運命の干渉者
亜里沙はギルドを出ると、周りの景色が少しだけ違って見える気がした。不安定だった意識が急にクリアになるような感覚だ。
「うわ〜、なんか普通に文字が読める〜! 良かった〜。ちょっと鍛冶屋に寄っても良い?」と興奮気味に言う亜里沙。
イフは冷静に返す。「良いけど…装備できないよ?」
「誰だって装備できる物くらいあるでしょ!」と亜里沙はムキになり、早速鍛冶屋へと向かう。
街中は活気にあふれている。石畳の道には露店や行き交う人々が立ち並び、空気に漂う香ばしい匂いが食欲をそそる。亜里沙の目の前にある鍛冶屋は、シンプルな石造りの外観で、上部に木製の看板がかかっている。「鍛冶屋」と力強い文字が刻まれ、風に揺れている。
店の中からは、鉄をハンマーで叩く鋭い音が響き、扉を開ける前からその職人気質を感じ取れる。
「う〜ん、やっぱりゲームの鍛冶屋ってこういうのだよね!なんかわくわくするなぁ。素材持ってないけど大丈夫かな?」と一人で盛り上がる亜里沙。
扉を開けると、中から威勢の良い声が飛んできた。「いらっしゃい!」
「あ、言葉もちゃんとわかる! 良かった〜あの〜素材とか持ってないんですけど大丈夫ですか〜?」と質問する亜里沙だが、イフは冷静に突っ込む。「急に“素材持ってないけど”とか言われたら意味わからないと思うよ?」
案の定、店主は戸惑いながらも「素材? いや、ここに置いてある物から選んでくれ…」と説明する。
「あんなに威勢が良かった親父が若干引いてる。亜里沙ってすごいね」とイフは驚いたように言う。
「いや、それ嫌味でしょ? まあいいや、せっかくだし痛いのは嫌だから防具で身を固めようっと!」
亜里沙は重厚な鎧を手に取るが、「うわっ、重い! これは無理!」とすぐに諦める。次に軽そうなレザーアーマーを手に取るが、それも装備できない。
「なんでだろう? どれも装備できないじゃん…」
「レベルも能力も才能もないのに、着れるわけないじゃん」とイフがきっぱりと言う。
「いや、才能は関係ないでしょ! ……あの、私にも装備できる防具ってありますか?」と悲しそうにイフを見上げる亜里沙。
イフは店の隅にあった地味な防具を指さして言った。「じゃあ、これは?」
それは簡素なデザインの旅人の服だった。
「いや、これ着るなら今の服のままでいい気がする…」と渋る亜里沙。
イフは冷静に説明を続ける。「多分だけど、亜里沙は防具とかも“能力発動中”に装備できるんだと思う。それもガチャ次第だろうけど。」
「あー! そういえば、武具限定ガチャってあったわ! じゃあお金使わなくて良かった。得したね。」
そう言いながら亜里沙は笑顔を浮かべ、イフに提案する。「じゃあ、イフに何か買ってあげようか?」
「いらない」とイフはそっけなく答え、店を出て行ってしまう。
「ちょっと待ってよー!」と亜里沙は慌てて店内を見渡し、ある物を手に取って会計を済ませた。
外に出ると、イフはもう街の外へと向かって歩き始めていた。
「もう〜、せっかく待っててって言ったのに! 街で色々準備するのが普通でしょ?」と亜里沙は文句を言いながら駆け寄る。
「私達には必要ないよ。」イフは振り返らずに答える。
「でも、食料くらいは必要でしょ?」
「そんなの食べても食べなくても一緒だよ。それより早く行こう。」そう言ってイフはまたスタスタと歩き出した。
亜里沙は肩を落としながらも、イフに追いついて言った。「せめてこれだけでも付けてくれない?」
亜里沙が差し出したのは青いリボンだった。「私も赤いリボンを買ったから、お揃いだよ。髪を束ねるのに使ったらいいよ。私のはボサボサだけど、イフは綺麗な髪だしさ。」
イフは一瞬戸惑ったが、黙ってリボンを受け取った。「……特殊効果とかはないけど、ありがとう。」そう言うと、ほんの少し照れた表情を見せ、再び歩き出した。
その後ろ姿を見ながら亜里沙は小さく呟いた。「まあ、喜んでくれたし良いか。」
