【ソリスの憂鬱:第5話:召喚実験の果に】
魔王を封印してから70年が過ぎた。
ソリスは100歳を超えても元気に研究の日々を続けていた。
10年程前から身体が言うことを聞かなくなり、これもソリス得意のゴーレム分野を応用し自身を改造していった。
不調のある器官を次々ゴーレムに置換していったのだ。
通常の人間ならば耐えられる施術ではなかったが、魔力量と魔力操作技術で超人とも言えるソリスは不具合を乗り越え稼働し続けた。
今ではゴーレムにソリスの部品を乗せているレベルになっていた。
不思議なことに栄養摂取などはゴーレムに寄った仕組みになり、食事も殆ど必要ないのだが、睡眠だけは必要だった。
毎日眠くなるし、朝起きるのが辛いのだ。
ソリスは仄かな焦りを感じ始めていた。
今日は久しぶりの転移実験をするのだが、ここの所全く成果が上がらない日々を繰り返していた。
転移用の素材を集める。
転移実験をし、結果考察。
必要であれば転移以外の2次試験等を繰り返す。
素材がなくなると集めに行く。
このサイクルを延々と繰り返して来たのだ。
すでに今日が何回目の転移実験かは、資料を見ずには確認できなくなっていた。
思考も固まってしまい、新しい刺激が無いことにはこれ以上の発展は望めない所まで来ていた。
(この方向で間違っていないのだろうか)
ここ数年そういった考察がソリスの時間を消費するようになっていたのだった。
転移魔法陣自体も改良に改良を重ねた。
制御の中心になる銀色のロッドを追加している。
格段に魔法陣の制御に有利であった。
術式自体は完成されているものなので、あまり改良出来なかったためこの方式を何年か前に採用したのだった。
ソリスが高速詠唱で転移魔法陣に術式を重ねていく。
緑色の魔力光が魔法陣に満ちていく。
声に出しての詠唱が終わると、あとは頭の中で制御術式を適度に追加していく。
今回の工夫は召喚条件に「魂の薄いもの」を優先させる術式だ。
今までにも何度か試し、人口物を召喚に成功していた。
ゴーレムやホムンクルスであった。
これらからは異世界の魔法知識が多く観測され、実験を有意義にしてくれたのだった。
魔法陣が起動し部屋が光に満たされた。
ソリスは手応えのようなものを感じる。
(よし、これは成功だな)
明らかな接続のような感覚が来る。
光が収まっていき、魔法陣の中心に人影があった。
白いトーガのような衣服をまとった少女であった。
銀色の真っ直ぐな髪が背まで流れている。
ソリスは少しがっかりした。
召喚されたそれは子供の姿だったのだ。
「なんだ、子供か‥‥」
思わず声にでてしまった。
子供型のゴーレムやホムンクルスも何度か召喚したことがあったが、術式がこれから組まれる状態であったり、実験体である可能性が高い。
少女がこちらに顔を向ける。
美しい造形であった。
何かをモデルにしているのか、制作者の技量なのかバランスの取れた愛らしい顔つきであった。
少しがっかりはしたが、成果がなかったわけでな無いと自身に言い訳めいた考えが浮かんだ。
少女がこちらをみたままコテンと首を傾げた。
(なかなかスムーズな稼働だ。あとで首を分解してみたい)
少女から銀鈴を鳴らすようなここちよい声がこちらにかけられた。
「ここはどこですか?」
そういうと首が戻りつつ体全体でこちらを向いた。
(複雑な連動をしながら動くな、バランサーも精度が高そうだ)
ソリスの中に興味が増えてくる。
今までにみたホムンクルスやゴーレムの中では格段に自然などうさであった。
まるで人間のように動くのだ。
人間だとは思いつかないソリスであった。
「ついてこい」
ゴーレム等の人工物に指示を出すときは、できるだけシンプルな方が上手くいくと経験上しっているソリス。
一旦自宅に持ち帰り分解方法を検証しようと思い、振り返ると家に戻った。
少女がちゃんと着いてくると、開けっ放しにしている扉をくぐり、家に戻った。
入口を通ってソリスの側までくる少女に、一旦邪魔なのでテーブルセットにすわらせることとした。
分解実験の準備をするまで置いておこうと思ったのだ。
「そこにかけろ」
声とともに仕草でも指示を受けるか確認。
椅子を指さしたのだ。
すたすたスムーズに歩き椅子にかける少女。
(おどろいた‥思った以上に精密に動くな)
ソリスもゴーレムを自分で作るので、こうして歩いたり座ったりがかなり高度な動作だと解っていた。
少女はじっとこちらをターゲットしている。
ソリスが動くと視線が追従し、目で追いきれなくなると首が稼働する。
(表情は作れないか、これから作る予定だったか?)
まぶたすら稼働せずじっと見ている姿からも考察があった。
(マスター認証のようなものが有ると考えたほうが良いな。緊急脱出とかされても困る)
「いまから説明する。」
召喚の趣旨や現在地の情報などを説明の上、召喚条件などの情報も開示した。
また、召喚が成功した時点で権限が移譲していること、召喚には抵抗可能な条件付もあったので、前の主人の許可をそれで確認しているとも説明した。
説明しながら外部探査の術式で魔力構成から確認したソリス。
その複雑な構成に驚く。
まるで人間のようにしかみえないのだ。
「お前、複雑な構成をしているな…」
「お前ではなくアミュアです」
即答で帰ってきた自己紹介のような返事が、ソリスを静かに興奮させた。
(自己の認証に誇りのような気概を感じた。これはそうとう高度な存在だ)
ソリスの中での少女の価値が跳ね上がった。




