3.赤い宝石
「あぁ、いつかの私、ありがとう!」
一人暮らしの人間は、独り言しか言わない。壁に話しかけるよりマシだろう。誰にも迷惑はかけていないのだから。
そして何に感謝したかというと、ストックをしておいた過去の自分にである。
「いただっきまーす」
本日の夕食は、特売で売られていた豚小間肉をまだ元気だった私が生姜焼きにして冷凍した品にサラダは千切りキャベツと日にちが経過し元気がなくなったプチトマト。
「味噌汁うまし」
そして昨日の残りの味噌汁の具はベランダほうれん草と既に切ってあり、冷凍してある油揚げである。
「いや、頑張ってる方よね」
休み明けの月曜日は、やる気しない。水曜日になると体は慣れてくるけど休みの土曜までまだあるなとテンション下がる。
「そして金曜日は体が疲れている。結局さ、最初は職場近くの駅にお洒落ショップがあって寄れるとか思っていたけど、疲れて無理なのよね」
理想と現実というやつだ。
「だいたいさ〜、デパ地下は高級すぎるからご褒美レベルだし、カフェもたまになら良いけどねぇ」
一人暮らしは非常にお金がかかる。ただでさえ家賃がツライのに夏場には電気代も恐ろしい。
「いくらあっても困らない物は、命とお金か?しかし、キャベツの千切りって細ければ細いほど美味しく感じるのが不思議」
そう思うのは私だけ?
「肉は濃い目にするとご飯に合うなぁ」
ご飯が足りないので冷凍ご飯を追加する。
「ご馳走様でした!はぁ、満腹」
空腹だった為、一気に食べてしまった。
「皿を洗いたくない〜。なんなら流しまで運ぶのすらめんどい」
座ると立てない。ご飯を食べてしまえば尚更体が重く感じて無理。
「あ、修がいる」
怠すぎて転がりながらスマホのゲームを開けば何人かで標的を倒すという場所に馴染みのある人を見つけた。
「というか招待されてる」
タイミングが合わないと戦いは終わってしまうので、今日はいける。
「指が地味に疲れる」
適当にやれば良いのに、なんかムキになって連打してしまう自分がちょっと恥ずかしい。
だって、どうせなら倒してお宝欲しいじゃない。
「うしっ、勝った!スッキリした〜」
制限時間ギリギリで勝利した。
「これ、会話出来ないのは安全なのは前提としてアッサリな付き合いで楽だわ」
考えた人は素晴らしい。
「あぁ、楽しみの為に片付けるか」
20分くらい経過したし、片付けてくれるロボットも家政婦さんもいない。
「よいしょ」
自分に活をいれなから、小さなシンクに向かった。
✻〜✻〜✻
「真っ赤で綺麗だなぁ」
洗い物ついでに用意したのは、ヘタをとり透明なガラスの器に無造作に積み上げた苺である。
「給料日だし奮発よ」
通りがかった八百屋さんで売られていたのを見つけたのだ。普段ならお高いので買わない。
「そもそも、そこまで好きでもないしな。嫌いでもないけど」
それなのに衝動買いをした自分にちょっと驚いた。
「飲み物がなぁ、珈琲ではないし。烏龍茶にするか」
たまに飲みたくなる為、水出しパックで作ってある烏龍茶をグラスに並々と注ぐ。
「さて、味見を」
真っ赤な赤い苺は、口に近づけただけで良い香りがする。たまに見た目を裏切られるほど非常に酸っぱいのもあるが、これはどうかな。
「美味しい」
甘い。でも、酸味もある。
「当たりじゃん〜」
ひとり暮らしをしてからは、果物を食べる機会が少ない。実家では、りんごから葡萄やら、旬な果物を出された記憶がある。
「果物って贅沢品だったのよね」
自分を自分で管理せねばならない。意識して野菜も買うようになったしなぁ。
「あっ、忘れてた」
使いもしないコンデンスミルクを買って冷蔵庫に放置していたのだ。
「そういえば、もんじゃ美味しかったなぁ。あのクレープなんて、また食べたい」
あれから修とは会っていない。不仲ではなく向こうが出張などでなかなかタイミングが合わないからだ。そこで何かが引っかかった。
あれ、誘われはするけど。
「……私から誘った事はないかも」
土曜日に出かけよっかなというタイミングで修から食事の誘いが来るから、全く気にしていなかった。
「今度、誘ってみるか」
それには、私が店を探しておかねばならない。
インドアの私が?
「とりあえず、今日の本を読もう。んー、コレ!」
積まれた本から選んだのは『赤い宝石の行方』どうやらアンティークショップでの出来事らしい。
「この艶々な宝石みたいな苺を食べなからぴったりじゃない。あ、コンデンスミルクをかけても美味しい〜!」
幸せだ。
「味わいながら、ゆっくり食べよう」
私は、苺を口に放り込みながら、本の世界に没頭し始めた。