そして二人は街を後にし、広がる平原へと足を踏み入れた。街を出た後に広がる平原は、風が吹き抜けると一面の草が波のように揺れた。遠くには森の入り口がぽっかりと口を開けており、亜里沙は何度も視線をそちらに向けていた。薄曇りの空からは柔らかな光が降り注ぎ、どこか平和な空気が漂っている。しかし、森の中だけは深い影を落としており、近づくごとに重い雰囲気を感じさせる。亜里沙とイフは街を出て平原を進んでいく。広がる草原の中を歩いていると、亜里沙は立ち止まり、辺りを見回して呟いた。
「いや〜広いな〜。こういうの、ゲームのフィールドマップっぽいよね。あ、あの小屋とかイベントありそうじゃない?」
遠くにぽつんと建つ掘っ立て小屋を指差す亜里沙だったが、イフはちらりと視線を向けただけで、首を振った。
「いや、あれはただの廃屋だよ。時間の無駄。」
「冷たいな〜!こういう寄り道が面白いんじゃん!」と抗議する亜里沙だったが、イフは容赦なく歩き続ける。
「そんなことしてると夜になるよ。」
「……それはちょっと怖いかも。」
やがて、目の前に黒々と茂る森の入り口が迫ってきた。平原を抜ける風は爽やかだったのに、森に近づくにつれ、空気がしんと静まり返り、冷たささえ感じる。木々が天を覆うように広がり、奥が見えないほどの暗がりが広がっている。
「うわ、めっちゃ雰囲気出てるじゃん……!」亜里沙は期待に胸を膨らませる一方で、わずかに不安そうな表情も見せた。
「これ、敵とか出ないよね?いや、出てもいいんだけどさ、せめて準備くらい……」
「だから言ったでしょ、準備は必要ないって」イフは森の中をじっと見つめながら言う。
「でもさ街を出てから一切モンスターが出ないんだけどなんでなの?」
「だから私が居たら出てこないって。」イフは少し意味深な笑みを浮かべると、森の中に一歩足を踏み入れた。
森の中はさらに薄暗く、木々の葉が幾重にも重なって光を遮っていた。森の冷たい空気を感じると少し気が引き締まった気がした。
「で、これからどうするの?」と小声で聞く亜里沙。
「森の最深部に祠がある。その祠が目的地だよ。」
イフの短い説明に頷きながらも、亜里沙は周囲に目を配り始めた。どこかから、鳥や小動物の気配が感じられるが、それ以外にも何か視線を感じるような気がする。
「ちょ、なんか嫌な気配しない?」
「気にしなくていい。まだ何も来てない。」イフは淡々と答える。
「いや、そういうときに限って何か来るんだって……!」亜里沙は慎重に周囲を見回しながら、イフの後をついて行った。
修正版
「ほら、もうすぐ祠だよ」とイフが前方を指差す。
亜里沙はどこかがっかりしたような表情を浮かべながら言った。
「それはいいんだけど、エンカウントは?宝箱は?何かないの?ただ歩いてるだけじゃん、しかも誰かに監視されながらさ」
その言葉を聞いた瞬間、イフが急に立ち止まり、振り返った。
「えっ?」と驚きつつ、亜里沙も足を止め、イフの顔を見つめる。
「監視されてるって、よくわかったね。ここのボスか、それとも全く別の存在かはわからないけど、見られてるのは確かよ。早く祠に行きましょう。それと、宝箱なんて普通は落ちてないから」
「いやいや、ゲームだと普通置いてあるんだって!常識だよ!」
そう言いながら不満そうにしている亜里沙の後ろを振り返りながら、イフは再び歩き出す。やがて祠の前にたどり着くと、突然立ち止まった。
そこには全身黒い鎧を身にまとった二人組の男が立っていた。顔は仮面で覆われており、表情はわからない。
「……なにあれ、人じゃん」
がっかりしたように亜里沙がつぶやく。
「普通森のボスはドラゴンとか変な植物とかゴブリンとかでしょ?なんで人なの?人なら、さっさと街付近で出てきてよ!」
その言葉にイフは冷静に答えた。
「いや、そんな限定的な事はないと思う。それに、彼らはボスでもないわ」
「え、良かった〜」と安心した亜里沙だが、次の瞬間デバイスから機械的な音声が響く。
「アディントログイン」
祠の前の空気が一変し、亜里沙の頭上に「AAAA レベル4」と表示される。
「なにそれ、レベル4って弱そうだな?」と笑い出す隊員に対し
「笑うな。敵だぞ」もう一人の隊員が警戒を強める。
黒鎧の一人が声を発した。
