表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

夢?

作者: 香名斗星南

 私のバカーー!

 どうしてよりによってメチャメチャ遠い音楽室なんかに忘れ物をー!

 今日は4時からお気に入りのドラマの再放送があるからダッシュで学校脱出したのにー!


 明日から文化祭の出し物の合同練習があるから家で特訓するつもりだった私は、校門を出てからリコーダー忘れたのを思い出して、自分の粗忽さを悔やみながら全速力で学校へ戻った。


 ゼェゼェゼェ……


「ケホッ…………誰よ……こんなところに音楽室作ったのは…………ハァ……」


 あまりにも力一杯走り過ぎたせいか、残り数段で音楽室のある階にたどり着くってところで足が動かなくなった。

 でも、ここまで走ったのと同じくらいのペースで戻らなくちゃオープニングに間に合うバスには乗れない。


「……仕方ないわ。間に合わなかった部分は、あとで録画を見よう」


 けど、少しでもリアルタイムで……って、再放送だけど、とにかく早く見たいから、少しでも早く帰りたい。


 そんなことを思いながら手すりを頼りになんとか階段を登り切り、廊下の突きあたりにある音楽室に向かった私はその扉の2,3メートル手前でふと足を止めた。


「―――何?」


 そこにあるのは、普通に音楽室の扉。

 でも、何か、違和感がある。


 何?


 …………色が、変…………な、ような…………


 なんだか中へ入っちゃいけない気がする。


「い……今だけ時空の裂け目ができてて、入ったらそこは4次元空間だった……なんてオチじゃないよね?」


 ハハ……

 そんなわけ……あるわけない。

 気のせいよ、気のせい。


 そう判断してドアに近づいた私の身体が『何か』を通り抜けたような感じがした途端、音楽室の中からピアノの音が聞こえてきた。


「……えっ……」


 ……え……どうして?


 さっきまで全然音がしてなかったのに!

 今弾き始めた、とか?

 それにしては、なんか、途中からだったような……

 いや、でも、いくら途中っぽくても、さっき弾き始めたに違いない。

 だって、それまで音がしてなかったんだもん!


 ―――それにしても……


「なんて綺麗で優しい曲……」


 演奏者の邪魔をしたくなくて、できる限りそっとドアを開け、中に入った。

 広い音楽室の中は、外で聞いた時とは比べものにならないくらい澄んだ音が満ちあふれている。


 先生、こんなに上手かったっけ?

 それとも……まさか……生徒?


 私のいる位置とは反対側の角にあるグラウンドピアノに隠れて、弾いてる人の姿は見えない。

 6時間目の授業で私が座っていた席はここから結構近くだから、気づかれないようにリコーダーを回収して部屋を出られるのに身体が動かない。


 明るくて優しい綺麗な曲。

 なのに、何故か―――少しだけ、悲しい。


 ―――誰が弾いてるのかな?


 ピアノの音の中をゆっくりと壁に添って横移動して窓際まで来たけどそれでも見えず、そっと窓沿いに近づいてギリギリ顔の見えるところまでたどり着いた私は、思わず声を出してしまった。


「……帆柴野(ほしの)先輩?」

「え!?」


 演奏者の手が止まり、辺りが急にシンと静まり返った。


 帆柴野先輩だー!


 1学期の途中、この高校に転校してきた王子様で、かっこよくて、みんなに優しくて、ファンの子も多く、できれば私も、ちょっとお近づきになりたいなーなんて思ってる、帆柴野先輩。


 ま、『王子様』っていうのはファンの子が言ってるだけみたいだけど、庶民の私は学年も違うし、話す機会なんて滅多にない。


 遠くで見ているだけで満足できる……するしかない先輩だ。


 それにしても……


 ―――帆柴野先輩が、こんなにピアノ、上手だったなんて……


 あ、拍手拍手!


「帆柴野先輩、すごいです!

 今の、なんて曲ですか?

