呪いの刻印
セレナと男の周りに漂う空気は、まるで重い霧のように張り詰め、呼吸をするのも苦しく感じる。冷たい殺気がゆっくりと膨れ上がり、その場にいる誰もがそれを感じ取っていた。亜里沙はこの空気を断ち切るように、邪魔にならないようにとイフがいる城のテラスを目指して動き出す。
男はその静けさを破ろうと、鋭く、そして素早く斬撃を飛ばした。だが、セレナはそれを爪で弾き返し、すぐに動かずに睨み合いが続いた。男の思考がすばやく駆け巡る。
「思ったより強いな…居合の構えになれば有利になる予定だったのに…まるで攻撃が通らない。少し様子を見るしかないか。」
セレナはその静けさに飽き飽きしてきた。ゆっくりとした口調で、「そっちが動かないなら私から攻撃するけど、いい?」と笑みを浮かべる。冷気を纏った両手が動き、瞬く間に無数の冷気の球が男に向かって放たれた。男は冷徹な目を輝かせ、刀でそれを次々と弾き返す。しかし、地面に落ちた冷気の球が次々と氷柱へと変わり、男の足元から突き出すように這い寄っていく。
「くっ…!」男は飛び退き、斬撃で氷柱を砕きながら回避を試みる。その動きは素早く、まるで刀を引き裂くように空気を切り裂いていた。今までの静けさから一変し、激しい攻撃の応酬が繰り広げられる。
男が後ろに飛び退き、すぐさま自分を守るように斬撃を飛ばすが、それもまたセレナのコウモリたちによる攻撃が次々と追撃してきた。しかし、男はそれを予測したかのように、さらに鋭く斬撃を放ち、コウモリを次々と切り裂いていく。やがて安全圏に逃げ込んだ男は、鋭い笑みを浮かべながら言った。
「今ので勝ったと思ったか?」
セレナもまた笑みを浮かべる。「いや、軽く技を使ったら、お前、必死に切り落としていってたから、そんなに焦ってるのかと思ったよ。」
「そうかい?」男は少し苦笑しながら再び構え直す。「別にそこまで必死じゃなかったけどね。俺の剣術は素早さが命だから。」彼はその言葉に自信を見せるが、その心の中では焦りが募っていた。
(だが、どうする?速さで負けるとなると、もうそれ以上は…吸血鬼のコウモリ、氷の攻撃、血の爆発、これではどうしても不利になってしまう…)
男はその場で一度深く息を吸い込み、力を溜め始める。周囲の空気が一層重く感じられる中、彼の体が微かに震え始めた。力を蓄え、何かを放つ準備が整ってきている。セレナはその様子をじっと見つめて、あくまで冷静な様子で言った。
「さあ、どうする?」
男はしばらくの間、その力を溜め続けていたが、ついにその力を一気に放つと、低く轟くような音が響き渡った。彼の体から放たれるエネルギーは、まるで雷鳴のように空気を切り裂く。全身が振動するその瞬間、男は叫びながらその力を解き放った。
「はぁぁっ!!」
その力が一気に周囲に広がり、まるで大地を揺るがすような震動を引き起こす。セレナもその一撃に警戒し、じっと待ち構えていた。
力を解放した男が、圧倒的なスピードでセレナに向かって接近してきた。その途中、セレナが地面に血溜まりを設置しておいた。しかし、男はその上を踏んだ瞬間に爆発が次々と起こるが、それよりも早く彼はセレナに接近していた。
「やばい!」セレナは心の中で叫んだが、間に合わず男の斬撃が腹部に直撃。切り裂かれた場所から炎が発火し、セレナは炎に包まれる。
咄嗟に後ろに飛び退いたものの、炎の追加ダメージが重なり、男の追撃は止まらなかった。炎を纏った剣で次々とセレナの体を切り裂いていく。その痛みは斬撃によるものなのか、炎の熱さによるものなのか、セレナにはもはや分からなかった。それでも、必死に男に返り血を浴びせる。
やがて地面に倒れ込んだセレナに、止めを刺すかのように男は接近し、首筋を横斬りで狙った。しかし、その時、セレナの血を纏った短剣が男の膝あたりに突き刺さる。それがトリガーとなり、男に付着していた返り血が一気に爆発を引き起こした。
