20. おわり
オディールの腕に抱かれ眠る赤ちゃんを見つめ、シャルレーネは微笑んだ。
「…なんて可愛らしいの。オディール様にそっくり」
「ふふ、目を開けるとアルシオに似ているのよ」
一月前に出産を終えたオディールから会いたいと連絡が来たのは、一週間前のことだった。アルシオと共に、王都の別荘で過ごす一日にシャルレーネも招待してくれたのだ。
「お名前はなんておっしゃるのですか?」
シャルレーネの言葉に、オディールは少し目を伏せて言った。
「…エディーナよ」
「…まあ、可愛らしいお名前」
エデュラン王子の行方不明は、すでに国内外の新聞へと掲載され捜索隊が動いている。貴族至上主義者による暗殺未遂計画も明らかになり、首謀者として元ノスタクスク公爵家の人間が捕らえられ、ライオット・ドルガーが王子殺人未遂の罪で捕らえられた。しかし、精神の混乱状態がひどく、闇魔法でも記憶の解析が困難とされている。
ジュリエッタはエルダナ教会で今でも祈りを捧げ、夫の無事を待つ悲劇の元聖女と呼ばれている。
「わたくしもやっぱり女の子が欲しかったですわ。ねぇ、ロバート」
そう言ってリリシュは壁に控えたロバートに言った。
「は…なんで俺に言うの。母さん」
「期待してるのよ」
「は、相手もいないのに?」
オディールは、くすくすと笑って言った。
「面白い方ですね、リリシュさん」
「いやですわ、女王様。リリシュとお呼びください。きっとエディーナ様とお揃いの素敵なドレスを仕上げて見せますわ」
今回リリシュとロバートの同行が許可されたのは、赤ちゃんとお揃いのドレスを依頼したいという理由だった。
「マーサにも声を掛けたのだけれど、ショーナ様もご懐妊されたみたいで、まだルドラを離れられないと言われてしまったわ」
オディールはそう言って残念そうに微笑んだ。
紫陽花のドレスを完成させ、贈り届けたのはつい最近のことだ。もしかしたら、数回しか着られないかもしれないとショーナが残念そうに言っていたとマーサから聞いた。
「マーサは本当に人気のメイドだな」
そう言ってデュノアを肩車したアルシオが入って来た。
「久しぶりだ、シャルレーネ」
「はい。アルシオ様、デュノア様も…すっかり大きくなって」
シャルレーネはデュノアに微笑み掛けたが、デュノアはぷいっと顔を逸らしてしまった。
「あら…」
「こーら、デュノア。ご挨拶は」
「やっ」
アルシオがデュノアを肩から下ろすと、デュノアはさっとアルシオの後ろに隠れてしまった。
「最近人見知りが激しくてね。まあ、昔は私もそうだったからな」
「…人見知りのアルシオ様なんて想像できませんね」
そう言ってシャルレーネはアルシオと笑い合った。
「シャルレーネは…その…いい人はいないのかい?」
「え…あの…」
シャルレーネは思いがけず、顔が熱くなるような気がしながら言った。
「わたくし…結婚を…しまして…」
「えー!」
そう叫びながら駆け寄って来たのはオディールだった。
「なんで、どうしてわたくしに教えてくれなかったの?」
「あの…ご出産と騒動でお忙しい時期で伝えるタイミングを…」
「いくつなの?何をしている人なの?」
「えと…十八…で」
「じゅうはちぃ?そんな子どもと結婚だなんて!」
「オディール、落ち着け。十八歳なんてもう大人…」
「アルシオは黙っていて。で、仕事は?」
「魔法使い…です」
「魔法騎士ではないの?ちゃんとお給料貰っている子なの?」
「一応…」
「シャルレーネが選んだのだから大丈夫…と言いたいところだけど心配だわ。一度会わせてもらえない?」
「あの…今日お許しがあればご紹介しようかと連れて参りました」
「早く言ってちょうだい!…通して」
「は、はい」
オディールの反応に少したじろぎながら、シャルレーネは廊下に顔を出した。
「…ノエ。女王陛下様がお会いになるそうです」
オディールは目を吊り上げて待っていたが、入って来た金髪青い目姿の青年に目を見開いた。
「初めまして、女王陛下。アルシオ様」
エデュランは美しく跪いた。
「ノエ・バースと申します」
「…ノエ、顔を上げて構わないわ」
「はっ」
エデュランが立ち上がり微笑むと、アルシオが少し戸惑ったように言った。
「…なんだか、不思議だな。会ったことなどないはずなのに懐かしい様な…」
ふいにデュノアがとてとてとエデュランの足元へと向かった。
「あ、こら」
慌ててアルシオが追いかけたが、デュノアはエデュランのズボンをぎゅっと握ってつぶらな瞳でエデュランをじっと見つめた。
エデュランは微笑んで再び膝を折った。
「初めまして、デュノア王子。…お母様によく似ておいでですね」
「だっこ」
「え?私が?…いいのですか?」
エデュランはアルシオの方を向いた。
