【みんなの夏休み:第13話:ポルト・フィラントに到着】
ポルト・フィラントは内陸深くまで続く深い湾の、海に面した出口にある港町だ。
古くは内陸奥地との貿易と、開かれた外海からの貿易が交わる海の交通要衝であった。
「すごいね!真っ青な大きな川がある」
自走馬車の大きな屋根に登り、あぐらをかいたユアがカラフルで大きな日傘を掲げている。
「これは川じゃなくてフィヨルドっていう湾なのよ。大昔に氷河が削って出来たと学者達が言うわ」
日傘の影にはカーニャが水着でマットレスに寝転がっている。
「聞いたことがありますフィヨルド。水深が深い湾は青く見えるともききました」
ぬりぬりとサンオイルをカーニャに塗り込みながらアミュアが答えた。
現在でも貿易の主たる手段は海運で、船舶なのだ。
ポルト・フィラント近辺で深い湾は一度狭まり、一気に海へと広がる。
自然とそこに船が溜まるのであった。
「湾内は波高も低くなるし、荷下ろし可能な海岸も多いのね。昔から港が多くあったらしいわ」
カーニャの説明を聴きながら、日傘を支える反対側の手は大きな葉っぱのうちわでカーニャをあおぐ。
「いまでもポルト・フィラントは内陸側、外海側の貿易が集中する王国の海の玄関口と言われているわ」
海に向かうこの街道の右側、フィヨルドの緩やかな斜面には多くの建物が並び街になっている。
街道はフィヨルドにそい緩やかに右にカーブしており、カーブの内側が全て巨大な街なのだ。
少し鋭い視線をユアは対岸に向ける。
「そして海の軍事力の集中する要衝でもあると。そうゆうことなんだね」
ユアが見た湾を挟んだ反対側はするどく高い山が連なり、湾内外海に向けた防御陣地などを筆頭に軍事施設が立ち並ぶ。
「あちら側は軍港や造船所が集中してて、海側終端の山は砦に改造され山全体が領主の住む城なんだって。ちょっとユア!足に日があたってるわ」
説明の最後はユアにむけてぷっくりふくれるカーニャ。
まだまだ不機嫌なようだ。
慌てて日傘の位置を調整する困り眉のユア。
「ごめんてえ」
ユアとアミュアが朝から夜霧で先行し、午後になってもなかなか戻らないので皆が心配したのだ。
特にカーニャはかんかんに怒って、最後はユアに抱きついてちょっと泣くほどだった。
「心配したんだから‥‥」とユアにだけ告げた。
今は午後もおそくなり、街が近く交通量も増え速度が落ちているので、上で日光浴しようとユアが言い出した。
そこでカーニャを連れ出して、ご機嫌取りに励むユアとアミュアであった。
「カーニャさま、おのみものでございます」
「うむ、くるしゅうない」
アミュアがさしだした果実水には、アミュアが魔法で作った氷まで浮かぶ接待モード。
ちゅうとストローを吸うカーニャは、もう半分以上笑顔であった。
右側は比較的緩やかな丘で頂上も低い。
湾が曲がって海に入るので曲がりの内側は低い丘になったのだ。
こちらには商業施設が多くあり、海岸線には倉庫が立ち並んでいた。
丘を登るにつれて町並みは綺麗に整っていき、白い壁と青い屋根が連なる。
山頂には高位の商会が大きなビルを建てて本拠地を置く。
王都以上の流通がここには有るのだった。
エーラの実家マルタ商会は、このポルト・フィラントでは中流に該当する規模の商会だ。
とは言え王都で言えば上流に該当する商会規模なのだ。
それだけポルト・フィラントで動く金貨が桁違いということだ。
マルタ商会は外海に4隻の大型交易船を動かし、湾内と近海に中型の交易船で12の都市に航路を持つ。
総資産でいえば子爵や中流の伯爵程度の金貨を持っている。
それがこの街では中流なのだ。
「ミーナぁ!!」「エーラ!!」
ひしっと抱き合う少女たちに、どこかデジャブを感じるアミュアとユアであった。
「ミーナはハグ好きよね」
「そうなのです」
こっそりクスクスするユアとアミュアであった。