あたりは光に包まれ、黒い煙と炎が爆心地から広がっていく。セレナにも爆発と炎のダメージが襲い、瓦礫や砂埃、黒い煙が舞い散った。しかし、セレナはわずかにシールドを張っており、直接的なダメージを受けることはなかった。
その間、コウモリたちが集まってきて、血を分け与え、セレナの回復を手伝った。城にいた亜里沙とイフにも影響があったが、イフの力によって城が崩れることはなく、少しひびが入った程度で留まった。
「セレナ、大丈夫かな?」亜里沙は心配そうに言った。
「全然問題ないよ。シールドを張ってたから、爆発のダメージは直接受けてないし、私たちにも影響が出ないように配慮してくれてたみたい。」セレナは無傷で立ち上がり、呑気に笑った。「あ〜、だから崩れなかったんだ。結構近かったのにヒビだけで済んでラッキーって思ってた。」
「本当に呑気ね。ログインしてないから死ぬかもしれないのにさ、まあ亜里沙らしいけど。」セレナは苦笑いしながらも、男が吹き飛んだ方向を見つめ、男の行方を探していた。
(爆発で仕留めてたらいいけど、あの程度じゃ止めはさせてない気がする…どこにいる?)
予想通り、男は一命を取り留めていた。傷だらけの体で立ち上がると、「グファ…くそ、ここまで追い詰めたつもりだったが…」と吐血し、懐から仲間との記念写真が映された立体映像を見つめる。その剣を杖代わりにして立ち上がると、
斬艦刀を握りしめ、全身に力を集めていく。まるで風そのものを支配しているかのような感覚が手元に走り、気づけば斬艦刀が光り始める。その一閃は、ただの斬撃ではなかった。反動で風が渦巻き、魔法のように加速して、一気にセレナに接近し次の一撃を放つ勢いを生み出す。「死ね〜!!」男は一気に斬艦刀を振りかざすが、その斬撃はセレナではなく、イフに向かっていった。
「しまった!」セレナは自分に来ると思い、守りを固めていたため、すぐに動けなかった。
「せめて油断した捕食者さえ消せれば、あいつらもヴァルクアの仲間たちも喜んでくれる〜」男は涙を流しながら斬艦刀を振る。
そして、斬艦刀も持つ力を失ったのか、男は手から刀を落とし、体も崩れていった。
「イフ、危ない!」亜里沙が叫んだその瞬間、男の体が真っ二つに切り裂かれた。その瞬間、セレナは目を見開いて驚いた。
「えっ?どうして?」
イフの無意識の反射が、男の斬撃を反射していたのだった。イフはキョトンとした表情で「別に痛くなかったよ。亜里沙は大袈裟だね。」と笑った。
「そうなんだ。なら良かった…」亜里沙は心の中で安堵しつつ、イフの行動に驚きを隠せなかった。
その後、セレナはゆっくりと立ち上がり、男のかけらを見つめながら言った。「一人だとまずかったかも。結構な強さだったな。」
亜里沙とイフがテラスから降りてきて、セレナの方に向かってきた。
「結構強かったね、あの人。」亜里沙が言うと、セレナは「そうね、強いだけじゃなくて仲間思いだったみたいよ。」と言いながら、男の側にあった仲間と笑顔で写っている立体映像を見つめた。
そして、セレナはその端末を踏み潰し、冷笑した。「でも、私たちに挑まなければ、死ぬこともなかったんだし、自業自得よね。」
亜里沙はそのセレナの変わりように驚いたが、「そこまでしなくてもいいんじゃない?」と言うのが精一杯だった。しかし、セレナは気にすることなく、男の側に突き刺さっていた斬艦刀を手に取った。
「いい刀ね、私が大事に使ってあげる。」セレナは刀を持ったままイフたちの方に向かい、「あなたの能力って何?戦闘には参加しなかったけど、本当は私たちより強いんじゃないの?」とイフに聞いた。