「我々はウラヌスの隊員だ。そこの“捕食者”を捕らえるために来た。大人しくこちらに来れば、危害は加えない」
だが、亜里沙は全く話を聞いていない。既にデバイスでガチャを回している。
「貴様、何をしている!話を聞け!」
怒声と同時に黒鎧の男が剣を振り下ろす。しかし、亜里沙のバリアによってダメージは通らない。会話ボタンを押してルーレットを回し停止させると
「お前らそう焦りなさんな。今から楽しませてやるから」と、ガチャ結果を待ちながら話す亜里沙。
「おまえ、そんな喋り方だったか?」とイフが呆れたように言う。
(いやいや、なんか言い回し古いよね!)と内心突っ込む亜里沙。
やがて、ガチャの結果が画面に表示された。
【ガチャ結果】
•コモン:レベルダウン ×3
•レア:能力値上昇(運)×4
•レア:ライトニングアロー ×2
•スーパーレア:炎上砲
(おお、なんかいい感じ?)と思ったが、AAAAのレベルは1になり運の数値は50になった。それでも手際よく2個のライトニングアローを一つの矢に変えて会話ボタンを押してルーレットを回して停止させると
「雷の矢よ、敵全てを貫け〜!」
天に向かって放たれた矢は、敵の一人に命中する。だが、黒鎧の男は微動だにしない。
「なんだ?威勢の割には弱いな」
もう一人が亜里沙に銃口を向け、レーザーを放つ。その瞬間、亜里沙は再びルーレットを回すも、「命中」と表示され、直撃を受ける。
(うっ……!)
しゃがみ込む亜里沙を見て、黒鎧の一人が嘲笑する。
「やはりこの程度か」
しかし、しばらくして亜里沙は痛みをこらえながら立ち上がり、スーパーレアの「炎上砲」を発動する。一直線に放たれた炎は敵を包み込み、大きな火柱を上げた。
だが、炎の中から現れた黒鎧の二人はほぼ無傷だった。
「やはり大したことはないですね。捕食者を捕らえて連れて行きましょう」
そう言った瞬間、黒鎧の二人にだけ謎の声が響く。
「……本当に大したことないな。時間の無駄だ。さっさと祠に案内しろ」
「いいんですか?ここで倒した方が楽ですよ?」と黒鎧が問うと、その声が鋭く返す。
「私に意見するとはいい度胸だな」
その直後、上空から広範囲に雷の矢が降り注ぎ、フィールド全体が激しく揺れる――。
雷の矢が降り注ぎ、大地が裂けるような轟音が響き渡った。その光景を見た亜里沙は、呆然と立ち尽くしていた。その時、「アディントログアウト」という音声が聞こえ、フィールドが消滅する。亜里沙は我に返り、イフに問いかけた。
「今のってライトニングアロー?どういうことなの?イフ」
イフは祠の中を指差しながら冷静に答えた。「あの中にいる者がずっと監視してたみたいね。疑問があるなら直接聞いた方が早いよ」
「まあそうだけど……戦闘になったら勝てる気がしないよ。これ絶対負けイベントだって!」と亜里沙は顔をしかめた。
それを聞いたイフは肩をすくめながら微笑む。「運次第で勝てるかもしれないわよ。会員になるためにも頑張って」
その時、二人組の騎士が撤退の準備をしながら言葉を残した。「早く中に入れ……我々は撤退する」そう言うと、二人はその場から姿を消した。
「なんかボスと話がついたみたいね。それじゃ、行きましょう」イフは軽い口調で言いながら祠の中に足を踏み入れる。
暗い道をしばらく進むと、広間が現れた。そこにはフードを被った人影が静かに佇んでいた。その者はフードを下ろし、口元に微笑みを浮かべながら言った。
「随分と遅かったね……待ってたよ、亜里沙と捕食者」
「えっ?女性なの?」亜里沙は驚きながら苦笑いを浮かべる。「ずっと男の人だと思ってたよ」
「性別なんて気にしてる場合じゃないでしょ?」と女性は軽く流しながら続けた。「それに、この祠のボスはお前たちが来る前に倒しておいたから、ギルドには好きに報告するといいわ。私は捕食者だけが目的だから」
「なにそれ?よくわからないけど……イフを連れて行かせるわけないじゃん!」と亜里沙が反論すると、突然デバイスから「アディントログイン」の音声が鳴り響き、フィールドが展開された。亜里沙の頭上には「AAAA レベル1」と表示される。
(なんで!?いきなり戦闘モード!?)
