【ミーナ学園編:第10話:パターン青、天使さまです】
長い歴史を持つ王都魔法学院には2つの寮が存在する。
一つは女子寮で、厳密な規則と厳正な紀律に守られた乙女たちの楽園。
いわば聖なる光の国である。
もう一つはその対極に位置する闇の魔窟、すなわち男子寮であった。
『まあ、男は適当でいいだろう』の精神の下に、大抵のことは許される闇が支配する領域であった。
その魔窟には様々な怪しげな組織が存在するのだが、今夜はそのうちの一つ『天使さま対策委員会』の恐るべき実態に迫りたいと思う。
魔窟の奥深く、隠された会議室があった。
その入口には『使用中』と黒黒とした墨筆で描かれた札が、ただ人の侵入を阻む。
ルールの無い闇の王国にも逆らえぬ力が存在するのだ。
すなわち『あ、ここやべえヤツが使ってるは、近づかないでおこう』である。
そう魔窟には恐るべき魔人たちがはびこっているのである。その領域をしめすものには様々な形態があるのだが、今夜は語らずに置く。
入口のドアをノックする。
コン‥ココン‥コン
符丁である。
忠実なる我がしもべ達が、様々な犠牲を払い調べ上げた確度の高い情報だ。
「天使さまの御名を‥‥」
くぐもった低い声がスライドドアからにじみ出てくる。
これにも対応する言葉が調べ上げあげられていた。
抑えた声を流し入れる。
「とうとすぎて語れませぬ」
返事はなくからからとドアが滑り、深淵が口を開けた。
どうやら過去の犠牲は無駄ではなかったようだ。
するりと部屋に侵入する。
元々は寮内で運営に関わる決め事や、トラブルの調停に使われていた部屋で、今では形骸化したそれらの代わりに様々な用途に使われている。
薄暗い室内の壁際に魔石灯が並べられ、光を差し込んでいる。
中央にある大きな円卓には11人の男がシルエットとなり掛けている。
こちらをいれれば丁度12人‥‥。
これは規則なのか黒い外套を頭から被り、頭部まで隠している。
こちらも実は同じ姿なのだが、これは正体を探るなという無言のメッセージで、魔窟に有る数少ないルールでもあった。
円卓の奥に掛ける男が口を開く。
「今宵の参加者はこれで揃った。会議を始めよう」
陰々とした声で、その恐るべき企みは始まるのであった。
議事進行役らしいスタッフが資料を配る。
これも姿は違うが、その存在を認知する事は無粋とされる黒子の姿だ。
手慣れた進行を見るまでもなく、積み重ねられてきたであろう企みの深さが伺える。
こちらの手元にも資料が配布された。
一部に写真やイラストまで入った、気合の入りよう。
資料の作成にすらなにか怨念めいた意欲を感じる。
「まずは皆も気になっていた事から語ろうではないか‥」
また奥の議長っぽい男が話しだした。
「先日の天使さま覚醒についてだ」
しんと場の気配が変わる。
うっうっっなどと嗚咽まで漏れ始めた。
大丈夫か?頭。
「まさに天界から舞い降りた天使の如くであった。われは間近で拝見させていただく栄誉にまみえたのだが‥‥その神々しさ尊さ‥‥資料の右上の写真は同士の1人がスマート魔導フォンで撮影したものだ。加工は一切ない」
写真には水色の魔力を放出し、こちらにきりりとした表情で視線を向けた女子が写っていた。
ふわりと金髪の髪が流れているさまは、なかなかの迫力では有る。
しばし無音に、時々嗚咽がまじる
「とうとい‥」
「てんしさま」
「文書に描かれていたのはこれだったのだ」
「‥‥美しい」
「いまこそ補完計画を」
などと各員から言葉がこぼれた。
こちらに有る資料でも差し入れてある写真が確認できた。
画像の粗さから、かなり拡大されていること、撮影時の現場の混乱具合などが伺える。
その写真に続き、とつとつと総評が書かれており、文内のあちらこちらにただならぬ表現が含まれている。
ここでは割愛する。
そう、この資料、この集まりはただ1人の女子に関わるものなのだ。
「中段からの資料にも是非目を通して欲しい」
言われたように資料を確認してみた、こちらも画像は荒いが、なにか手元で作業をしている女子と、それを見ていて倒れる男子の姿が写っていた。
女子は先程の者と同一と思われる。
倒れた男子は5人いたようだ。
こちらでも情報を入手していたが、談話室での先日の騒ぎの件であろう。
「とうとみが限界突破」
「しみわたる天使の光が‥‥」
「うらやましい‥こいつらは間近で見たのか‥それは倒れて正解」
がやがやとまた意見がかわされる。
何かに集中してちょっとより目になっている、女子の表情まで確認できるレベルの写真ではある。
そうして夜は更けていき、はてなき宴にも終焉が等しく訪れる。
まあ、いい加減つかれてきたので助かる。
「それでは同志たちよ、またの宴にてまみえよう」
無言で端から立ち上がり円がほどかれ退室していく。
こちらも怪しまれぬよう流れに乗り退室した。
どうやら生還できるようだ。
先の会議室から階層を跨ぎ移動した果に、ついに安全圏たる個室に帰還した。
もちろんあやしい衣装はしもべに渡し資料として保管させた。
入室してやっと気が抜ける。
「ふぅ、たいしたことないヤツらでよかった」
自室にもどったリオネルは安堵のため息をもらすのであった。
「ミーナちゃんに変なことする気かと心配したけど、ただのアホだったな」
椅子の背もたれによりかかり、リオネルは小さく伸びをしたのであった。
安堵とともに。