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【ユアママ編:第3話:みとめられないこと】

エルナは足元が急に不安定になった感覚を持った。

今まで自分が所属し、色々なことの基盤になっている教会の否定を、もっとも身近な人間から聞いたのだ。

薄暗くラドヴィスも気付かないが、顔色はかなり悪くなっていた。

「そして問題は教会だけではなかった」

ラドヴィスの話は続く。

本当はもう止めてと叫びたいエルナであったが、喉が張り付き言い出せない。

「先日父と共に謁見にあがった。王族や高位貴族にも影は潜んでいた」

エルナはさあっと自分の血が引いていくのが分かった。

予測してしまっていたのだ。

世界が自分の見てきたものと全く違うと。

エルナの変化に気づかず、続きを話すラドヴィス。

「エルナも聞いたこと有るでしょ?月影の塔の話」

知らないはずがない。

公都エルガドールに住んでいたら、子供の頃から聞かされる話だ。

悪いことをすると月影の塔に住む魔物が来るぞと。

影に隠れて攫われるぞと。

「い‥‥いやぁ、もうやめて」

それだけを口にして顔を両手で覆ってしまうエルナ。

ここで初めてラドヴィスもエルナの変化に気づく。

ふらっと倒れそうになるのをそっと抱きとめた。

「ご、ごめんよエルナ?怖い話をしてしまって。どうしてもエルナに聞いてほしかったんだ」

エルナは急に力が入らなくなった自分の身体にも恐怖した。

ただの貧血なのだが、怖い想像が足元を不安にした。

ラドヴィスにしがみつき胸に顔を埋めた。

「本当のことなのね?ラドヴィスは嘘をつかないもの‥‥」

それも長い付き合いの中で証明され続けたことだ。

ラドヴィスの抱きしめる腕に力が入る。

エルナに恐怖を与えた影獣と、自分に対する怒りだ。

「残念ながら本当のことだよ。最近辺境の開拓団に被害が出てるの聞いたでしょ?」

すがりつきながらラドヴィスの顔を見るエルナ。

「影獣は人を食べるんだ」

聞きたくない想像がまた当たった。

「騎士団の斥候兵に僕の仲間がいる」

ラドヴィスの喉が鳴った。

つばを飲んだのだ。

そうして覚悟を決めて話し続ける。

伝えたかった2つ目のことだ。

「僕個人に賛同してくれた味方だ。彼らが証拠を集めてきてくれた」

そういって今のラドヴィスが水面下で進めている反乱の準備を聞かされた。

騎士団の若手を中心に、すでに200名を超える同士が居ること。

団内の上部にも影獣が居ること。

古くから付き合いのある人間を中心に、今も協力者を増やしつつ機会を伺っていること。

公都エルガドールでは人員を増やすのが限界に来ていること。

近々反乱を起こし雪月山脈方面に逃げ、拠点を作る準備も進めていること。

それらは具体的すぎて、今のエルナには受け入れられないことばかりだった。

震えながらラドヴィスの胸を握りしめ問いかけるエルナ。

「戦うしかないの?」

ぐっと言葉をつめるラドヴィス。

しばらく考えた末に結論を告げた。

「もうミルディス公国は、後戻り出来ないくらい影に覆われているんだよ」

うっと嗚咽が漏れてしまった。

泣くまいとこらえていたのに、耐えられなかったのだ。

ぎゅっと抱きしめる力が強くなる。

「エルナを守りたいと思っている」

とても優しい声だった。

「僕も戦うのはきらいだけどね」

とも言った。

知っている。

子供の頃から一緒だったのだ。

ラドヴィスは戦闘訓練よりも、本を読むのが本当は好きなのだ。

魔法を習うより、自然の中に入り草木や動物を見るのが好きな男の子だった。

エルナも同じように思っていた時期も有って、昔は仲良く話もしたのだ。

いつの日からか親に反発し力を求め、それがうまく行ってしまった。

大人が黙るほどエルナは優秀だった。

そうして大人になった気がしていたのだった。

「ラヴィ‥‥もっとぎゅっとして」

幼い子供に戻ってしまい、ラドヴィスにすがるエルナ。

ラドヴィスが温かいので、その熱が心を支えてくれる気がした。

そっと力を込めてくれるラドヴィス。

自分がただの子供だと思い知ったエルナ。

伝わってくる熱が、自分を大切に守っている気がして心が落ち着く。

「とても悲しいけど、それが真実なんだ。エルナを守るためにも置いて行けない」

その言葉にラドヴィスの真実がある気がして、少し嬉しかった。

とても昔のことで忘れていたが、こうして守ってもらったことが何度か有った。

迷子になり二人で途方に暮れた時もそうだった。

幼かった自分はラドヴィスを責めたのに、こうしてただ泣き止むまで抱いてくれたのだ。

連鎖的に多くの場面が思い浮かぶ。

いつの時もラドヴィスが自分を守ろうとして、時に自分が怒られたりしていたことも。

認めなかっただけで、ずっと心の底で分かっていたのだ。

今も正直に自分を認めることは出来ないけど。

もうずっとずっと前からエルナはラドヴィスが好きになっていたのだった。

ただそれを自分では認めず、理解しようとせずに求め続けている。

満たしてくれるものは、すぐそこに有るのだと気づくには、もう少し時間が必要だった。





遠く近く潮騒のなる静かなベンチで、二人は大人になってから初めて互いの熱を感じあったのだった。

ラドヴィス17才、エルナ15才の夏の夜だった。

二人の愛は始まってすらおらず、戦いは既に始まっていたのだった。

影と光との長い戦いは。


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