【ユアママ編:第4話:零れ落ちる寿ぎ】
「そうしてお母さんにとって、お父さんが特別な人になったのよ。」
すやすやと安らかにユアが眠りに落ちた。
時々こうしてぐずり眠りたがらないのはちゃんと理由が有るのだろう。
今日は上手に察してあげられたとほっと胸を撫でおろすエルナ。
他の弟たち妹たちがふた親に連れられ、帰る姿に傷ついたのだろう。
ユアは我慢強く滅多に父のことを尋ねない。
幼いながらちゃんと察しているのだ。
ユアはこの村で産まれた最初の子で、エルナはもちろん初めての子育てだ。
ユアを憐れにも想い、毎日が不安なのはむしろ母親たるエルナの方なのだ。
そっと左手の指輪に触れた。
亡き夫と共に受け取った、仲間たちがくれた祝福だ。
愛おしそうに指輪を指で包む。
かつての聖母とも言われた優しい笑みを浮かべた。
突然エルナの表情が乱れる。
涙をこらえたのだが、叶わず一筋流れた。
娘には決して見せぬと誓った涙だった。
ユアを起こさぬよう声はこらえたのであった。
かつて公都エルガドールから逃げ出し雪月山脈を目指したように、2年後の今同じように王都を追われていた。
神殿騎士団から名を奪われ、ただのテロリストのように追い詰められた過去と同じようにラドヴィスと仲間たちは、今度は王都を追われていた。
少し前に最大に仲間が増えていた時点で4000名を数えた傭兵団。
雪月山脈の古竜シルヴァリアから祝福ももらい『シルヴァ傭兵団』と名乗っていた。
いまでは公都から共に影獣への反乱を始めた仲間よりも、後から加わった者のほうがはるかに多いのだった。
各地で戦い、影獣を暴くシルヴァ傭兵団は団員だけではなく協力者も各地で増やしつつ王都に至り、一旦はそこに傭兵団としての拠点も持ち発展したのだった。
3日前に王都の正規軍と禁軍が、揃って拠点としていた城壁都市を襲撃してきた。
影獣達はミルディス公国だけではなく、王都にもはびこっていたのだ。
次々と街を開放し影獣を倒していくシルヴァ傭兵団が邪魔になり、ついに本腰を入れて殲滅に来たのであった。
散り散りになり、今ではラドヴィスに従うのは僅か500名ほどとなっていた。
「皆は無事に逃げ延びたであろうか?」
アウシェラ湖を望む山裾に陣地を構築し、一旦腰を据えたシルヴァ傭兵団。
ラドヴィスは離れていった仲間を案ずる。
「ここはもう結界を貼りました。ご安心を団長」
「ありがとうエルナ。団長口調もつかれるよ」
19才になったラドヴィスは、世界的にも有名になったシルヴァ傭兵団の団長として、それなりの威厳を示していた。
一時ヒゲも伸ばそうとしたのだが、エルナに大笑いされてやめてしまった。
今このテントには首脳部たる初期のメンバーしかおらず、少し気を抜いたのだった。
17才になったエルナもにっこりと笑い言葉を戻す。
「ちゃんとしてたほうがかっこいいのになラヴィは」
そう言って椅子に座るラドヴィスの両肩に、後ろから手を置いたエルナ。
その微笑みには愛おしさがにじむ。
この二年で一気に距離を詰めた二人は、3日前の襲撃がなければ式をあげ結婚する予定だったのだ。
シルヴァ傭兵団の団員の間ではがどちらから結婚を申し込んだかで、団員全員を巻き込む掛けが成立していた。
式で問い詰める予定だったのだ。
ちなみに1:9でラドヴィスの告白優勢であった。
実はこの結婚式すらセリアス参謀長の奇策の一部だったのだが、エルナが本気にしてしまいラドヴィスも腹を括り告白したのだった。
「今は戦いの中で、未来を何も約束してあげられない‥‥それでも僕について来て欲しい。君じゃなきゃ駄目なんだよ」
そう真っ赤になり震えながらラドヴィスは告白したのだった。
エルナは何も言えず、嬉しそうに涙を流し抱きついた。
答えはラドヴィスの胸にだけそっと告げたのだ。
後日、2人の心を知った団員達が皆で持ち寄り銀の指輪を準備してくれた。
戦いの中やっと作り上げたお揃いのリングには装飾もなくただ2人の名前と、4000人を超える祝福が込められていた。
皆の祝の言葉とお揃いの指輪を見て、本当に珍しく団員たちの前で「ありがとう」と涙を流したエルナ。
「どんな宝物より価値がある物を貰ったよ、大事にするね」
そう言って、左手のゆびわに添えて見たこともない綺麗な笑顔を披露したのだった。
鬼の1000人隊長と呼ばれ、団内でも恐れ頼られていたエルナが聖母になった瞬間であった。
「1000人隊を3つ、各方面に潜伏させました。符丁が出れば3日以内に隊に復せる配置です。エルナ隊長の隊も半数はこれに習っております」
そうラドヴィスに報告するのは、公都で若き神官として栄達し、後にラドヴィスに従いここまで策で支えたセリアス参謀長である。
怜悧にも見える策を次々立案する英才だが、その策はいつも民を第一に立てられていた。
「ありがとうセリアス。助かるよ」
古い付き合いなのに言葉は崩さないセリアスであった。
「今のところ2人の式が延期になってしまったのが、我が策の唯一の失敗です。」
そう言って、肩を竦める厳しい顔には寿ぐ気配が濃厚であった。
「まだまだ夜は冷えますし短いのですよ。我らが若き首領にゆっくり休んでもらいましょう。引き揚げますよ参謀長」
そう言って綺麗にウィンクまで添えるのは、同じ参謀部のカリウスだ。
くつくつと口の中だけで笑い、本部にもなっているテントを後にする2人。
視線を交わして真っ赤になる二人の姿を、出て行く参謀達は気づかぬふりをしてくれたのだった。
テントは他のテントに囲まれ、かなりの距離を開けてくれていたのだ。
2人がゆっくり2人だけで居られるようにと。




