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本当にゲームの世界?

「亜里沙、もうすぐ街に着くよ」

「ちょっと待って、イフ。あんたさ、休憩もなしでひたすら歩いたね? 普通『少し休む?』とか聞くでしょ!」

イフは振り返りながら少しムッとした表情で答える。

「早く街に行きたいのかと思って案内したのに…ひどい言い草だね」


その言葉に亜里沙も負けじとムッとして言い返す。

「私だって、何もなければ歩くの嫌いじゃないけどさ! でもあのガーディアンを倒した後に、食事も水分補給もなしで、何もない草原をひたすら歩いたら少しは休ませてよ!」


イフは溜息をつきながら淡々と言った。

「ガーディアンが強い? もちろんそれなりには強いけど、相当手加減した状態で召喚したから倒せただけだよ。もし本気のガーディアンと戦ったら、レベル50は必要だね…もちろん運全振りなんて論外」


その呆れた口調に、亜里沙は思わずぷっと頬を膨らませた。

「もういいよ、その話は! 惨めになるし。それよりさ、もうすぐ街って言うけど、モンスターとか一切出てこないね。うさぎとか鳥くらいいてもよくない?」


イフは少し下を向きながら答えた。

「私がいるから、誰も襲ってこないんだよ。怖くてね…」


「えー? イフが怖い? そんな感じしないけどな~」

亜里沙の無邪気な言葉に、イフは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。

「亜里沙には、そう思っていてほしいな」


そう言うと、イフはまた早歩きを始めた。

「あー! また早歩き! 待ってってば~!」


少し走って追いついたところで、遠くに街並みが見えてきた。

「やっと街だー!」


亜里沙の目の前に広がるのは、洋風の建物が立ち並ぶ賑やかな街。木の看板が軒先にぶら下がり、広場の中央には煌びやかな噴水がある。石畳の道を行き交う人々は、忙しそうに何かを運んだり、楽しそうに談笑している。


