【みんなの夏休み:第10話:それは偶像というさだめ】
「こちらがヴァレンシュタイン家の誇る最大級大型魔導自走馬車『グレートベヒモス』ですわ!」
いやよく噛まずに言えたな、とは思わず感心したカーニャであった。
大きさで先ず驚けるのだ。
普通は自走馬車と言われるものは、この半分も有るまい。
客室は3脚3列の9人乗り、前方に御者席があるのだが外部露出ではなく、車内から行き来出来る仕様だ。
高さも十分取られ、床が低いので乗り降りも容易そうである。
走破性は低そうだが、そもそも街中か大きな街道でしか使わないのであろう。
左側に3枚の扉があり、ここからそれぞれの3列シートに乗り込むようだ。
後部の荷室がやたらと大きいのが気になるのだが、荷物はこちらにと収納したのは圧縮収納型の空間魔法制御荷室であった。
(あの後ろの部分はいったい?)
技術先進街のスリックデン出身のカーニャは色々技術的にも気になるのであった。
運転席を含めると4列シートがあるのだ。
それと同じくらいのスペースが後部にある。
客室からも入れる扉が後ろのスペースにはある。
全長はユアの馬車の3倍以上ある。
幅も2倍近いであろう。
スリックデンにある路面魔導汽車と変わらない大きさだ。
運転席が少し前に張り出しているが、基本的には立方体をしている。
ビルを横に寝かせたような形だ。
運転席を確認したカーニャはさらに驚いた。
前方窓が固定式なのだ。
これは運転操作を車内から完結させる構造だ。
よくわからないスイッチがいくつも付いていて、操作は練度を求められそうである。
「操縦はセレナとフィオナができますの」
にこにこと近くにくるレティシア。
レティシアの身長はミーナと同じか少し低いくらいで、真っ白な肌にコバルトの瞳が美しい。
そして昨夜の甘い匂いがするのであった。
今朝迎えに行って一度回収したミーナからも濃厚な甘い匂いがして、カーニャは辟易したのだが、ミーナは全く気にしておらず、レティをだっこして寝たよと自慢げだった。
来月14になるミーナはあの病後順調に成長し、いまではカーニャともあまり差がない体格になった。
カーニャに比べるとまだまだ女性らしさが足りないのだが、レティシアはたしか16才と聞いたが、あまりミーナと体格に差がない。
妹が元気なのはとても嬉しいのでカーニャは気にしてこなかったが、実はミーナは発育が良いようだ。
「なるほど。これなら9人乗っても余裕がある作りだわ」
ユアの馬車を置いていっても良いかもと思い始めるカーニャ。
(ポルト・フィラントまでは大きな街道しか通らないし、基本的に戦闘は無いでしょうしね)
「おねえさま、実はこの馬車には大きな秘密があるのです」
真剣な顔になったレティシアが説明してくれる。
カーニャのことはおねえさまと呼ぶことにしたらしい。
「こちらにどうぞ。見ていただくのが解りやすいですわ」
そう言って一番うしろの入口から車内に入るレティシアが、あの気になる後部扉を開けた。
「御覧ください。これがスリックデンの工房すら未だ実用化に踏み切れずにいる、車載お花摘み室です!」
パチパチパチパチと侍女ズが外から拍手。
今日は普通に侍女の姿だ。
言いたいことはわかった。
しかしなんと無駄な機能か‥‥カーニャはその熱意に呆れた。
「そう、すごいわね」
どこか抑揚のないカーニャの反応にしょんぼりするレティシア。
「すごくはないですか?おねえさま‥‥」
しょんぼりレティシアの破壊力よ。
カーニャをして慰めずに居られない姿であった。
よしよしと頭を撫でながらカーニャ。
「そうね!きっと便利だわ、ありがとうレティ」
そういうとぱあっと花が咲くような笑顔になるのであった。
(これはずるいわ。レティに逆らえない人が多いのも、うなずける)
カーニャは大人の器量で乗り切ったが、これは思春期の男子にはキケンだわと改めて認識した。
どうやら後ろの半分くらいはこの「車載お花摘み室」が占めているようだ。
なんとも貴族的無駄だろうと感心するカーニャであった。
カーニャの周りには野原に、お花を摘みに行くのをためらうような人間はいなかったのだ。
今までは。
「明日の午後にはユア達も着くはずだから、相談してみましょう」
レティシアからなんとかそれだけ譲歩を引き出したカーニャは今日のメインイベントに向かうのであった。
昨夜の女子会でさんざん盛り上がり決定した、本日のメインイベント。
それは劇場で今大流行の劇を5人で観たいということ。
カーニャ以外の全会一致で議決した案件だ。
私の意見はとカーニャは思ったが、あの特殊な空気の中で言い出せなかったのだった。
「ここです!姉さま」
右手には妹のミーナ。
「早く行きましょうおねえさま!」
左手には妹の友達のレティシア。
二人に連行され、後方は隙のない動きで侍女達が押さえている。
逃亡は不可能と思われた。レティシアもミーナもおめかししてお姫様のような格好だ。
ミーナは昨夜の内にレティシアと打ち合わせして、この衣装を借りたようである。
侍女二人の着付け、化粧などのスキルは素晴らしく、立派なプリンセスに仕上がっていた。
その二人に挟まれた男装にも見えるハンター装備のカーニャ。
真紅の外套や、白い羽が付いた赤い帽子は王都でも有名すぎる姿。
なんなら今から入る劇場の看板にもでかでか描かれている。
きりっとしてレイピアを構えている、カーニャをよりかっこよく仕上げた大看板であった。
頭が建物からはみ出す仕様である。
そう、本日の観劇は「真紅のカーニャシリーズ最新作・スリックデンの猛火」であった。
どうやらこの劇場はカーニャ押しで、ハンターオフィスとも裏で繋がりがあるようだ。
昨年のスリックデンの火災の件など、ハンターオフィスにしか報告していないのだ。
劇になるほど詳細な情報はオフィス以外から取れないだろう。
Aクラスハンターにして、王家から名誉騎士にまで叙された、超美形の凄腕女性ハンターである。
すでに王都でも自由に出歩けないくらいの有名人であった。
特に若い女子から狂気じみた人気が有り、どこに行っても見つかると取り囲まれるのであった。
深く帽子をかぶろうとも、カーニャもまた美形なので目立つこと請け合い。
さらに両手にプリンセスなのだ。
既に侍女達だけではなく、警備員達が総出でカーニャを守っていた。
暴走しかねない熱量の群衆から。
キャーキャーと悲鳴が上がり、あちこちから声がかかる。
(どうして自分を題材にした劇を自分で見なきゃいけないのよ‥‥)
さすがのカーニャでも無視して平気にしていられる雰囲気ではなかった。