「あ、ああ。デュノアが泣かなければ…」
「では…失礼して」
エデュランは軽々とデュノアを抱き上げた。
「おお、軽い、軽い」
シャルレーネは思わず、じっと二人を見つめて呟いた。
「…いいな」
「…仕方ないな。君もあとでたくさん抱っこしてあげるから」
「そっちじゃないわ」
「へ?」
「デュノア様を抱っこしたいの」
「えー僕の抱っこで許してよ」
「いや」
「つめたっ…」
シャルレーネとエデュランのやり取りを見ながら、アルシオが微笑んだ。
「はは、すごく仲がいいんだな。まるでずっと昔からの知り合いのような…オディール?」
ふとオディールの方を向くと、オディールの潤んだ瞳でエデュランを見つめていた。
「オディール様?」
シャルレーネが駆け寄ると、オディールははっとした。
「まあ…どうしたのかしら。わたくし…なんだか胸が…いっぱいになってしまって」
オディールはそう言って微笑んだ。
「色々言ってごめんなさい、シャルレーネ。彼ならきっと大丈夫。…そんな気がするわ」
そう言ってオディールは、エデュランに向かって手を差し出した。
「シャルレーネをよろしく頼んだわ」
「もちろんです」
エデュランはオディールの手を握り返しながら微笑んだ。
月灯りのない暗闇のテラスで、姿を元に戻しエデュランは一息吐いた。
全身の細胞が闇の魔力を吸って活性化していく感覚が心地よく、思い切り身体を伸ばす。
オディールと晩餐を取り、この日は屋敷に泊まることになった。
シャルレーネは、別の部屋でリリシュとロバートと共にオディールとドレスの相談をしている。
ここで、ドラゴンとして目覚めセドリックと最期を過ごしたことを思い出す。
オディールを前にすると、泣きたくなるほどの思い出が心にあふれた。
抱き締め合い懐かしい記憶に溺れてしまえればどんなに幸せだっただろう。
もしも…もしも…人間のままで生きていられたなら。
もっと別の…闇のドラゴンとは違う何かになれたなら。
光の中に立つオディールとアルシオ、そしてその子ども達を見つめながらそんなことを考えていた。
その方がシャルレーネにとってもずっと…。
今の自分なら、もしかしたら時を巻き戻し、すべてをやり直すことができるかもしれない。
あの闇の世界で見た…みんなが幸せになる世界のように…。
でも…もしまたシャルレーネを見失ってしまったら…?
エデュランは寒気を覚えて首を振った。
「はあ、欲深い人間には困ったもんですな」
思わず他人事のように呟き、暗い夜の空を見つめた。
自分はこうしてここにいる。
それだけでいいとは思えないのが人間だ。
ドラゴンだけど。
ドラゴンになって、どれだけすごい力を持っても自分は何も変っていない。
こんな自分好きになんてなれない…陰気な奴だ。
でも、それはきっと何度やり直してもきっと変わらない。
こんな自分になったことを誰かのせいにしても。
「エデュラン」
名を呼ばれ振り向くと、シャルレーネが立っていた。
でも、彼女がいれば…彼女といるためなら僕は変われる。
きっとなんだって出来る。
自分の還る先があの暗闇だとしても…。
「おかえり、レーネ」
そう言ってエデュランは、微笑んだ。
オディール達とドレスの話合いを終え、シャルレーネは用意された部屋へと戻った。
部屋では、エデュランが灯りも点けずにテラスへ立っていた。
月のない夜空を吸い込むようなエデュランの黒髪が風に靡いている。
「エデュラン」
そう声を掛けるとエデュランがガーネットの瞳を赤く光らせ振り向く。
やっぱり…この瞳の方がとても綺麗で好き。
「おかえり、レーネ」
シャルレーネはエデュランの隣に立つと、エデュランを真似て柵に両腕を乗せた。
エデュランはただ暗い夜を見つめていた。
「…オディール様と会えてよかったわね」
「…うん。アルシオも…二人とも全然変わってなくて驚いた」
「セドリック様を思い出したっておしゃっていたわ」
「…最近それ嬉しくないんだよね。マーサのせいだ」
「そうなの?」
「いいの、こっちの話。でも、アルシオって…お父さんになってもすごいよね」
「ええ。デュノア様を追い掛けて大変そうだったわ」
「お世話係の人とあたふたしてたね。…でもすごく姉上を大事にしていて…やっぱり憧れるな」
「そうね…」
シャルレーネはエデュランの髪を結ぶ勿忘草のリボンを見つめた。
今日オディールがシャルレーネが昔贈ったハンカチをみせてくれた。
今でも大事に持っているのだと言われ嬉しく思った。
このハンカチが幸運をくれたのだと言われ、シャルレーネはどきりとした。
女王になり、アルシオと結婚し子どもが生まれ…。
そのすべてがエデュランがいなくなったことで成った。
もしかして、わたしのハンカチのせいで…?
