【ユアママ編:第10話:まっすぐにそだつ】
ユアが産まれ8年が過ぎる。
すっかり子供らしい健やかな体になったユアは、毎日森まで駆け回る。
午前中は村の他の子供達と鍛錬の時間もあるのだが、用事を言いつけられなければ午後は大抵自由時間だ。
他の子はまだユアについてこれるほど大きい子はいない。
ユアはすでに無意識に弱い身体強化の魔法まで使うのだ。
剣の腕前もグングンあがり、子どもたちはもちろん大人でも戦闘職でなければ相手は難しくなっていた。
村の皆が自分の得意分野をユアに教えたがるので、ユアはマルチロールな超子供になっていた。
砦の周りには危ない罠も仕掛けてあるので、遠くまで行くことは禁じられていたが、ユアはわりと自由に走り回る。
対人用の罠すらユアは動物的勘で見抜き、捕らえられることはなかった。
洋服はすぐぼろぼろにするので、エルナのお古を仕立て直した鎧下を着ている。
飾り気はないが、とても丈夫なのだ。
「アイギスにいさん!みてみて!!」
ここの所村にいるアイギスはユアの面倒もよく見る。
ちょっとお兄さん風もふかすのが微笑ましい。
焦り顔のユアが駆けてきて止まる。
手元を見たアイギスの眉尻があがる。
「だめだユア、動物を捕らえてきてはいけないと教えたはずだぞ」
ユアは小鳥を小さな両手で捕らえてきていた。
カラフルな羽を持つそれは、ぐったりと力がない。
「ちがうの!木の下に落ちてたんだよ」
そおっと手を開き見せるユア。
20才になったアイギスは斥候兵としてすでに完成された技量を持ち、日々の研鑽・学習により様々な知識を身に着けていた。
「羽に傷がある。もう生きては行けぬだろうし、すぐ絞めて晩飯にするか」
ぶわっとユアが泣く。
「ひどいよ!まだ生きてるもん!」
わーんと泣きながら森へ逃げていく。
アイギスに食べられてしまうと恐れたのだ。
「ふむ、ちょっときつい言い方であったか?」
言い方の問題ではないのだが、技術ほど情緒は育っていなかった。
後ろでたまたま見ていた村の女性が声をかける。
「アイギス、女の子が泣いていたら追いかけるものよ!」
ちょっとふざけて怒って見せる村人はアイギスの子供時代も知っている世代だった。
「わかった」
そういってシュンっと飛び上がり、枝の上からユアを追うアイギス。
「やれやれ、子供に教わる子供。それを見て学ぶ私とはね!」
微笑んで見送る村人のお腹は少し膨らんでいる。
近々母親になるのであろう。
ユアはとても良く笑うが、とても良く泣く子でもあった。
あーんとエルナのエプロンに顔を埋めるユア。
「あらあらどうしたのかな?」
キッチンで水仕事をしていたエルナは壁に掛けたタオルで手を拭き、しゃがんでユアを見る。
鼻水でぐしょぐしょなので、ハンカチで拭いてあげるのだった。
「どうして鳥はすぐにしんじゃうの?」
真っ赤な目を涙でいっぱいにしたユア。
ハンカチで涙も拭いてあげるエルナ。
「そうね、小さい動物は人間ほど長くは生きないのよ?そのように生まれたのよ」
エルナの説明は少し難しかったのか、ユアはまた涙をこぼす。
「かわいそうだよ?すぐにしんじゃうのは」
よしよしと頭を撫でながらエルナはユアお慰める。
「そうね、すぐに死んじゃうのは悲しいわ。でも鳥さんがそういったのかな?すぐ死ぬのは悲しいと言われたの?」
ぷくっと怒るユア。
「鳥はおはなししないもの!わからないよそんなの!」
ユアなりの理屈がちゃんとあるのだな、とエルナは反省して方針変更。
「わからないのにユアは鳥さんが可愛そうなのね?優しい気持ちを持つのは素敵なことよ」
エルナの話が難しくなるとユアはついて行けないのだった。
「わからなくてもユアはかなしいもん!」
これは長期戦になるなと、エルナはユアを抱き上げる。
随分重くなったユアを嬉しく思いながら、暖炉のそばのソファにつれていく。
抱きしめられてユアはエルナの首元に顔を埋める。
そうして抱っこされると気持ちが落ち着いて、怒りも悲しみも収まっていくのだ。
エルナは意図せず、ユアの欲したものを与えている事には気付けない。
ソファに座りユアを正面から抱くエルナ。
胸元に顔を埋めるユアはもう泣き止んでいた。
やさしく髪を撫でていると、いつのまにかユアはすっかり眠ってしまっていた。
「このくらいの自分がどうだったか、よく覚えていないのよね」
子育ての難しさを噛みしめるエルナであった。
「よくラドヴィスを泣かせたのは覚えているわ‥‥」
我ながら酷いなと思い出して、子供のラドヴィスがかわいそうになる。
「あぁ思い出せそう。なんか同じようなことをラドヴィスも言っていたわ」
小さな鳥の死骸を弔うラドヴィスを、からかって泣かせたのはエルナであった。
(鳥のきもちはわからないけど、僕がかなしいんだよ)
そう言って泣いていたのを思い出した。
「ラドヴィスは小さい頃から優しかったのね。私はずいぶん意地悪だったわ」
つやつやの柔らかい髪をそっと撫でていると、ユアが子供時代のラドヴィスに見えてくる。
(そうか‥ユアは子供の頃のラドヴィスに似ているんだ‥‥考え方が)
そう思うと一層愛おしくなり、強く抱きしめてしまうエルナであった。
「うぅん」
ユアがうなされるのでそっとソファに寝かせて、かけるものを取りに行くのであった。
(ユアは真っ直ぐ育っているわ。わたし達の大切な宝物)
自然と笑みがこぼれる。
エルナは左手につけている銀の指輪をそっとさわる。
最近は泣かないで、ラドヴィスの顔を思い出せるようになった。
なぜかいつも困った顔をしているのが少し気になるのだが。