「ようこそポルト・フィラントへ娘さん達」
にっこり笑うのはエーラの父でロレンツォ・マルタだ。
このポルト・フィラントで商会会頭を務める、海の男達の代表でもある。
ただし娘がいるとふにゃりと柔らかい顔つきになるのであった。
体は年齢を感じさせない引き締まった体躯をスーツが包み、日焼けした肌に大き目の口ひげが映える。
「エーラ!!」「レティ!!」
ひしっと抱き合う少女たちの間にミーナがはさまっている。ぐえとか声がきこえたので、結構な勢いだったのだろう。
ユアとアミュアの肩を後ろから抱き寄せて間に挟まりながらカーニャ。
「ああして友情を確かめたいのね、きっと。可愛いじゃない」
「まあ抱っこすると安心するよね」
「あんしんです」
自分たちの姿は顧みない3人であった。
和やかな再会が終わると、すっと姿勢を正してレティシアがロレンツォの前に出る。
いつの間にか現れた侍女ふたりも、今日は黒のお揃い侍女服で後ろに控えた。
「ロレンツォ・マルタ会頭でらっしゃいますね。初めましてレティシア・カタリナ・ヴァレンシュタインと申します」
しっかりと頭を下げワンピースの膝丈スカートの端を左右に広げ、膝が地面に着く寸前まで下げた。
後ろの侍女は片膝をつく拝礼で深く頭を下げる。
「大変な失礼を家の者がお嬢様にしてしまいました。愚かな子どものすることとお許しいただければと思います」
『申し訳ございませんでした』
レティシアの悲痛な声に揃えて、侍女達も控えめな声で揃え詫びる。
かつて魔法学園でレティシアの侍女や部下が暴走し、エーラを傷つけた事件があった。
和解はし今は仲もよいのだが、レティシアはその件がずっと心に残っていた。
両手をふって慌てるロレンツォ。
「いやいやいや!頭を上げてくださいお嬢様。娘から事情はすっかり聞いております。ささいなすれ違いではないですか。しかもすでに和した諍いです」
顔を上げるレティシアと立ち上がる侍女達は、戸惑いの表情。
「われらポルト・フィラントにはこんな言葉があるのです。『和して後争うは愚者だけ』と古くから習わし、諍いを続けぬよう戒められてきたのですよ」
そういってロレンツォはレティシアの手を取った。
それは王都では非礼とされる行為だが、ロレンツォはにっこり笑って続ける。
「娘と仲良くしていただいて、感謝しておりますよお嬢様。ポルト・フィラントは田舎ですので、礼儀がなってない所は大目に見てください」
優しく手を離したロレンツォが親しさを重ねる。
「海の民は忘れっぽくないと生きられぬのですよ」
そこには、他意はないように見えた。
「さあこちらへ」と家に招くロレンツォの腕に娘のエーラが抱きついて嬉しそうにする。
「パパありがとう」と小さく囁くのだった。
残されたレティシア達は、喜んで良いのかどうか判断が付かず、三人で顔を合わせて首をかしげた。
そこにカーニャが説明しながら近づき、レティシアの肩をぽんとたたく。
「気にするなと言いたいのよ。ここじゃこう言うらしいわ『頭を下げることが敬うことではない』ってね」
綺麗なウインクをしてカーニャが続ける。
「裏返せば、あなた達の事を責める気はないよと言ってくれたのよ」
そう言ってユアとアミュア達みんなが移動していく。
レティシアが最初ににっこりして、釣られた二人にも微笑が灯った。
最後になったが3人が門をまたぎ、ついに一行がポルト・フィラントに到着したのだった。
マルタ商会の会頭宅はなかなかの見事な門構えである。
斜面の上に向かい広がる屋敷は全てが視界に収まらない。
そもそもポルト・フィラントは金持ちの街だ。
外貨を含めた金貨の動きは王国の20%にものぼるとも言われている。
国家の力が完全には及ばない、ここは商人達の街なのだ。
街の作りもそれを象徴していて、湾を挟んだこちら側には軍事施設がほとんど無いのだ。
青い湾は美しいだけでは無いようだった。




