【ソリスの憂鬱:第10話:再起】
しばらくは考えも纏まらず、研究の意欲もわかなかった。
日々がただただ流れていくのをソリスは眺めていた。
アミュアは本当に優秀で、今では上級魔法を単体では全て覚えてしまった。
難易度の高い光魔法すら操るのだ。
制御も魔力変換も格段に上達していた。
木陰の椅子に腰掛け、何を考えるでもなくアミュアの修練を見ているソリス。
金色に変換した光属性の魔力を全身にまとい、宙に浮き上がるアミュア。
右手を突き出し詠唱が終わると、上級光魔法の光線が打ち込まれる。
輝く黄色の線が的を射抜いた。
そこいらの魔物なら一撃であろう。
ときどきちらりとソリスを見るアミュア。
先日帰宅したぼろぼろのソリスにも何も言わなかったが、視線には感情がこもっていた。
アミュアは誰に教わること無く、人をいたわり、動物やゴーレムにすら愛情をそそぐ。
師として従うソリスにも、その気持を持ってくれているように見えた。
あの日、昼に帰宅したソリスを向かえたのは着替えもしていない夜着のアミュアだったのだ。
顔色をみるに一睡もせず待っていたのだろう。
あの日のソリスは声も掛けず寝室に入った。
「起こさないように」
とだけ告げて。
裸足のまま玄関の外に立ち、両手をもんで心配していたアミュアを残して。
魔法を撃ち終わると、ちらりとこちらを心配そうに見るアミュア。
(なにをしているのだ私は。これでは同じことを繰り返しているではないか)
アミュアの好意を知りながら、関わるなと線を引き。
では関わりを辞めるのか、と言われればそれもしない。
(なんと手前勝手な男なのだ。魔王を倒すためと、全てそれで言い訳にしてきた)
いまだ整理のつかない心で、セリアの事を、アミュアの事を考えるソリス。
自分がどうすればいいのか解らずにいたのだった。
夜になり寝具に入ってもソリスの心は荒れ続けていた。
どのように言い訳を添えてみても、自分を許せないのだ。
ふと気配が近づいてくるのに気づく。
(アミュアが言い付けを守らないとは珍しいな)
アミュアには夜はベッドで寝ているよう言い付けてある。
例外はトイレだけだとも。
トイレは反対側にあるので、こちらには来ないはずであった。
コンコンコンとノックの音。
色々と意味を考えて混乱するソリスが答えた。
「入っていいぞ」
せめて優しい声で対応しなければと、心に誓うソリスであった。
一言もなくアミュアが入ってくる。
そおっとドアを開けこちらを心配そうに見る。
ドアを閉めてこちらに歩いてきながら、椅子を見つけ側まで持って来る。
ベッドに上体を起こしたソリスはアミュアの小さな身体がテキパキ動くのを優しい視線で見ていた。
ベッドのそばに椅子を置くと、ぴょんと座り目線を向けてくる。
椅子はソリス用なのでアミュアには少し大きかったが、視線はまだソリスと揃わない。
すこし上向きに覗き込むアミュアは、一向に何も言わない。
最近のアミュアは無表情でいることのほうが少ない。
今も多弁な表情でソリスを見つめている。
ソリスの荒れた心は、アミュアの視線で静まっていった。
(この子に人間の心を教わるとわな‥)
やれやれと眉を下げソリスが尋ねた。
「じじいの顔を観に来た訳ではあるまい。何か気になったのだな?」
少し恥ずかしくなり、ふざけるように告げたソリス。
「なんだかソリスさんはおかしいです」
何がおかしいのかは言わないが、ソリスの心を正確に感じ取っているアミュア。
ソリス自身も幾つも思い当たる節がある。
アミュアに対して察して、関わるなとサインを出していたのだ。
少し考えて言葉を選ぶアミュア。
「さみしそう?に見えます」
何故さみしそうなソリスがおかしいのかは不明だが、アミュアが他人の気持ちを感じて言葉にしたのはこれが初めてだった。
アミュアの目には言葉以上の気持ちが見えるのだ。
ソリスには旅の中、時々見たセリアの視線と重なって見えた。
セリアの視線は十分に多弁であったろう。
その慈しみと労りの心を、ソリスが受け取らなかっただけなのだ。
「…そうか、私はさみしそうか。」
アミュアの恐らく労っているだろう目線を見るのが恥ずかしかった。
それはセリアの視線を受け取らなかった自分に重なる。
(私は労ってもらうような男ではないのだよ)
何度も繰り返す後悔がソリスを打ち付ける。
打ち付けているのもまたソリスなのだ。
セリアとの別れはソリスが覚悟していた以上のダメージを与えていたのだった。
セリアの最後の言葉が何度も蘇る。
ーーー貴方が好きだったの私
知りつつ顔をそむけてきた想いだ。
自分の中にも有ったと気付いた想いだった。
あの日、父から見合いを進められたと言われ、悲しそうにしたセリア。
(行かないで欲しい)
ただそう言って欲しかったのだ。
「いったい何があったの?」
答えられないソリス。
答えはあるのに、告げられないのだ。
「わたしはどうすればいいですか?」
ソリスは2度声に出してもらいやっと気づく。
アミュアは心配なのに心配だと言えないのだ。
支えてあげたいと思っているのに、それを言葉にする術がないのだ。
未成熟なアミュアの心はそれを言葉にできないのであった。
(ほんとうに愚かだな。なにが賢者か)
「アミュアよ、もし寂しそうだったり辛そうな人を見つけても」
言葉を切り、アミュアを見つめ伝える。
「その者に尋ねてはいけない」
ふっと優しい目になり、答えを出した。
「自分で出した答えだけが、相手を救う事ができるのだよ」
それはアミュアに授ける知識と感情であり、己を律する厳しい戒めでもあった。
アミュアは真面目な顔でソリスを見続ける。
もう心配する気配はないが、理解できないと顔に書いてある。
自分でその答えにたどり着いてほしいと、少し遠回りな表現だったとは思うソリス。
いつの日かアミュアが誰かを救いたいとまた思った時に、自分で答えにたどり着けるようにと少しだけ問いを残したのだ。
一つだけヒントも添えることとした。
「今夜こうしてここに来たこと、それはお前が出した答えだ」
私は今夜アミュアに救われたのだよと。
そう伝えたかったのだ。
不甲斐ないソリスはもう居なかった。
アミュアのために立派な師匠になるのだと、必ず友たちの想いを遂げて魔王を倒すのだと。
改めてソリスが立ち上がった日となったのだ。
そしてアミュアはお前ではないとは言わなかったのだ。
名前よりも大事な命題を与えられたから。




