【ミーナ学園編:第18話:月だけがみている】
夜になり月が出ていた。
春はまだ遠く凍えるような空気が澄み渡り、星も月の影でひっそり瞬いていた。
女子寮の最上階は特定の家格と位置づけられた上級貴族向けに作られている。
襲撃ももちろん考慮されていて、最上階とレイアウトされているのだ。
通常なら階段かエレベーター、廊下を経由してしか入室できない。
逆の視点で見れば軟禁されているようなものだった。
レティシアには、会いたい人に会いたい時にあう、などという贅沢は与えられない。
その他の贅沢は浴びるほど与えられるのに。
今日は月がとても綺麗なので、窓を開けてベッドから眺めていた。
窓枠の形に光が入り、まるで自分のために月が有るような不思議な気持ちも持ててクスリと笑う。
実家からこっそり持ち込んだクマのぬいぐるみを抱きしめて、ぺたんと座り月をみる少女。
年齢よりもずっと幼く頼りなく見えるレティシアがそこにいた。
「ええ?!」
月の中に人影があった。
気付いたレティシアがあわててクマを投げ捨て窓に近寄った。
窓から身をのりだして覗くと、それは少女のシルエットとなった。
「こんばんわレティシアお嬢様」
そう告げたのはレビテーションで浮き上がり、近づいてきたミーナであった。
レビテーションはほとんど水平方向に動けないのだが、裏技があるのだ。
アミュアに教わり体得したミーナはそうやって近づいてきた。
垂直ではなく浮き上がり軸を斜めに設定できるのだった。
重力の邪魔が有るのであまり寝かせられないが、僅かに軸をかたむければ後は上昇量で水平にも位置を変えられると、実演しながらアミュアに教わったのだ。
術を入り切りしながら調整し、レティシアのいる部屋をめざしたミーナは偶然月をさえぎり見つかってしまったのだ。
「ええええ?!」
段々声が大きくなるレティシアにしーっと指を立てるミーナ。
「そっちに行ってもいいですか?ちょっと残り魔力に不安が出てきました」
あわてて招き入れるレティシア。
ここは最上階で5階になる。
落ちたらただでは済まない。
下がると斜めに落ちてきたミーナが窓から見えなくなり、あっと思ったときにはふわりと窓から入ってきた。
空中で下がベッドだと気付き、靴も脱いでから術を解除した。
ぽてっと着地したミーナは思いがけず柔らかい地面にバランスをくずした。
「あ!」
とっさにレティシアが支えるようにすると、ミーナに抱きついたような格好になったのだった。
(あたたかくて甘い匂いがするわ)
本当にひさしぶりに他人にふれたレティシアはぽーっとその心地よさを味わうのであった。
バランスを取ろうと両手をあげていたミーナは自分の胸に縋り付くレティシアを不思議そうに見下ろしていた。
両手の靴をどうしようかなと考えながら。
コンコンとノックがあり、ミーナが戻ったにしては早いなと思いながら答えるエーラ。
「どうぞ?あいてるよー」
ミーナだと思い答えるノーラ。
忘れ物でも有ったのかな?と考えていた。
きいとドアがなり、入室してきたのは思いがけない人物であった。
いつまでたっても動かないレティシアに話しかけるミーナ。
「お嬢様、夜分に失礼いたしました、少し御用があったのです」
はっと、自分の行為に思い至ったレティシア。
まるでくまのぬいぐるみのように抱きしめていたのだ。
あたたかいミーナを。
「ご、ごめんなさい倒れちゃうかとおもって」
言葉遣いまで取り繕え無いレティシア。
「いえ、突然の訪問を失礼いたしました」
一旦靴は窓枠におくこととしたミーナ。
出窓まで行かないが枠は少し幅があり、プランターくらいなら置けそうなスペースがあった。
そこに靴をおいてごそごそと胸元をあさるミーナ。
「あった」
落とさないように下着の中にまでしまい込んでいたのだ。
とりだしたそれをレティシアにわたす。
「エーラからレティシアお嬢様宛の手紙です。お返事をいただいてきて欲しいと言われてます」
レティシアがぺたりとベッドに座っているので、ミーナも正座した。
丁度目線が揃い二人は互いの目を覗き込む。
同じ青なのに、レティシアの方が少し濃い色をしている。
ミーナはカーニャと同じ綺麗な青色だが、レティシアは更に濃いコバルト色であった。
高貴な目とはこんな色かとミーナは見惚れていた。
レティシアとミーナは不思議と色も雰囲気も似ているのだ。
白い肌に鮮やかな金髪、青い瞳。
髪型こそ違うが、同じジャンルの美しさがあった。
「ご拝読させていただきますわ」
丁寧な言葉に戻し、手紙の封を切るレティシア。
封印は無く、のりで簡単に封されていた。
取り出した手紙は数葉あり、しばし待つ時間が有った。
ミーナは目ざとく、くまのぬいぐるみを見つけ、目を輝かせた。
(おおきいです!こんな大きなぬいぐるみはじめてみました!ぎゅってしてみたい)
レティシアのことなどすっかり忘れぬいぐるみに釘付けの視線。
いつにないふんわりした顔でニヤけていた。
(やわらかいのかな?おもたいのかな?どんな感触かな?匂いもするかな?)
そうしてレティシアから声がかかるまでくまと見つめ合うミーナであった。