【ミーナ学園編:第13話:エーラのじじょう】
レティシアの学園での居室は、寮内最上階にある。
今現在伯爵家以上の女子は在籍していないので、このいくつかある特別室のある最上階にはレティシアだけが住まっていた。
特別室には侍女用に前室が設けられており、直接主人の部屋には入れない仕組みだ。
前室には応接が設けられ、横のドアから従者用の部屋に入るのだ。
従者部屋は二人部屋で、各貴族家から2名まで従者が認められている。
そこにフィオナとセレナがいた。
「非常にまずいわね」
フィオナの分析では、このままでは首席の座が危ういとでた。
「やるか」
「それはいくらなんでもまずいわ」
セレナの答えは直情的だったのでフィオナに止められた。
「他に手があるうちはダメ」
フィオナのセリフには情は無く、ただ効率の話であった。
セレナと天秤にかけるのだ、子爵家の従者は平民や男爵家次女ほどお安くないと。
「だが脅しは前回で効果がないとわかった」
セレナも思案する。
「弱そうな所から責めましょう。ミーナは鈍感なのか大物なのか効果がない」
無表情のままフィオナが告げる。
「エーラを狙いましょう。誰にもわからないように」
二人には使命が与えられていた。
主家からの厳命である。
レティシアを首席で卒業させること。
レティシアに何者も身近に置かせないこと。
この2点であった。
入学からの約一年、これに心砕いてきたのだ。
もちろんレティシアは何も問題がなければ首席で卒業するであろう。
それだけの資質とまっすぐな努力があった。
イレギュラーなのだ、あの二人は。
「カーニャの妹であるミーナはおそらく飛び級であがるわ。ほっといても消えていく」
フィオナは冷徹に状況を整理する。
「教師もそのつもりだとも情報を得ているわ」
「わかった、エーラを一度連れ出して教育してやろう」
セレナの瞳にはなにかが燃えている。
「そもそも気に食わなかった。好き勝手に生きやがって」
「私情は無駄になるわ、抑えて」
頷いたセレナには理解の色はあったが、炎はそのままであった。
冬休みが終わり、三々五々もどった学生達で学院はまた賑やかになっている。
エーラも魔導汽車で戻り、駅から徒歩で学院に向かっていた。
学院の前にある噴水まで来た所で待ち伏せられていた。
「少し付き合ってもらおう」
「それほど時間はかからないわ」
セレナとフィオナであった。
ちらほらとその姿をみかける生徒も居たが、男子ですら恐れて顔をそらす。
「わかりました‥‥」
まして小心なエーラに抗うすべなどなかったのだ。
すぐ側に止めてあった馬車に連れ込まれるエーラ。
怯えながらも、芯には抗う気持ちが残っていた。
(どうせ大したことできないと姉さまもいってました)
ミーナから聞いたカーニャの意見もエーラの支えとなっていた。
「どのような御用でしょうか?」
ポルト・フィランドとは違いここは王都だ。
子爵家は平民が逆らえる身分ではない。
ましてや背後には名門ヴァレンシュタイン伯がいるのだ。
「大したことではない、来週に模擬戦闘試験がある。それを辞退しろ」
セレナは軽く威圧をこめて命令した。
武装しているセレナには先日以上の圧が有った。
腕組していたフィオナも続ける。
「それなりの謝礼を準備してあるわ」
そういって布袋をチャリと置いた。
予想していたエーラは目を閉じミーナを思い浮かべる。
ちょっと心配そうにこちらを見ている姿が見えた。
「申し訳ありませんが、いた‥」
みなまで言わせずセレナが抜剣する。
剣幅のある片手剣だ。
いつ動いたかエーラには解らず、喉元に剣先があった。
「すまんが、あまり時間をかけたくない。答えずともよいのだ。ただ聞いて去れば良い」
まるで猛獣と向かい合っているような絶望感であった。
エーラにそれ以上抗う術はなかった。
ただこくこくと頷き外にまろび出た。
エーラがころりと座る横を、馬車が走り去る。
がしゃりと金の入った袋が投げ落とされ眼の前に落ちた。
その姿すら目撃するものが居たのに、誰も目を向けようとはしなかった。
ゆっくり立ち上がったエーラは地面にある袋を睨みつける気力すら無く、立ち尽くしていた。
学院の評価は主に試験で出される。
入学時の試験結果と学年末の筆記試験である。
この平均と、実技評定として模擬戦と外部試験が有る。
模擬戦は実技の半分を閉める評定で、特殊な装備でデバフを掛けたまま魔法戦を生徒同士で行う。
毎年一人二人はけが人も出る危険な評定だ。
なかにはこれを諦め、最初から辞退するものも少なくない。
戦うだけが魔法士ではないので、学科に比べたら評定量は少ないのだ。
だが、首席や上位を目指すなら勝ち負けを別に出席が求められるのも常だ。
噴水横の公園でベンチに座るエーラ。
結局そのままにもできないと袋も拾ってきた。
(返しにいかなくては)
それだけが頭に浮かんでは消えた。
エーラの入学時の試験は満点に近い得点だった。
おそらく期末の試験でも同じレベルで解ける自信もあった。
実技を落としても真ん中くらいの順位評価となり進級できるであろう。
悩む理由もなく棄権すれば丸く収まる。
エーラは自家で父と話した事を思い出していた。
(エーラ、王都はどうやら居心地が悪いようじゃないか?戻って来てもよいのだよ?)
手紙でヴァレンシュタイン伯の話を相談したので、心配しているようだった。
(まだ学びたいことがあるのなら、好きにするのが良いが、いつでも戻りなさい)
そういって優しく背に手を添えてくれた父。
部下には厳しいが、娘には昔から甘いところがあった父だ。
おそらく心配を掛けているなと自覚も有った。
「大学で学びたいこともあるけど、実家でも学ぶことは出来る」
帰ろうと思った瞬間にミーナの顔が浮かんだ。
ちょっと心配そうな顔でまっすぐ見てくる瞳。
とつぜんエーラの視界がゆがむ。
俯いた目に涙が溜まったのだ。
ぱっと顔を両手で覆う。
「帰りたくないよ‥」
うつむくエーラに気づくものはもう残っていなかった。