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【ユアママ編:第12話:シルフェリア村】

村ではついに10人目の子が産まれた。

9人でももちろん喜ばしいことであったが、10人になるとここが故郷なのだと皆が感じ始める。

「エルナ隊長こうして村が大きくなるのなら、今後はよその街とやり取りが必要となるでしょう」

とは補給関連で昔から手を借りている商人上がりの元団員である。

「皆が望んでいる事もあります、ここはひとつビシっと隊長が決めてくださいよ!」

もと自分の直下にいた兵士もそういった。

「あのね‥隊長はやめてって何回も言ってるでしょ?」

にこにこ言ったエルナの背後に現役時代のオーラがたなびき直立不動になる二人。

兵士は敬礼までしていた。

「もぅ、本当にダメよ。ユアには絶対聞かせないでね」

真剣にお願いされてうんうんと激しく頷く二人。

「他の人にも徹底させてね。おねがい」

最後のお願いには気迫がこもった。

青ざめた二人は足早にエルナの家を離れていった。

玄関口で腕を組んだエルナは、すっかり隊長時代の顔。

「名前かぁ、本当は目立たない名前が良いんだろうけど」

ニコッと笑うといつものエルナに戻る。

「地理的にも違和感ないし、シルヴァリアに名前をもらいましょう」

かつて一度ラドヴィスとともに出会った心強い友人を思い出して、笑顔になったのだった。

この地から雪月山脈はそう遠くなかったのだ。




産まれたばかりの親子以外は、全員が広場に集まった。

先の要望に答え、村に名を付けることにしたのだ。

名前がないと手形もふリ出せないので、必要なのも解る。

ただそれ以上にここを住処にしたいと、故郷にするのだと思った者が多かったのだ。

「みんな時間ありがとう。聞いてると思うけど、村に名前をつけたいと思います」

よく通る澄んだ声が皆に届く。

今日はユアも連れてきているので、手をつないで横にいた。

エルナは一人ひとりの笑顔をしっかりと確認して告げる。

「村の名前は『シルフェリア』とします。かつてわたし達に祝福をくれた銀嶺の古竜からいただきました」

気に入ってもらえたのか、わあと歓声が上がった。

「シルフェリア!バンザイ!」

「シルフェリア!素敵な名前だわ!」

ざわざわといつまでも収まらないので、元部下の兵士が声を上げてくれた。

「よし!皆んなもう少しお話があるよ!きいてきいて!」

隊長と言わなかったので、笑顔でうなずくエルナ。

足元でちょっと怖いのかエルナに抱きついていたユアを、笑顔で抱き上げた。

「おかあさん、うるさくてこわいよぉ」

抱きついて耳元でちいさく言うユアに、にっこり微笑むエルナ。

「大丈夫、怖いことなんてもう起こらないのよ」

そういって抱き上げたエルナは、もう一度皆を見回し告げた。

「本日をシルフェリア村の開村記念日とします!」

またわあと騒がしくなると、きょろきょろと見回しエルナにしがみつくユアであった。


こうして、名もなき村から始まった元シルヴァ傭兵団の集まりは、名を持つことでやがて村人としてこの地に根ざしていったのだった。




このあたりの天候は非常に安定していて、大きな変化はあまりなかった。

今夜は珍しく豪雨となった。

雷や雨の音に泣き出したユアを寝かし付けるのが大変だったエルナが居間に戻ると、ノックの音が来客を告げた。

「遅い時間にどうしたのだろう。何か問題かしら?」

なにしろ村が出来てから初めての豪雨だ、なにかしら起きても不思議ではない。

ドアを開けるとずぶ濡れになったアイギスがいた。

「どうしたの!?アイギスびしょ濡れだわ!いいからはいりなさい!」

慌てたエルナはアイギスを招き入れ、タオルを取りに行った。

静かにドアを閉めたアイギスは、自分がずぶ濡れであることにそこで気付いた。

情報を得てから、丁寧に進路を隠し村まで大回りして戻ったのだ。

考え続けての移動なので、天候の変化はあまり気にしていなかった。

足元にできた水たまりに、過去エルナに叱られた記憶が重なり青ざめるアイギスであった。

(これはまずい、最大級に怒られた事例がある)

あわてて外套を脱ぎ、ドアのそとに絞るアイギスは、床もその絞った外套で処理していくのであった。

「ちょっと、アイギスそんなのいいからこっちに来なさい」

もうエルナもお説教モードであった。

暖炉の前に連れて行くと、だいぶ自分より大きくなってしまったアイギスの頭を拭いてあげるのだった。

「拭きづらいから座ってアイギス」

返事も出来ずに従うアイギス。

正座である。

幼少より叩き込まれたエルナの教えはアイギスに深く根付いていた。

「もう‥全然温まらないからお風呂入りなさいアイギス」

拭いてもさっぱり温まらないアイギスに、肝を冷やしたエルナが入浴をすすめた。

僻地の村だが、シルフェリアは魔導蒸気炉も一つあり、冷却水で温水を供給していた。

いつでもお風呂やシャワーが使えるのである。

「ちょっとユアが心配だから、見てくるけど替えの服あるの?」

無言で頷くアイギスの目が、ちょっと昔のアイギスっぽくて可笑しかったエルナは、ニコっと笑うのであった。




シャワーで体を温め、着替えてみると恐ろしく快適で、今日の自分はどうかしていたと反省するアイギス。

暖炉の前のソファに座らされ、温かいお茶を貰った。

「それで一体何があったらそんなびしょ濡れになってまで戻ることになるのかしら?」

最近の口調に戻ったエルナが優しく聞いてくる。

アイギスも普段の調子に戻り話し始めた。

「影獣の情報を手に入れてしまったんです。ルメリナで」

思いがけず重大な話に、目眩すら感じたエルナ。

アイギスの横に座り、問い返す。

「村の情報はどうなの?」

不安そうな目には、あせりも伺える。

「村までは突き止められていません。ルメリナの北方に痕跡があったと調べ上げたようです」

見つめ合う二人の目には、同質の陰りが見えるのであった。

パチと爆ぜた炭火の音さえ隠す豪雨の雨音の中で。



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