女性は薄く笑みを浮かべながら挑発する。「どうした?ガチャでも引いてみたら?」
イフが静かに促す。「亜里沙、逃れるのは難しそうだから……やるしかないよ」
亜里沙は渋々ガチャを回すと、画面には「コモン:モンスターのフン」と表示された。
(これでどう戦えっていうの!?)と思いつつ、会話ボタンを押してルーレットを回す。「これでもくらいやがれ~!」と叫びながら発動するが、再びガチャを回し始め、「コモン:モンスターのフン」と表示される。
(え?またフン?どういうこと!?)
「どうしたの?それをぶつけるんでしょ?」女性はにやにやしながら言う。亜里沙は混乱しつつ、再びガチャを回す。しかし、今度は「スカ」と表示された。
(え……スカってなに?外れとかあるの!?)
焦った亜里沙が会話ボタンを押してルーレットを回そうとするが、女性はため息をつきながら刀を振るい、ルーレットを切り裂いた。
「えっ!?ルーレットが壊れたよ!」亜里沙は驚きながらも何かを察して笑顔を見せた。「あ、普通に喋れる!これ、ありがとう。不便だったんだよね~」
女性は薄笑いを浮かべながら返す。「嫌がらせみたいなシステムだし、壊しておいた方が楽でしょ」
そのやり取りを聞いていたイフも軽く頷く。
「これで普通に喋れる。良かった、今からが本番ね!」
そう言って亜里沙は10連ガチャを回す。しかし、結果はコモンモンスターのフン×10と表示されるだけだった。
「なんでずっとフンばっかりなの?イフ、おかしくない?」
亜里沙は不満そうにイフに意見を求める。
イフは冷静に答えた。「ルーレットを壊せる存在だし、ガチャにも干渉してるのかもね。」
すると女性が軽く笑いながら口を開いた。「まあ、捕食者の言う通りよ。ガチャを操作しているというより、あなたが出した物をただ繰り返しているだけだけど……。」
その言葉にイフが何かを察したように目を見開いた。「亜里沙!ガチャだけじゃない!時間にも干渉してる!」
そう言った瞬間、亜里沙のログイン時間が突然「0」に切り替わる。
「アディント強制ログアウト。」
機械的な音声が響き渡り、亜里沙のフィールドは消滅した。
「えっ!?まだ時間あったよね?」
亜里沙が混乱する間もなく、再び音声が響く。
「アディントログイン。」
フィールドが再び展開される。
「訳わかんないよ、どうなってるの?」
戸惑う亜里沙に、イフは女性を鋭く睨みつけて言った。
「どうしてそんなふざけたことをするの?目的は私でしょ?亜里沙は関係ないでしょ!」
女性は肩をすくめて軽く笑うと、冷たい声で答えた。「確かにね。揶揄ってごめんなさい。でも、ほら、私はクロノス。ウラヌスのトップであり、時や様々な事象に干渉できる者。」
その言葉に亜里沙は驚きと恐怖で息を呑む。「クロノス……?」
クロノスは続けて言う。「なんなら、本気で戦ってみる?それとも少し話でもする?」
その挑発に、亜里沙とイフはただ立ち尽くし、彼女が何者なのかを図りかねていた。