新たな旅立ち
この世界に光を取り戻してから、一日が経過していた。
闇の侵食が消え去り、世界はまばゆい光に包まれていた。
灰色に沈んでいた大地には緑が戻り、空を覆っていた黒雲はどこかへと消えていた。建物の影には暖かな陽射しが差し込み、石畳は金色の光を反射している。
静寂の中で、小鳥のさえずりが戻ってきた。木々がそよ風に揺れ、人々のざわめきがどこからか聞こえてくる。
まるで世界が、ようやく本来の姿を取り戻したかのように―
「…ふふっ、明るいねぇ。」
イフが柔らかく微笑みながら、空を見上げる。
「うん。これが、この世界の本当の姿なんだね。」
亜里沙は光に包まれた町を眺めながら、深く息を吐いた。
「ふーん……意外と、悪くないじゃない。」
「何が?」
「この景色よ。まあ、私には関係ないけどね。」
イフは肩をすくめながら言うが、その声はどこか穏やかだった。
「ふふ、意外と気に入ってるんでしょ?」
「さあ、どうかしら?」
光を浴びた町の広場では、人々がようやく自由を取り戻し、互いに笑顔を交わしていた。闇に閉ざされていた時間を埋めるように、子どもたちは駆け回り、店主たちは屋台を開き始めていた。
「…ここに住んでた人たち、すごく嬉しそう。」
亜里沙の言葉に、イフはふっと笑う。
「そりゃあ、そうでしょうね。長いこと閉じ込められてたんだから。」
「うん。でも、これでやっと…」
ふと、亜里沙は言葉を止めた。
(私、今”やっと平和になった”って言おうとしたけど…本当にそうなのかな?)
「ねえ、亜里沙。」
イフがふいに真面目な声で言う。
「ん?」
「この世界、どれくらい持つと思う?」
「え…?」
「闇がなくなった世界ってね、案外脆いのよ。ほら、光って、闇があるからこそ輝くものでしょう?」
「それって…また誰かがこの世界を狙うってこと?」
イフは、どこか含みのある笑みを浮かべる。
「かもね。でも、そんなこと知ったこっちゃないわ。私はただ、今を楽しめればそれでいいもの。」
「……」
亜里沙は空を見上げた。
さっきまで見えなかった太陽が、今は雲一つない空の中心で堂々と輝いている。
(この光が、どれくらい続くのか…私はまだ、知らない。)
だけど――
「…今は、これでいいよね。」
「そうね。今はね。」
町は活気を取り戻し、人々は笑顔を交わし合っている。
この瞬間だけは、確かに平和だった。
ギルドに入り亜里沙とイフは、すっかり静かになったギルドの食堂に向かった。今まであんなに人で賑わっていたのに、今はまるで嘘のように閑散としている。
「今まであんなに人がいたのに、嘘みたいに少なくなっちゃったね。」
亜里沙がつぶやくと、イフはこくりと頷く。
「そうだね。ここだともうやることもないから、さっさと次の世界に行ったんだよ。あとは、観光なのか分からないけど、外に出て行った人もいるし。」
「私たちはどうする?」とイフが問いかける。
「うーん……とりあえずセレナに会って、お別れしてこようかな。ほら、私ってクエストとかこなしても全然レベル上がらないし、メインが終わったら次かなって思って。」
亜里沙が笑いながら答えた、そのとき。
ギルドの扉が開き、アルティアが入ってきた。まっすぐ食堂の方へ向かうと、樽酒を注文し、豪快に席へ座る。素手で蓋を叩き割ると、一気に飲み干し、満足げに息をついた。
それから、亜里沙たちの方へ歩いてくる。
「よう、お二人さん。まだいたんだね。」
ご機嫌な様子で言いながら、椅子を引いて座る。
「もうこの世界も堪能したし、そろそろ別の世界に行こうと思ってるんだけど、二人はどうするんだ?」
「もう飽きたの? それって、世界をひと通り見てきたってこと?」
亜里沙が尋ねると、アルティアは「うーん」と考える素振りを見せてから、にやりと笑った。
「実質、この世界のトップを倒した時点で満足したからね~。あと、回復した住民たちから話を聞いたんだけど、吸血鬼が来る前の侵略者はめちゃくちゃだったらしいよ。」
「へぇ~、興味ないって言ってたのに、そういう話はしっかり聞くんだ?」
亜里沙がからかうように言うと、アルティアは笑いながら肩をすくめた。
「まあ、あの吸血鬼がどうやってボスになったのか気になったしな。」
そう言うと、住民から聞いた話を語り始めた。
「侵略者は4人で行動してたらしい。家には勝手に上がり込んで、物を奪ったり、金を巻き上げたりしてたみたいだね。強力な力で街や村を制圧し、逆らう者は容赦なく消していったらしいよ。強力な魔法で吹き飛ばすか、モンスターを召喚して見せしめに殺させたりしてね。恐怖で支配していったってわけ。」
「……それで?」
「そして、いよいよ城に辿り着いて、王を手にかけた時に――あの吸血鬼がやって来て、侵略者を倒したらしい。でも、その後に闇の世界が広がって、瘴気に包まれたんだってさ。」
「なるほどね。住民からしたら、セレナの支配が始まったように見えるわけだ……。本当は違っても、誤解を解くのは難しいよね。」
