【ユアママ編:第17話:ふりしぼる】
ドレインは焦っていた。
(このままではカルヴィリスめに笑われるわい)
影そのもののような人型が、あちらの影にこちらの影にと影移動で移り、エルナを狙っていた。
(あの輝き間違いなくペルクールの使徒。こいつをしとめれば。くっくっく)
エルナを仕留めれば、側近の座がカルヴィリスより転がり込むと信じているのだ。
ドレインは闇魔法と隠蔽が得意な、典型的な刺客であった。
残念ながらその技能はカルヴィリスに比ぶべくもない。
ただし本人は匹敵すると思い込んでいるのだ。
実績も上げているので、思い込みはさらに深くなっている。
引き継いだカルヴィリスの部下が優秀なのもまた目をくらませた。
ついにベルゼが葬られる。
白銀に包まれ燃え尽きたようだ。
ここは一旦潜み隙を伺うべきか、弱ったあの女にとどめを刺すべきか。
にやりと笑い、得な方を選ぶドレイン。
影を伝いエルナに近づくのであった。
「はぁはぁはぁ」
エルナは息が上がってしまっていた。
精神力を振り絞りベルゼを仕留めたので、消耗が激しいのだ。
荒々しいベルゼの気配が消えたので、辺りを探りやすくはなった。
自分の呼吸が邪魔なのだが、抑えられず動けないでいた。
「すぅ‥‥‥はぁ‥‥」
一度の呼気で一気に呼吸を整える。
一時的なものだが、剣士の技である。
(いた、うしろか)
先程矢を打たれた時に気配は覚えていた。
二人目の敵を探していたのだ。
左手に移して握り込んでいる聖剣は光を落としている。
魔力が持たないので、抑えているのだ。
両膝を付きぺたりとおしりを落とした。
呼吸がまた乱れる。
「はぁはぁはぁ」
探知のため抑え込んだ分だけ、体が空気を求めあえぐ。
聖剣だけは離さなかったが、右手は地に落として上体を支えた。
完全な死に体であり、隙だらけにも見えた。
(かかったわね)
エルナの背後に気配が湧く。
するりと影からドレインが滲み出す。
今度はトドメと思っていたので、短剣を持ち直接打ち込みにきたのだ。
カルヴィリスほどの毒の知識があったなら、ベルゼとの戦闘中に仕留めていただろう。
ふりかぶり無防備な背中から心臓を狙う。
振り下ろす前にドレインの腹に聖剣が突き立った。
「よくもやってくれたわね、雑魚のくせに」
首をねじり睨みつけるエルナ。
一気に聖剣に魔力を込める。
ボゥ!
っと白銀が漏れ、ドレインを一瞬で焼き払った。
(よし、これで2体)
影獣はわりと合理的に人を襲う。
弱ったとみれば確実にとどめを差したがるのだ。
これは5年にも及ぶシルヴァ傭兵団と、影獣との争いの中見出された戦術だった。
(セリアス‥‥貴方の策で一匹たおしたよ)
心のなかで嬉しそうに報告するエルナ。
呼吸が落ち着いた所で、再度気配をさぐる。
(静か過ぎる)
70名近い団員が詰めているのだ。
各所を押さえて配置につく手筈になっていたはず。
「おかしい‥」
声にも出して、なんとか立ち上がるエルナ。
背中の矢傷も深かったので、止血のために生活魔法で焼くことにした。
悲鳴一つ上げず震えるだけのエルナは、ちょっと涙目になったが声はこらえた。
右肺の手前まで入ったので、少し呼気に血がまじる。
呼吸は苦しいが出来なくはないので、軽傷と判断した。
痛いのを我慢すればすむと、自分に言い聞かせる。
「一匹として逃がすわけには行かないわ」
今夜決着をつけるのだ。
前方に気配。
小型の影獣だ。
聖剣を構えるエルナ。
右手はもう殆ど動かなかった。
縫い付けた肩の痛みも疼きになっている。
なんの工夫もなく突進してくる獣の影。
左手でクルリと聖剣を回し、調整した魔力で刃を縁取るように白銀を出す。
切り上げ一発で処理した。
(手応えが重い‥)
気になってすれ違ってから振り向くと、そこには見慣れた人影が燃えている。
「え?!うそ?」
農業担当の1人で、団では直属だった歩兵だった。
(か‥影獣が人に?いえ、人が影獣になっていた?!)
間もなく炭も残さず白銀に燃やされ村人は消えた。
エルナの思考は乱れていたが、ほぼ正解を見出していた。
気配に振り返ると、門の方向から10人程歩いてくる。
見慣れた村の住人だ。
武器は持たず歩いてくる。
だが、その目がおかしい。
狂おしく滲むように赤い光をにじませる。
影獣の目だ。
「やめて‥‥」
エルナはふるふると首を振る。
恐ろしい想像が現実になる。
人々は黒い影を炎のように纏っていく。
前のほうから2~3人づつ走り出し影の爪をはやし襲いかかってきた。
エルナの目が瞬間戦闘モードに移行する。
半眼になり左手一本で切り返しを披露する。
白銀が舞い、影獣が燃える。
倒れた村人は燃え尽き、灰も残らなかった。
何体、いや何人切っただろうか。
エルナの魔力は尽きかけていたが、影獣の方も材料が無くなったのか攻め手がなくなった。
正面に新たな人影。
女性だが見覚えはなく、眼は赤かった。
「驚いたわ。さすがペルクールの使徒ってことかしら?」
涼やかな声が流れた。
魔力が尽きる前に体力が尽きそうなエルナは、右足も引きずっていた。
油断した訳では無いが、片手のハンデは大きかった。
影獣に噛まれたのだ。
影獣に噛まれたり爪で切られると、あまり血は出ないがとても痛い。
痛みで麻痺するのだ傷が。
そうやって全身に傷を負い、血が流れる傷は焼くか縫うかした。
エルナの体は、痛まない所の方が少なかった。
「なにものか」
エルナの声にも気力がない。
これはもう演技ではなく本当に無いのだ。
気力も体力も。
傷の痛みよりも、仲間を切るような行為に心が消耗した。
「ダウスレム麾下の将。アーゼルよ」
力なく睨むエルナ。
「影獣をつくったのは貴方ね?」
確信を持って尋ねるエルナだった。
くつくつと笑い答えるアーゼル。
「つくったと言えばそうね。私は得意なのよ影獣を作るのが」
ドンッ!
「くはぁ」
一瞬で全ての魔力と気力を振り絞ったエルナが、眼にも止まらぬ速度でアーゼルを貫いていた。
エルナの両の眼には血の涙が流れていた。
「死ね」
どんっと一気に魔力をつぎ込む。
白銀に燃え上がるアーゼルは、もう声もなかった。
燃え尽きる横にエルナが倒れる。
既に意識も失っていた。