「わー、やっぱりゲームの街ってこういう感じだよね~!」

目を輝かせながら街を見渡す亜里沙。しかし、ふとした違和感に気づいた。


「文字が…全然読めない…?」


亜里沙は木の看板をじっと見つめるが、どれも不思議な文字で書かれている。何とかなるだろうと軽い気持ちで近くの商店らしき店主に声をかけた。

「こんにちは~! ここはどういうお店ですか? この街の名前は?」


しかし、店主は無反応。振り向きもせずに作業を続けている。


「えっ、無視?」

亜里沙は少し不安になりながらも、街を歩き回り、イフを探した。しかし、どこにも見当たらない。


「もう、知らない街に着いた途端スタスタ行っちゃって…声掛けても無視されるし…」


ようやく広場の端でイフを見つけた亜里沙は、駆け寄ってその肩を叩いた。

「イフ! やっと見つけた…!」


しかしその瞬間、イフが反射的に振り返りざまに亜里沙をビンタ。亜里沙はその勢いで軽々と吹き飛ばされた。


「えっ!? なんで!? イフって…強くない?」

倒れたままの亜里沙に、イフは申し訳なさそうに近づいた。


「ごめん、亜里沙。攻撃されると無意識に反撃しちゃうんだ」

「いやいや…強いね、イフ…。私の代わりに戦ってくれない?」


その言葉にイフは即答した。

「無理」


「断るの早っ!」

「戦うのは疲れるし、お腹が空くから嫌だよ」


呆れつつも痛みが引いてきた亜里沙は起き上がりながら尋ねた。

「街の人たちに無視されるし、文字も読めないんだけど…」


イフは首を傾げ、不思議そうに言った。

「文字が読めないって? 初歩的な文字だよ。ちゃんと学校に行った?」


「いや~、ゲームだから翻訳されてるかと思ったけど…このゲームは違うんだね。誰かアプデしてくれないかな~?」

亜里沙の言葉に、イフは真剣な顔で問いかけた。


「さっきからゲーム、ゲームって…どうも本気で言ってるみたいだけど、ここをゲームの中の世界だと思ってるの?」


「えっ、そうだけど…違うの?」

「残念だけど、これはゲームじゃないよ。分かりやすく言うと、異世界に来たってことね。現実だよ」


そう言われても、亜里沙はどこか信じられずに笑った。

「へぇ~、そんな設定なの? でも私、死んだらチェックポイントで生き返るんだよね?」


イフは呆れ顔で答えた。

「いや、死んだらそれで終わり。生き返らないよ」


その言葉にようやく少しずつ事態を飲み込み始めた亜里沙を見て、イフは言った。

「とりあえず、冒険者ギルドに行こうか。転移してきた人はまずそこに行くんだよ」


「はいはい、イベントね! 案内よろしく!」 

亜里沙はイフにしつこく質問を投げかけながら歩いていた。

「イベントはどこで始まるの?受付に行けばいいの?」


返事がないまま黙って歩き続けるイフに、不安を覚えた亜里沙は少し涙を浮かべて声を大きくする。

「ついにイフまで私の言葉が理解できなくなったの〜?」


その言葉に、イフは足を止めずに軽くため息をつきながら振り返る。

「そんなわけないでしょ?聞こえてて無視してるだけ。なんかイベント、イベントってうるさいから。」


イフの言葉に亜里沙は頭を抱えるような仕草をしながら、少し考え込む。

「そんなにイベントって言ったらダメかな〜?何か起きたほうが面白いと思うけど。」


イフは振り返らず、淡々と歩きながら返す。

「あなたはそう思うかもしれないけど、みんなただ普通に生きてるだけ。それがゲームの住民とは違うって、そろそろわかるよね?」


その返答に、亜里沙は首をかしげる。

「それはわかるけど、イマイチピンとこないんだよな〜。イフの言い方だと、下手したら住民も死ぬみたいなニュアンスに聞こえるし?」


周囲の住民たちを見回しながらそう言う亜里沙に、イフは少しムッとした表情で振り向く。

「なんなら武器を買ってきて斬りつけてみたら?それで納得するならすればいいよ。」


その一言に亜里沙は思わず目を見開くが、すぐに困ったような笑顔を浮かべる。

「そう言われても、私って敵対しない限り住民には手を出さない路線でいってるし。」


イフは呆れたように眉をひそめる。

「それって普通なんじゃないの?」


亜里沙は手を振りながら話を続けた。

「いやいや、自由に何でもできるっていうのが売りのオープンワールド系のゲームってさ、だいたいの人が一般人に攻撃するか、盗みをするか、不法侵入するかなんだよね〜。あとは可愛い子のストーキングとか。」


「……そうなんだ。自由って、結局そういうことなの?」


イフのその言葉に、亜里沙は何かに気づいたように手を打った。

「そうなんだよ、本当に自由って何なんだろうね?」


そんな話をしているうちに、イフが足を止める。目の前には大きな木造の建物があり、入り口に「冒険者ギルド」と書かれた看板が掲げられている。


「亜里沙、着いたよ。冒険者ギルド。ここで会員になれば共通通貨と言語補助の機能が使えるようになるから、誰とでも話せるようになるよ。」


その説明に、亜里沙の顔がパッと明るくなる。

「本当に?これでようやくイフと喋れる!」


イフはすぐに返す。

「いや、ずっと喋ってたじゃない?」


その早い返しに亜里沙は少しむくれたような顔をするが、すぐに微笑む。

「流石に返しが早いね。まあいいや。イフも一緒に来てくれる?初めてだしさ。」


イフは一瞬考えるように視線をそらすが、すぐに頷いた。

「わかった。一緒に行こう。」と快諾した。

ギルド内に足を踏み入れると、そこには色とりどりの装備を身にまとった冒険者たちが集まり、活気にあふれていた。外からは想像できないほど広く、食堂らしきスペースも見える。