「まあ、あたしには関係ないことだけどね。もう別の世界に行くつもりだし。もしまた会いたかったら、ギルドのガイドにでも聞いてみな!」
そう言って、アルティアは満面の笑みで手を振ると、そのままギルドのガイドの元へ向かっていった。
「さて……イフ、私たちはセレナのところに行こうか?」
「うん、まだ用事があるんだね。……私はちょっと歩いてきてもいい?」
「別行動しても大丈夫?」
「うん、出発の時には戻るから。」
「わかった。じゃあまた後でね。」
そうして、亜里沙とイフは別行動を取ることになり、亜里沙はセレナのもとへ向かった。
亜里沙達は光の世界を眺めながら城に近づくと、城の前にデカいサングラスを掛けた女が立っていた。
(うわ、デカいサングラス〜)
見た瞬間、そう思ったが、その人物がセレナだと気づいた瞬間——
「うわセレナじゃん、デカいサングラス〜」
思わず、思ったことをそのまま口にしてしまった。
その声を聞いたセレナはゆっくり振り向き、「あー、亜里沙じゃん」と軽く片手を上げて近づいてくる。
近くで見ると、普段の雰囲気と違ってちょっとした”変装”みたいに見えた。
亜里沙は思わず、「外に出て大丈夫なの? どうしてサングラスなんか付けてるの?」と聞いた。
セレナは少し笑いながら、サングラスをずらして赤い瞳をチラッと見せる。
以前よりも少し柔らかい光を帯びている気がした。
「あーこれ? 別に光には耐性あるけど、直接浴びると目眩とか起こしそうだから予防でね」
そう言うと、セレナは肩をすくめながら、サングラスを軽く押し上げる。
まるで「ちょっとおしゃれしてみた」くらいの軽いノリだった。
「それにしても大きいね。よく見たらコウモリの形になってるし……よっぽどコウモリが好きなんだね〜」
そう言いながら、亜里沙はセレナのサングラスを軽く触った。すると、ほんの少し動いた気がした。
「えっ? サングラスが動いた!」
驚く亜里沙に、セレナはキョトンとした顔で返す。
「ん? そりゃ動くよ、コウモリだし。何言ってるの?」
「いやいや、なんか私がおかしいみたいな空気出してるけど、普通はコウモリをサングラスにしないからね?」
思わずツッコむと、セレナはクスクスと笑った。
「まあ、普通はコウモリと一緒に暮らさないしね〜。人にはそれぞれのスタイルがあるからさ」
そう言って肩をすくめた後、真剣な表情になり、本題に入った。
「それで……私も亜里沙と一緒に旅するからね。王子も光が戻った時に見つかったみたいだし、私も侵略者を倒したとはいえ、その後の闇については恨まれてもおかしくないしさ。素直に王子に返した方が、きっと上手くいくと思うんだ。だから、亜里沙の旅に同行させてほしい。よろしく……」
「もちろんだよ! こちらこそよろしくお願いします!」
亜里沙は嬉しそうに言った。正直なところ、心細かったのだ。イフは戦いに参加しないし、自分ひとりでどうすればいいか不安だった。
「そっか、良かった〜。それと、仲間になったついでにお願いがあるんだけど……次の世界は、アルティアが行った所に行ってくれない? 正直、負けたまま引き下がれないんだよね……。それに、一度距離が開くと、もう会えなくなるかもしれないし。その代わり、もうワガママ言わないから、お願い!」
「大丈夫だよ! 私もそのつもりだったし、目的地は一緒だね」
「おぉ、話が早い! 物分かりのいい子で助かるよ〜」
セレナは満足そうに笑いながら、亜里沙の後についてギルドへと向かった。
ギルドに入ると、中は閑散としていた。さっきまでいたアルティアの姿も、すでになかった。
受付の横にあるガイドのカウンターに向かい、亜里沙は尋ねる。
「すみません、アルティアさんはもう次の世界に行きましたか?」
「ええ、ついさっき出発しましたよ。亜里沙さんたちも行きますか?」
「はい、できればアルティアさんと同じ世界をお願いします」
「なるほど。まぁ、中級者向けの世界ですし、問題ないですね。それで、そちらの方もご一緒ですか?」
「はい! チームメンバーです」
「了解しました。では、手続きを進めますね。ゲートを開くので、入ってください。では、エンジョイ♪」
ガイドが軽い調子でそう言うと、目の前に転送ゲートが開かれた。
「よし、行こう!」
亜里沙はゲートへ向かうが、ふと何かを思い出し、入り口の方を振り返った。
「あ、イフを忘れるところだった……」
視線の先には、イフの姿があった。しかし、どこか不機嫌そうに見える。
「お腹空いてるから、食べたら合流するね」
「……またか」
呆れつつも、亜里沙は笑いながら手を振った。
「わかった! またあとでね〜!」
セレナも軽く手を振り、2人はゲートの中へと入っていく。
その頃、ギルドの片隅でイフは1人、静かに呟いた。
「……もう見るところ見たし、亜里沙たちも行ったし、問題ないね」
そう言うと、目の前の食事を見つめ、にやりと笑う。
「いただきます」
一方その頃——
亜里沙とセレナは、次の世界へと降り立っていた。