イフはあっさりと答えた。「うん、私は誰よりも強いよ。」
それを聞いたセレナは斬艦刀をイフの首筋に突きつけて「そんなでかいこと、この状況でも言える?」と笑った。
「もうセレナ、イフと喧嘩しないでさっきの見たでしょ?セレナもやられるかもよ?」
セレナは冷静に、「この子が本気でやる気なら、こうなる前に私を倒してるでしょ?つまり敵対する気はないってことよね?それとも何かしらのダメージを与えないと反撃しないタイプ?どっちにしても、仲間として見てくれる?」
「それが剣を突きつけて言うセリフなの?面白いし、亜里沙が良いなら私も良いよ。私はイフよろしくね、セレナ。」
その後、セレナは冷静に刀を下ろし、「失礼な態度を取って悪かった、自分より強いかもと思うとつい好戦的な態度を取ってしまうんだ」と謝罪する。そしてイフの反応に感心し、「あの反撃は本当に見事だった。どうやってやったのか、私は全くわからなかったけど」と素直に認める。亜里沙は冷静に「クエストはまだ終わってないよ?ボスも倒してないし、光も取り戻してない」と言い、まだ先があることを告げる。
セレナは亜里沙の言葉を受け、「あら、亜里沙ちゃんは私を倒すつもりなの?今ならチャンスだけど…?」と小悪魔的な笑みを浮かべる。「いや、セレナを倒す気はないよ。光をどうすれば取り戻せるかを考えてただけだよ?」と答える亜里沙。しかし、その後、セレナが再び冗談を言いながら「今度戦ってもいいけど、まずはお腹が空いたし、食事を取りながら話そうよ」と提案する。
イフはすぐに「楽しみだな」と喜び、セレナも後に続く。「私が侵略者を倒して世界を征服した理由も話さないとね」と言いながら、斬艦刀を手に城の中へ向かう。城に入った3人は、広いホールを抜けて食堂にたどり着いた。亜里沙とイフは適当に椅子を引いて腰を下ろす。一方、セレナはキッチンの方に向かい、何やらガサゴソと物音を立てていた。
「お待たせ。こんなのしか見つからなかったけど、食べる?」
セレナが持ってきたのは、干し肉や瓶詰めの何か。テーブルに並べると、亜里沙とイフは顔を見合わせた。
「城なのにこんなのしかないの?」と亜里沙が問いかけると、セレナは肩をすくめた。
「正直、私も何がどこにあるかよくわかってなくてさ~。料理も苦手だし、これくらいしか手が出せない。飲み物も…変な匂いのするこれぐらい?」
そう言いながら、セレナは色のくすんだ瓶をテーブルに置いた。
「あー、これ見るからにゲームのお酒って感じだね!」
亜里沙がなぜか嬉しそうに言うと、セレナは興味津々の様子で聞き返した。
「え?亜里沙ってお酒好きなの?」
「いや、飲んだことないけど、ゲームに出てくるお酒に似てたからちょっと興奮しただけ! ほら、やっぱりこの世界ってゲームっぽい要素が多いんだなって思ってさ~!」
亜里沙が笑いながらそう言うと、セレナは冷静な表情で口を開いた。
「ゲーム…何のことかわからないけど、ちゃんと現実を見たほうがいいと思うよ。」
「私もそれ、前に言ったけど、まだ考え方変わってなかったのか。」
イフが呆れたように言ったが、亜里沙は気にせず手を叩いて強引に話を進めた。
「まあまあ、細かいことは置いといて、とりあえず乾杯しようよ!」
勢いに押され、3人は乾杯をすることに。亜里沙が恐る恐る瓶の中身を口に含むと、眉をひそめた。
「…うわ、変な味!これ、人が飲むもんじゃない!」
「自分の口に合わなかったからって、そこまで言う?私、美味しいと思って飲んでたし、人じゃないみたいじゃん!」と不満気にセレナが言うと、イフが冷静に突っ込んだ。
「君は人じゃない」
セレナは笑いながら言葉を続けた。
「でも、私は美味しいって思ったからな~。もしかして、本当に人外だからかな?」
「じゃあここって城なのに人外ばっか住んでたの?」