「へぇ〜、思ったより凝ってるな〜」亜里沙が感心した様子でつぶやくと、イフは不思議そうに首を傾げた。

「凝ってるって何の話?」

「内装だよ。シンプルでいいのに、ちゃんと作り込んでるなって思ってさ。ゲームなら、クエストボードか受付、食堂ぐらいしか利用しないじゃん?別にこんな細かく作り込まなくてもいいのにね」

そう語る亜里沙に、イフは呆れ顔でため息をついた。

「またゲームの話か……ここはゲームじゃないし、内装に凝るかどうかなんて建てた人の自由でしょ」

そう言うとイフはさっさと受付に向かい、カウンターの女性に声をかけた。

「私たち、新規で会員登録したいんだけど」

受付嬢はにこやかに応じる。

「あっ、新規の方ですね!ありがとうございます。ここまで不便だったでしょう?もう大丈夫ですよ。会員になれば全面サポートいたしますので!」

その満面の笑顔にイフは少し引き気味だ。すると後方から亜里沙が慌てて声を上げる。

「ちょっと!勝手に受付に行かないでよ~!それ、私の役目なんだけど!」

「ウロウロして全然来ないから、先に登録しといてあげようと思っただけでしょ?」イフが冷静に返すと、亜里沙は悔しそうに口を閉じた。


「では、どちらから来られましたか?お名前もお願いしますね」

受付嬢に促され、亜里沙は元気よく答えた。

「私は高村亜里沙!星運町から来ました!」

その後、受付嬢がイフにも視線を向けた。

「私はイフ……どこからかは分からないけど、とりあえずこの世界にはいたよ」

「そうですか。では、少しお調べしますのでお待ちくださいね」

受付嬢がリストを確認し始めたが、すぐに首を横に振る。

「転移の記録がありませんね。どなたかの紹介とかは?」

亜里沙は正直に、ガチャを100連引いたらここに来たと答えた。すると受付嬢は申し訳なさそうに頭を下げた。

「おそらく正規の手続きを踏まずに転移されているようですね。申し訳ありませんが、会員登録はできません」

その言葉に、亜里沙はガックリと肩を落とす。そしてイフを見つめた。

「会員になれないゲームってある?」

「いや、ゲームじゃないし……登録できない理由も分かったけど、これからどうするの?」

イフが尋ねると、亜里沙は真剣に考え込んだ。

「とりあえず一回落ちるかな?長くなりそうだし」

「落ちる?どこかの穴にでも入るの?」

「違うよ!ネットゲームを一旦やめるってことだってば」

「いや、それは分かったけど……どうやってやめるの?」

「え、普通は『ゲーム終了』とかで……ないな。なんでだろ?」

困惑する亜里沙に、イフは小声で「いい加減に気付け」と呟いた。


そんなやり取りをしていると、受付嬢が話しかけてきた。

「お取り込み中すみません。会員の仮登録をしていただいて、特別なクエストをクリアすれば正式な会員になれますよ」

その言葉に亜里沙は喜び、思わずガッツポーズを取った。

「良かった~!会員になれるって!」

しかしその間に、イフはクエストの説明を聞き逃してしまい、イラついた表情で亜里沙を睨む。

「肝心なところ聞き流したじゃん!」

「大丈夫だって。ログ見れば分かるから」

亜里沙がデバイスを操作するが、ログはどこにも表示されない。

「あれ?このゲーム、ログもないの?アーリーアクセス版かな……」

「うるさいな!もう一回聞けばいいだけでしょ!」とイフが怒る。


改めて話を聞くと、クエストの内容は、森を抜けて最深部にいるボスを倒し、その証を持ち帰るというものだった。

「安心してください。ボスはこちらが用意した者なので、死ぬようなことはありません。ただ、森のモンスターには気を付けてくださいね」

「分かりました」

二人は書類に記入を始めた。

「ねぇ、旅の目的って何にする?趣味はゲームでいいのかな?」

亜里沙が尋ねると、イフは適当に返す。

「そこは思った通りに書いたら?」

イフの書類を覗き込むと、すべて「特になし」と書かれていた。

