【ソリスの憂鬱:第3話:セリアの告白】
魔王を封印してから4年が過ぎた。
ソリスもセリアも事実を報告したが、報奨金以外の礼を断って姿を消した。
王様や貴族は囲い込もうと必死だった。
今はセリアの実家の近くにある岩山に、儀式魔法で拠点を作りソリスは潜んでいた。
研究に打ち込んでいるのだ。
カイランと約束した、黒死竜グラザーヴァスを倒せる術式を得ようと。
封印の1年後にセリアと二人で再度75層まで潜った。
封印の状態を調べに行ったのだ。
もちろん花も欠かさず持ち寄り、カイランの冥福も祈ったのだった。
ソリスの調べでは封印は100年がいいところだとでた。
条件によってはもっと早いと。
セリアは泣き崩れ、なかなか立ち上がれなかったが、ソリスに支えられ戻るのであった。
それからも3年経っている。
ソリスは既に焦っていた。
自身の寿命より長い時を超え研究したとして、それでも届かないのではと焦るのだ。
現存する最高度の魔法は儀式魔法であろう。
ソリスの専門だ。
時間と準備があれば、通常の極大魔法を遥かに超える威力を放てる。
戦闘ではよほどの策と、相手の愚かさがなければ成功しまい。
それ以外で準備無く放てる最大の魔法は、前回試していた。
まるで歯が立たなかったのだ。
どれだけその方向に研鑽をつんでも届くまい。
最近研究しているのは過去の勇者の事例だ。
何度か魔王は復活し、その度に封印されていると突き止めていた。
前回の封印時に戦った勇者は異世界から召喚されたらしいと、とある情報から推測した。
召喚魔法もソリスの得意な儀式魔法にあるものだ。
通常はアルトラル界と言われる魔力の源泉から、強力な魔物を呼び出し使役する魔法だ。
比較的に準備が少なく済み、戦闘時も前衛がしっかりしていれば放てる。
異世界召喚となると情報が不足した。
そういった研究に打ち込むため、世俗から切り離しこの場所で打ち込んでいるのだ。
屋外の試験場で新しい複合魔法を試していると上空に気配が近づいた。
キュイィィ!
鋭い声をあげグリフォンが降りてくる。
セリアの騎獣だ。
(ああ。もう一週間すぎたのか‥‥)
そうして友の来訪さえも、時を計るイベントとしか感じられないソリスであった。
「ソリス無事だった?お腹すいてないかな?」
16才になりセリアはとても美しくなった。
あの試練の旅では幼さがあったが、今は女子らしくあちこち丸くなったのだ。
ソリスも31才になり、少し年齢以上に老け込んでいた。
黒鉄色だった髪は白くなり始め、いつも難しい顔をしているので、眉間に深いシワが刻まれた。
一見すると恐ろしげな人相なのだが、セリアは理由を知っているので痛ましく見ていた。
この拠点はそもそもセリアの支援を当てにして作ったのだ。
生きていくために必要な資材を簡単に手に入れられ、かつ人に知られない場所。
そうやって選んだ土地だ。
セリアは大きな荷物を背負い、両手にも鞄を持っていた。
「残り2つあるから、おろして持ってきてね」
そう言ってちょっと背の伸びたセリアが家に入っていく。
このように週に一度は見に来て、あれこれ世話を焼いてくれるのだ。
掃除をして日持ちのする料理を作り置いて行くのだ。
何度か泊まっていきたいと言われたが、実家がグリフォンですぐの所に有るのだから帰れと突き放していた。
セリアの気持ちも少しは理解していたソリスだが、命を掛けてくれたカイランとの約束に目処も立たず、そういった気持を持てなかった。
少なくとも今はと。
たいてい物資を持ってきて料理をするセリアは、晩ごはんを食べて帰るのだった。
今日は新鮮な鶏肉を蒸してサラダに、貴重なワイバーンの肉でシチューを作ってくれた。
パンもここで焼いたので、香ばしい匂いが部屋中に満たされた。
さすがのソリスもごちそうに、にこりとするのだった。
「やっと笑った」
それだけ言うとにこにこと食事をつづけるセリア。
今は家事をするのに髪が邪魔なのか三つ編みをアップにまとめていて、うなじが出ていた。
そうして、燭台に見立てた魔石灯のオレンジに照らされるセリアは健康的で若い魅力に満ちていた。
今日は初めて化粧をしてきているのだが、ソリスはそもそも気付かない。
なんか綺麗だな?程度の認識だ。
食後のお茶をソリスが入れている間、セリアは食器を片付けていた。
食卓にソリス厳選の深い紅茶の香りが満ちる。
ソリス自身も焦りを認識しているので、少しでも気持ちを落ち着けようと初めた紅茶であった。
4年の歳月でなかなかの手前になっていた。
「わぁいい香り。ソリスのお茶おいしいよね」
にっこり笑って向かい側に腰掛けるセリアにも振る舞う。
「そうだろ?お茶だけは贅沢しているのだ」
セリアの居るこの時間だけがソリスの安らぎとなっていた。
しばらく無言のやわらかな時間を楽しむと、セリアが勇気をだして話し始めた。
「ソリスに聞いてほしいことが有るの」
お茶ののこりを堪能していたソリスが目を開け、セリアを見た。
ソリスの目は切れ長で、とても下地が美形なので、セリアはドキっとして頬が赤くなる。
「ええとね‥うちの実家は代々商店をしているのよ?前に話したよね?」
ソリスも思い出した。
「商店とは謙虚な表現だな。大店であろう」
セリアの実家は他国ともつながりのある、国内有数の大手商事だ。
「それでね。わたし兄弟もいないから後を継ぐことになったの」
にこりとソリスが寿ぐ。
「それは慶事だな、おめでとう」
ソリスの言葉にセリアは眉を下げた。
「父のすすめでね‥‥今度お見合いすることになったのよ」
とても悲しそうな表情の意味を、もっと深く考えるべきだったと、ソリスは後悔する日が来るのであった。




