【ユアママ編:第7話:誓った日】
アイギスが控えのテントまで迎えに来た。
最近買い与えた中で、一番上等な服を選んできていた。
「アイギスもかっこいいわよ。自分でそれ選んだの?」
アイギスはいつものように、何も言わず無表情に後ろにまわり長いベールの裾を持つ。
ウェディングドレスでの移動で裾を汚さないように、ベールボーイをしてくれるのであろう。
10才程度のアイギスは役回りとしてぴったりであった。
セリアスあたりの気遣いだろうか。
ぷいと目は合わせないが、ちゃんとサポートしてはくれるようだ。
エルナはどきどきしながらも胸をはりテントをでる。
会場は広場の演説台を花で飾り白い布をありたけ集め整えてあった。
ラドヴィスの隣までくるとアイギスは離れ、ヴェールは地に落つが、そこから赤い絨毯が伸びていた。
ラドヴィスの白いタキシードの腕に手を添えながら、伝える。
「いったいどこからこんなものまで‥」
「まだ泣いちゃだめだよ」
「なかないわよ」
目はもう真っ赤で、ちょっと鼻声になっているエルナであった。
戦場でできる限りを準備してくれた。
指輪と一緒でどんな素敵な教会よりも嬉しいエルナであった。
どこから集めてきたのか、左右の人垣から大量の花吹雪が浴びせられる。
白い花びら、赤い花びら。
この量を集めるに、どれだけの労力が必要であったろう。
絨毯が見えなくなるくらいの花なのだ。
正面の演説台にはセリアスが、かつての職業のまま神父服で聖書をもって待っている。
静かに花吹雪がやみ、演説台の前にならんだ。
「かつて教会を追われた我々ですが」
すっと通る声でセリアスが話し始める。
会場のみなに語る所から始まった。
「神が我々をお見捨てになったのではないと、ここにお集まりの皆はご理解のことと思います」
微笑みが降りてきてラドヴィスを捉えた。
「ラドヴィスよ、この者を妻とし健やかなる時も、病める時も、互いを思いやり、支え合うことを誓いますか?」
教会の正式な誓いの言葉であった。
しっかりと見つめ返したラドヴィスが真剣に誓う。
「誓います」
うなずき笑みを深くするセリアス。
次にエルナを見る。
微笑みのまま問う。
「エルナよ、この者を夫とし健やかなる時も、病める時も、互いを思いやり、支え合うことを誓いますか?」
視界が潤んでよく見えなかったが、なんとかセリアスを捉えやっと声をだした。
「‥‥ちかいます」
すっと回りを見渡しながらセリアスがつづける。
「この二人は神の御名において、愛と忠誠を誓い今夫婦となりました。皆の祝福を!!」
わあっと会場全体が揺れるような雄叫びがあがる。
あちこちで涙しながら、もうなんだか判らない叫びがあがる。
セリアスが両手をあげ皆を鎮める。
しばらくして落ち着いた所で、事前に説明のなかったセリフがきた。
「では、神と精霊とシルヴァ傭兵団の皆に示すため、誓いのキスを!」
感動もふっとんでエルナは大声をだしてしまう。
「えええ!!」
そんなエルナのヴェールをそっと後ろにあげて、頬に手をそえるラドヴィス。
「うそうそ。むりなんだけど?!」
真っ赤になったエルナはラドヴィスの唇を片手で押し返す。
「団長がんばれっw」
わいわいと煽る声が聞こえる。
「僕の大事なエルナ、今日これから僕らは夫婦だよ」
まっすぐに見つめるラドヴィスの言葉にポーッとなり固まるエルナ。
すうっと近づきラドヴィスが唇を重ねた。
『わああああああぁぁぁぁ!!!!』
先程の比ではない騒ぎが沸き起こり、全員が二人を祝福して触っていく。
「がんばれ!」
「よくやったぞ!!」
そういった声が一人ひとりから伝えられる。
エルナはついに真っ赤になりラドヴィスに隠れてしまった。
そんなエルナの服をつんつんと引く手が有る。
ふりむくとちいさなアイギスが背伸びをしてエルナの耳に伝えた。
「おめでとうエルナ」
そういってにっこり笑うアイギス。
エルナはついに泣き出してしまうのであった。
アイギスの笑顔を初めてみたのだ。
そんなエルナをしっかり抱きとめラドヴィスがかわりにアイギスに礼を言う。
「ありがとうアイギス。これからもエルナをたのんだよ」
そのほほ笑みと声には、アイギスをはっとさせる何かがあった。
「ラドヴィス?」
聞き返したアイギスの声は届かず、ふたりはもみくちゃにされながら会場中をまわるのであった。
寿ぐ声は鳴り止まず、これから始まる宴すら待ち切れない団員達は既に大分酒がはいり、おかしなテンションになっていた。
そうして二人は夫婦となり、二人で進んでいくと誓った。
シルヴァ傭兵団の総意として祝福されたのだった。
次はこちらですよと、セリアスに連れられ二人が進む。
「次の町でも皆が祝福したいと待っていますよ」
にやりとセリアスが告げた。
花だらけにされた白い馬車が待っていた。
この馬車で二人は近隣の町々、村まで回る。
前後には正装したシルヴァ傭兵団の騎馬隊が100騎ほど着いた。
先頭には管楽器を連ねた歩兵隊がマーチングバンドを披露する。
村と村の間の街道にすら兵たちが潜んでいて、祝いの声をくれた。
どこにでも傭兵団の兵士が潜んでおり、つぎつぎ祝福と花をくれるのだ。
夕方までに4つの村と2つの町を回り、砦に戻った。
全員ではないが、かなり多くの団員に声をもらえた。
その手間と心配りにもエルナは涙するのであった。
よしよしとヴェールをはずしたエルナの頭を撫でるラドヴィス。
「エルナ本当に嬉しいね。皆が手を惜しまず準備してくれた」
うんうんとうなずき鼻を噛むエルナ。
ちーんとしてから答える。
「一生忘れない。みんなの気持ちを。ラヴィの気持ちを。私自身の気持ちを」
真剣にラドヴィスを見つめながら決意を述べるエルナ。
ラドヴィスも真剣に答える。
「僕も忘れない」
それだけを告げるラドヴィスの視線は馬車の進む先へとしっかり向いていた。
まるで研ぎ澄ましたようにわずかな言葉をエルナに刻んで。