 すっごく綺麗な曲ですね!」


 拍手しながら話し掛けたら、大きく目を見開いて私を見たまま固まっていた帆柴野先輩が軽く息を吐いて微笑んだ。


 ドキッ!!


「……まさか人が入ってくるとは思わなかった」


 え?


「……あ……邪魔しちゃって、すみません!

 私、リコーダーを取りに来ただけなんですけど、帆柴野先輩のピアノがあまりにも素敵で!

 だから、つまり、その、えっと……」


 先輩の微笑みが、更に深くなった。


「正確に言うと、『入ってくることに気づかないとは思わなかった』だけど」

「……え?」


 な……何?


 帆柴野先輩の雰囲気が、いつもと違う気がする。

 なんか、先輩の周りの空気が、優しく光っているように見える。

 そんなの気のせいに決まってるのに。

 人のオーラが見えるほど霊感が強いわけでもなく、気功術とかやってるわけでもない私に、そんな光が見えるはずがないもん。


 さっきの素敵な曲のせいかな?


 ―――あれ?


「そういえば、帆柴野先輩って、テニス部ですよね?

 どうしてこんなところでピアノなんて弾いていらっしゃるんですか?」


 テニス部は、今、部活中のはず。

 私のクラスのテニス大好き人間が、私と同じくらいの勢いで教室を飛び出していったもの。


 ―――部活サボって、ピアノ中?


「えっ? あ、いや、僕は―――」


 ま、放課後の音楽室って、用がない限り人は来ないだろうから、サボりポイントとしては結構よさそうだけど。


 だから、油断してたとか?

 けど、あんなに素敵な曲を堂々と弾いてたら、誰が弾いてるんだろうって、みんな見に―――


「おにいさまーー!

 どうして弾くの、やめちゃったのよぉーー!!」


 !?


 音楽室に二人きりだと信じ込んでいた私、突然の声に、心臓が飛び出しそうになった。


依琉(える)!」

「わっ!

 なんで、おにいさま以外の人…がぁ…あー……えっとぉ……あの……

 こんにちは!」

「こ……こんにちは……」


 挨拶されたから思わずし返したけど、妹さん、どこかに隠れてたのかな?

 でも、隠れていたにしては先輩が弾くのやめてから叫ぶまでにだいぶタイムラグが……


「お前、部活中だろ?

 抜け出してきちゃダメじゃないか」

「だって、おにいさまが弾くのやめるから!」


 弾くのやめるって、でも……


 何か引っかかる。


「お前たちの部活が終わるまでちゃんと弾いてるから、早く戻れ」

「ホントね? きっとよ?」


 音楽室の音、窓とか開けてるのなら聞こえるかもしれないけど、でも、窓、閉まってるし……

 あ、そうだ!

 外の廊下だって、音、聞こえてなかったじゃない!


 ―――もしかして妹さん、先輩のピアノ聞きながら寝てたとか?


「じゃ、おにいさま! またねー!」

「うん」


 あ、でも、抜け出して来たとか……って……あら?


 私がいろいろ考えているうちに、妹さんは音楽室を出て行ってしまった。

 その後ろ姿を見送っている先輩の瞳がとっても優しくて、胸がドキドキしてしまう。


 そっか!

 部活抜け出して、ピアノ聞きながら寝てて、その音が止まったから目が覚めたとかかな!


 ―――それにしても、兄妹そろって部活サボるなんて……


「……あの…先輩も、部活では?」

「え? あ、僕はここの生徒じゃないから」


 ハイ?


 さっきまで妹さんに向けられていた優しい微笑みが、私に向けられた!


「僕は、(れい)()の双子の兄で、(せい)()っていいます。よろしくね」


 !!


 えーー!!

 あの、事情があってこの学校に通うことができないから、帆柴野兄妹の保護者をやってるってうわさの、帆柴野先輩の双子の兄!?


 それは、王子様と呼ばれている先輩どころの騒ぎじゃない、見かけることさえほぼ不可能で一部の女子生徒に『神』と崇められている……


「し……失礼いたしました!