「いや、それはダメだろ!」と思わず突っ込む亜里沙。


最後に戦闘スタイルを記入する段階で、亜里沙は悩み始めた。

「ねぇイフ、私の戦闘スタイルって何?」

「ガチャ」

「いや、それは恥ずかしいよ。他に言い方ないの?」

「ガチャマスター」

「そんなスタイルないし……召喚士でいいや」

そう記入すると、イフは意外にも納得した様子だった。

「嘘は良くないけど、まあ人が見たらそう見えるか……」


そして最後にチーム名を尋ねられ、二人は少し悩む。

「ゲームマスターとかどう?」

「私はゲームマスターじゃないし……亜里沙っぽさで『ラックスプランク』ってどう?」

「意味は分からないけど、響きはいいね。それにしよう!」

(意味は幸運の悪戯だよ…多分亜里沙にピッタリだよ)とイフは思った。「じゃあ、森に行ってクエスト達成してこよう!」と亜里沙が元気よく言い、早速外に出ようとする。しかし、イフと受付嬢が同時に「ちょっと待って!」と声を上げ、彼女を止めた。

受付嬢は少し微笑みながら「仮登録は完了しましたので」と言うと、亜里沙とイフは突然光に包まれた。


「な、何これ?」と亜里沙が驚きの声を上げると、受付嬢が説明を始めた。

「今ので言葉と文字が共通のものになっています。これでこの世界のどこでも問題なく会話や読み書きができるようになりますよ。そして、このカードをデバイスに登録し、装置でお持ちのお金を共通通貨に交換してくださいね。装置はこちらの横にございます」


亜里沙は言われるまま装置にカードを登録し、デバイスとリンクさせた。そして、大切に持っていた1000万円を共通通貨に交換すると、思わず声を上げた。

「これで貧乏旅行しなくて済むよ!」


彼女が笑顔で外に出ようとすると、再びイフが呼び止めた。

「お腹が空いたから、まずは食事をしたい」

「私もお腹空いたし、一緒に食べよう」と亜里沙も同意し、二人はギルドの食堂へ向かった。


食堂に入ると、亜里沙はテーブルに座りながら言った。

「お金あるし、好きなもの頼んでいいよ」

その言葉を聞いたイフは、待ってましたと言わんばかりに目を輝かせ、「端から端まで、全部の料理をください!」と堂々と注文した。そして「亜里沙は何を頼むの?」と聞いてきた。

「え?さっきの注文に私の分は入ってないの?」と亜里沙が驚きつつ、さすが捕食者だなと呆れながら席に着く。間もなく、イフが頼んだ料理が次々とテーブルに運ばれてくる。料理が並べられるたびにテーブルは食べ物で溢れていき、食堂の冒険者たちも興味津々で集まってきた。


「うわぁ、すごい量だな」「誰が食べるんだ?」などと囁き合う冒険者たち。その中にいる亜里沙は恥ずかしくなり、そっと顔を伏せた。

そこへ「はーい、バーガーセットお待たせしました~!」と、彼女の前にも食事が運ばれる。すると周りの冒険者たちはまた囁き始めた。

「あの子、それだけなの?」「分けてもらえないのか…」「なんか逆に可哀想だな」


周りの反応に耐えきれず、亜里沙はもう味もわからないほど急いで食べ始める。一方、イフは一礼をすると、凄まじい速さで料理を次から次へと口に運んでいった。その光景を目の当たりにした亜里沙と周囲の冒険者たちは、ただただ見入るしかなかった。


亜里沙は内心で(こんなペースで食べられたら、いくらお金があっても足りない…)と冷や汗を流しつつ、別の意味での不安を抱えていた。

そして、イフは大満足した様子で「ごちそうさま~!でも、まだ足りないな。もう一回端から頼んでもいい?」と無邪気に聞いてきた。


「もういいでしょ!正式な会員になったらまた食べさせてあげるから、それまで我慢して!」と亜里沙が呆れながら言うと、イフは仕方なさそうに立ち上がり、「わかったよ」と言いつつ、亜里沙の後について食堂を出ていった。

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