亜里沙がそう尋ねると、セレナは少し考えて首をかしげた。
「うーん…私が来たときは、ほとんど血まみれで倒れてたんだよね。人だったのかどうか、ちょっとわからない。」
亜里沙は興味を引かれたようで、前のめりに質問を重ねる。
「あのさ、セレナが倒したのってどんな奴だったの?怪物とか?」
「いや、見た目は亜里沙みたいな普通の人間だったよ。確か4人組で、いかにもなパーティって感じだった。」
セレナは少し懐かしむような表情を浮かべて続けた。
「『お前は隠しボスか!貴様を倒して奴隷にしてやる!』とか言ってきたから戦ったんだけど、力任せで無茶苦茶な戦い方だったよ。究極魔法だの会心の一撃だの叫びながら、属性攻撃ばっかりしてきてさ。光魔法も使ってたけど、なんか威力がいまいちだった。」
「なんだ、それ。結局、どうやって倒したの?」と亜里沙が身を乗り出すと、セレナは微笑んだ。
「闇の世界を作り出して一気に片付けた。だけど、最後にそいつが『貴様のような奴に負けるなんて主人公失格だ…!負けイベントなら次は必ず勝ってみせる!』とか言いながら死んで、呪いの刻印とかいう能力を発動したの。で、闇の世界を固定されたうえに瘴気まで発生させられたわけ。」
亜里沙は安心したように肩をすくめた。
「なんだ、セレナの能力じゃなかったんだね。ちょっと安心した。」
「いや、瘴気は違うけど、闇の世界を作ったのは私だよ。それは能力を強化するために発動させてるもの。別に誰かを死に追いやる技じゃないから。」
セレナは少し沈んだ表情を見せたが、すぐに頭を振って笑みを浮かべた。
「ま、何にせよ、これで今の状況が説明ついたでしょ?」
亜里沙は「今の状況はわかったけど、これからどうする?光を取り戻すには呪いの刻印を解除しないとダメだけど…」と口ごもった。
すると、イフが間髪入れずに言い放つ。「セレナを殺さないとダメだね。」
その言葉に亜里沙は慌てて「そんなはっきり言わなくても!そもそもその気はないし…」と返す。
セレナは軽く笑いながら「その気ならもうしてるでしょ?してないってことは、そういうことじゃないの?」とあっさり受け流した。
「もちろん全然そんな気ないよ!ね?イフ。」
「私はどっちでもいいよ。お腹が空いてるだけ…」
亜里沙は、イフの短い答えをいつもの空腹のせいだと思い込んで、「あーまた食べ足りなかったの?ちゃんとギルドで食べるから大丈夫だよ!」と軽く流した。
だが、イフはわずかに不機嫌そうな目をして黙ったままだった。
「それより、亜里沙の分の食事も全部食べたよ。」
「え!?私の分まで!?…まあ、ギルドで食べるからいいけど…」と亜里沙は少し残念そうな顔をするが、それ以上は気にしていない様子だった。
一方のイフは、視線をテーブルの隅に向けながら「全然足りない…」とぽつりと呟いた。
しばらく沈黙が続いた後、イフはやや苛立った様子で「もう亜里沙がガチャで光を取り戻せばいいじゃん」と提案した。
「…あ~それで取り戻せるならそうするけどさ。イフも手伝ってくれるの?」と尋ねると、「いいよ」と投げやりに答える。
「ってことだから、セレナは安心してていいよ!」と亜里沙は笑顔で言う。
セレナは少し不思議そうに首をかしげながら、「ガチャって何?さっき戦闘機みたいなの出してたけど、そんな感じのことができるってこと?」と聞いてきた。
「うん、そんな感じ!じゃあ、とりあえずギルドでイフにご飯食べさせてから挑戦するね。ほらイフ、ご飯食べに行くよ!」
亜里沙はイフの手を取って引っ張り、ギルドに向かって歩き出した。
「…行ってらっしゃい。私は寝とくわ。多分今は昼間だし、闇でよくわからないけどね。」
セレナはそう言うと、軽く手を振りながら寝室に向かっていった。




