ないのでガヤガヤとかなり講堂内はざわついていた。
主な話題はやはり午前最後のレティシアの実演のようで、一向に熱は収まらないようだ。
当のレティシアは少し離れた中央に陣取り、回りには侍女を始めとした王都在住貴族のヴァレンタイン伯派閥の寄り子子女が集まってチヤホヤしている。
レティシアは特に興味なさそうに、課題の教科書などを開いていた。
講堂に最後に入ってきたのはミーナとエーラだったようで、それなりに視線を集めた。
エーラの言っていた通りだな、と感心するミーナ。
教室に入る順番まで、気をつけねばいけないのだと学んだのだった。
ミーナの心は決まったので、とても静かな気持ちで前の方に座る。
不思議と気にならないのだ、後ろから侍女達に当てられているだろう視線は。
実技の先生が入室し、授業が開始された。
「では始めてください」
先生の声がスピーカーから流れる。
午後一番の実演はミーナ達の部屋からだ。
「エーラ。見ていて、私決めたから」
それだけを告げて待機室から前に出るミーナ。
待機室は屋根はないが、講堂との間にあり実技試験場とはガラスが仕切っていた。
これも安全対策であり、過去の事故から学んだのであろう。
エーラは不安そうに見ていた。
ミーナが落ち着いた足取りで的の正面に立つ。
今までにも何度か授業で魔法は撃った。
回りの威力をみて、同じくらいと思い制御して魔力を出していた。
それでも学年内では上位に入る数字が出ていたのだ。
(姉さまもこうして本気をだしたのかしら?)
気迫はみなぎるが、心はすうと冷めていた。
眼を閉じ集中する。
先ほど感じたようなじわりとした力がお腹の下から湧いてくる。
詠唱を始める前から漏れ出した朱色の魔力で体が浮き上がる。
「な!なんだと!!」
スピーカーから先生の声が、背後から沸き立つ生徒の声を圧して届く。
ミーナはもっとも得意な火属性の上級魔法を詠唱する。
姉カーニャも得意な『カルテットフレイム』だ。
ミーナの身長以上に浮き上がる体。
「なんだ!あの魔力は」
「上級の火属性?!まるで真紅のカーニャじゃないか?!」
「あんなに浮き上がるものなの?!」
先生の声の後ろでは生徒たちのざわめきが流れる。
先ほどのレティシアを超える魔力は一目瞭然だった。
発動すれば3本の螺旋ビームが目標に高速で照射され命中とともに巨大な一本の螺旋を生む。
その中心温度は岩をも溶かすのである。
まずい的が持たないと焦る先生の眼が剥き出される。
発動直前までいって一度待機させるミーナ。
魔法は待機中も魔力を消費していくので、待機させるのはよほど戦術的に理由がなければ避けるべしと授業では習う。
轟々と渦巻く真紅の中でかっと眼を開くミーナ。
首を曲げレティシア達の座る辺りを睨む。
あらたに詠唱が始まる。
多重詠唱で魔力変換を行っているのだ。
赤々と輝きミーナを包んでいた魔力が、外側から水色に変わっていく。
「なにが‥置きているんだ‥‥」
生徒たちに言葉はもう無く、先生の声だけが虚しく響いた。
ついに全ての魔力が変換され、輝く水色にそまるミーナ。
火属性の魔法をキャンセルし、唱え終わった水属性を放つ。
『オウンディーヌスマッシュ』
多重詠唱の特色たるユニゾンのエコーを伴いミーナの術式が発動する。
ズドオオオオォォォ!!
先程のレティシアの魔法と同じものであった。
発動時にもミーナの視線はレティシア達から外さない。
これを見ろと宣言しているのだ。
横を向いたまま右手を突き出し制御しきったミーナ。
魔法が収まるとカウンターに表示が出た。
【22100】
それはレティシアの全力を上回る数値であり、かつてのカーニャが出した数字をも上回ったのだ。
「ミーナ!!」
待機室のガラス扉を開け放ちエーラが飛び出した。
発動が終わり、地にたったミーナはふらふらと魔力切れの症状を見せる。
ふっと倒れる直前にエーラが間に合い抱きとめる。
「ミーナ!大丈夫?!ミーナ!」
慌てていて語彙が少なくなるエーラが何度も呼びかける。
すうと眼を半分ひらいたミーナ。
青い瞳は潤んでいて、力なく声が漏れた。
「次はエーラの番だよ‥‥」
それだけを告げてふっと眼を閉じる。
魔力切れの初期症状たる睡眠欲求であろう。
横抱きに抱き上げて扉へ向かうエーラ。
とても軽いその体を、決して失わせるものかと抱え込む。
「先生!ミーナが!」
走り寄ってきた担当の先生も慌てているが、簡単な測定機をミーナの額にあて計測する。
「大丈夫だ、枯渇までは行っていない。休ませておけば間もなく目が覚めるだろう」
先生の宣言でやっと力がぬけるエーラ。
「一旦授業は休止とします。10分後に集まるように」
そういって先生は念の為と医務員を呼びに行くのであった。
エーラは丁寧に詠唱を始める。
ミーナは間もなく目覚めたが、念の為と医務室に搬送された。
青ざめたミーナの顔色に歯ぎしりしたエーラは心に誓ったのだ。
見せてやると。
彼女は魔力量こそ一般的範疇だが、その制御に自信があった。
幼い頃から時々指導も受けつつ、ほぼ独学で制御の極みに到達したのだ。
学園の入試でも制御と変換効率はダントツの一位で、おそらくその数字はミーナを超えるものだった。
(いままで授業では一度もここまで集中したことがない)
詠唱速度を問わない授業なので、丁寧に式を組み上げていった。
属性に得手不得手が無いので、もちろん選択したのはミーナと同じ水魔法。
湧き出した魔力がエーラの体を浮き上がらせる。
僅かにしか浮かないのは、変換効率が高すぎて漏洩しないのだ。
だがその魔力の輝きはすでにミーナのそれすら超えていく。
(かつて同室の平民の子がレティシアに脅されて学園を去った)
右手を突き出し、詠唱は最終章に入っていた。
右手の先に変換された魔力が水となり玉をなす。
(私は同じ道を進めない。そう言って去ったあの子にかける言葉を持たなかった)
右手の先に巨大な水玉が回転している。
制御に干渉しダブルキャストで円運動を足すのだ。
(下を向いていてもダメだとミーナに教わった!)
水玉はついに制御を離れ楕円に、円錐にと姿を変える。
『オウンディーヌスマッシュ』
チュン!ズドオオオオォォォ!!
恐るべき速度で打ち出された魔弾が螺旋の力で的にねじ込まれる。
防御のため反応した結界が砕けていく。最後に残った結界を打ち砕く寸前に発動が終わる。
吸収結界が必死に作動し水を打ち消すが、消しきれない飛沫でエーラを濡らした。
その冷たさが心地よいと感じるほどエーラの心は燃えていた。
きっとレティシアの方を見る。
「これが私です!」
エーラは声に出して宣言したのだった。