 わっ、ワタクシ、2年3組、(さき)()瑠衣るいと申します!」

「……咲棲……?」

「はい! 咲棲です!

 あの……ど……して、このようなところでピアノを……?」


 少しうつむき加減で考える素振りを見せた帆柴野先輩のお兄さんは、優しい笑みを浮かべて顔をあげた。


「依琉たちの部活が終わるのを待ってるんだ」


 そして、立ち上がってゆっくり歩き出し、後ろのほうの席まで歩いていって、机から私のリコーダーを取り出した。


 えぇ!?


「忘れ物ってこれだよね?」

「ど……ど……」


 どうして?

 どうしてわかったのよー!


「早く帰らないと、お気に入りのドラマ、全然間に合わなくなってしまうよ?」


 !?


 せ……先輩って……ヤ……先輩のお兄さんって………………エスパー!?


「咲棲さん?」


 思考回路がついていかなくなって、返事もしないで突っ立っていた私の手がふいに引かれ、帆柴野先輩のお兄さんの顔が近づいてきて、額に何かそっと触れたと思ったら、強い睡魔に襲われて、私は熟睡してしまった。


   ☆

   ☆

   ☆


『目を覚まして』


 優しい声。


「……ん……」


 ―――誰?


『でないと、ドラマ、始まっちゃうよ?』


「ドラマ?」


 聞き返した自分の声で、目が覚めた。

 私は制服のままベッドの上に転がっていて枕元にリコーダーがある。

 時計を見ると、4時5分前で。


 ………え???


「……え……私……あれぇぇっ!?」


 い、いつ、帰って来たの? 私。


 慌てて飛び起きて辺りを見まわすと、そこは確かに自分の部屋で、自分のベッドだった。

 枕元に忘れたはずのリコーダーがあって、制服のまま寝ちゃってたせいで、スカートがしわくちゃになっている。


「……夢? 夢だったの?」


 帆柴野先輩のお兄さんが、たぶん、キスしてくれた(はずの)額に、そっと触れてみる。

 けど、そこに何か証拠があるわけでもなく、すごくリアルな夢だったような気がして、なんだか、がっかりした。


「夢だったのかなぁ……」


 カーテンを開けて窓を開け、空を見上げても答えはなくて、しばらくボーっと雲が流れていくのを眺めていた私は、なんだかよくわからないけど、ふと、笑いたくなって思いっきり背伸びをした。


「ん~~~~~~っ!」


 夢なら夢でいいか!

 あんな素敵な夢、もう二度と見られないかもしれないけれど、帆柴野先輩のお兄さんは実在するんだから、いつか現実の世界で出会えるかもしれないもの!


 そう思ったら気分もスッキリして、私はニコニコ笑いながら机の上のリモコンを手に取った。


「さ! ドラマ、見よっと! って……あれーー?」


 映し出されたテレビ画面には見ようとしていたドラマのスタッフロールが流れていた。


 1時間近くぼーっとしていた私は、結局録画を見ることになってしまった。

 でも、ドラマよりさっき見た夢のほうが何倍も何十倍も私の心を占めていて、あんなに楽しみにしていたドラマを再生していたのに、ほとんど上の空だった。


 いつか、現実の世界で話せたらいいなー。


 ☆ ☆ ☆


 咲棲家の屋根に座り、星音は考えていた。


「遠くからチラッと見る機会くらいならあるかなとは思っていたけど、まさか向こうからやってくるなんて」


 ……彼女が…………光葉(みつは)、きみの娘?


 ……いや……孫か……


 素直で元気って感じのお嬢さんだった。


「あの子を見る限り、きみが選んだ道はきみにとって正しい選択だったんだって思えたよ」


 そうつぶやくと、星音はテレポートして消えた。

 このお話は、ここだけの話、長編に出てくる双子の上の兄のお話ですが、長編とはまあ、関係ありません。

 長編のメインは、妹と王子様のお話ですので。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