エデュランはオディールの気持ちを知っているのだろうか。
だから、彼女に真実を話さないと決めたのだろうか。
そんなこと…きっと話してはくれないのだろうけど。
「僕がリボンを手放さなければ何かが変わったのかもしれない」
ふいにエデュランが言ったので、シャルレーネはぎょっとした。
「でも、すべてはもしもの話で…君のせいじゃない」
「…もしかして、心も読めるのかしら」
「読んでないよ。読めるけど。じっとリボンをみているからさ」
「見ていたけれど…」
「本当に何かを成すのはその人の在り方や努力だと僕は思うよ。幸運ってのは本当に曖昧な存在だけど、人々を勇気づける存在になる。…君の恋を叶えるハンカチのようにね」
「そう…なのね」
「それと…僕は姉上の本心は読んでないよ。彼女の記憶には触れてない」
「…やっぱりわたしの心を読んだでしょう」
「読んでないってば。君、僕を困らせないように質問するの我慢してるでしょう?それが分かっただけ」
「…どうしてわかるのよ?」
「夫婦だから」
エデュランの嬉しそうな笑顔を、シャルレーネはなんだか複雑な気持ちで見つめた。
「姉上の心は知りたいけど、知りたくない。だって、怖いじゃない。姉上は僕を愛してくれていた。そして、今幸せだ。僕はそれを壊したくない。それでいいんだ」
「…エデュラン」
「今の僕の存在はすべてにおいて異質だ。だから…ルーファスお父様の言う通り王国に関わるべきじゃないよ」
「…そう。あなたがそういうのなら…いいわ」
「お父様にも昨日絵を貰いに行って来たんだ」
「え…聞いてないのだけれど」
「君忙しそうだったから。でも、君がいなくてがっかりしてた」
「…わたしも行きたかったのに。また行くのなら誘ってよね。…まだ二人で会うのは緊張するから…」
「お父様も同じようなこと行ってたよ。二人で来なさいって」
「そう…ふふ。あなたと仲良くなったみたいで良かったわ」
「あー…それすごく嫌がられそう」
そう言いながらエデュランは笑って、再び夜の空を見つめた。
「…レーネのさ…初恋っていつ?」
唐突な質問に、シャルレーネは思わず目を見開いた。
「…なに、急に」
「僕はアルシオなのかなってずっと思っててさ」
「…はあ?」
「昔ふたりで楽しそうに話してたじゃない?だからそうなのかもってずっと思ってたんだ。でも違うみたいだから…」
「初恋だなんてそんなの…」
思い返してみても、そんな相手はひとりしか思い浮かばない。
「わ…忘れたわ」
「そ、そう?…僕はもちろん君だよ。初恋の相手とこうして番になれるなんて幸せー!」
そう言ってエデュランはシャルレーネの肩に持たれた。
「でも…終わりは君のためにも別がいいのかもしれない」
「…どういうこと?」
「僕はどうしようもない闇のドラゴンで…終わりはきっとあの深い闇だろうから」
シャルレーネは、エデュランを見つめた。
「…わたしの初恋の人はね」
エデュランはぴくりと身体を揺らしたが顔は上げなかった。
「な、なに急に」
「…あなたが聞いたのよ」
「聞いたけど…忘れたんじゃないの?」
「うそよ…よく覚えている」
「ふーん」
「…とても優しい子。優し過ぎてすぐ泣いちゃうし、人と自分を比べて落ち込むけど、諦めないで自分を変えたい、だから出来ることをやろうって努力する強い子。それはどれだけ最強と呼ばれるドラゴンになっても変わってないわ」
エデュランはゆっくりと顔を上げてシャルレーネを見つめた。
「あなたは…お母様を失って壊れそうだったわたしを救ってくれた。愛した分泣いてもいいと言って一緒に泣いてくれた。…その時からかしら、わたしはもうあなたを愛していたわ」
「レーネ…」
「あなたが暗闇に戻るのなら…わたしも一緒に行く」
「え…?」
シャルレーネは微笑んで、エデュランの手に指を絡めて握った。
二人の手首に金色の輪が浮かびあがり、暗闇を照らした。
「こうして手を握っていてくれたら…わたしは大丈夫だから。一緒に連れて行ってね」
「ぐぅっ」
エデュランは俯いて胸に手を当てた。
「え?どうしたの?」
「最大級のきゅんが来た。…心臓壊れそう」
シャルレーネが思わず呆れながらエデュランを見つめると、その瞳が潤んでいるのが分かった。
シャルレーネはエデュランの頬に手を伸ばし、こちらを向かせた。
エデュランは一度目を逸らしたが、潤んだ瞳でシャルレーネを見つめた。
しかし、その目をぎゅっと閉じてしまった。
「…ちょっと見ないで。泣いちゃう…」
「もう…大好きよ。エデュラン」
そう微笑むと、シャルレーネはエデュランの唇にキスをした。
長い物語にお付き合いいただきましてありがとうございます。この物語は、本当に自分が一番初めに考え始めた物語で、美女と野獣を意識して考えていたのですが何度も挫折し放置しておりました。しかし、ヒーローをドラゴンに変えたことで、なんとか物語がまとまりこうして形に出来たことを嬉しく思います。本当にゆっくりとしたペースでしか物語を作れないのですが、またお時間がある時にでも覗きにきてくださいね。感想をお待ちしております。




