SS/自動販売機についての小話
それは、自動販売機にまつわるお話。
一夏の一期一会。
/1
自動販売機。この単語を聞くと近代的なイメージを思い浮かべるだろうが、意外にも、そのルーツは古代のギリシャにまで遡るのだ。そう考えると、人間の文明力は本当に素晴らしいと言えるだろう。その過去があったからこそ、今があるのだと実感する。いつかの授業内容を反復しながら、僕は商店街を歩く。
大阪・梅田。関西有数の歓楽街。昼は社会人たちが忙しなく往来し、夜になると、各々の仕事を終えた者たちの喧騒に包まれる。遊ぶところには困らない。食うところにも困らない。
泊まるところは———いや、ネカフェとかだと困るかもだけど。まあ、ここは何をしたって便利・楽々な地域だ。
世間はお盆シーズン。帰省シーズンでもあるから、大阪はその混雑をさらに極めている。かくいう僕も、遥々東京から大阪まで来た人間だ。もちろん、こんな遠出をしたことにも理由はある。それは僕が高校で入っている部活がきっかけなんだけど……。
『……茂部くん。貴方には課題として自由研究を貸します。オカルティックなもの、なんでもいいから調べてきて』
なんて、無茶振りをかまされたからなのだけど。僕が所属しているのは、オカルト研究部だ。オカルト、というと非現実的な存在……いわゆるUFOとかビッグフットとか。都市伝説の類も、きっとオカルトに属する。オカルト研究部はそんな非現実的な存在を追い求め、日々探究する部活———!!
なのだが、あまり成果は芳しくない。非現実的なものはあくまでも『非現実』。目撃なんて、そう滅多にできるもんでもない。捏造は部の沽券に関わるため、断固として認めていない。故に、この現状が嘘偽りないオカルト研究部ということなる。
……とはいえ、僕はいる、と信じている側の人間だ。
いないと否定されないということは、同時に存在する証拠も上がっているからだ。
だから今回も、噂を信じて大阪にやってきた。
噂話。都市伝説。誰かが始めた、根拠のない作り話。
大阪の堂山にあるという、人喰い自動販売機。
———なんでも、その自動販売機でドリンクを買った人間は、自動販売機に食われるんだとか。
一般の人なら、なんだそれ、と馬鹿馬鹿しく思うだろう。
だが僕はオカルト研究部。こんな話を聞いて、身体を動かさないでいられるわけがない。
高鳴る鼓動を抑えながら、とうとう僕は堂山にたどり着いた。そして目的の自動販売機の場所へ。
「ここ……か」
スマホのナビアプリを閉じ、左手にあるはずの自動販売機に目を向けると、
「…………?????????」
自動販売機ではなく、僕と同じくらいの背の高さの、女の子が立っていた。困惑で辺りを見回す。そして、違和感に気づく。
「……みんな、止まってる?」
「ああ、神隠しってやつ。オカルト好きなら、聞き覚えくらいあるでしょう。貴方と私は現実と乖離した空間に存在しているので、こちらから現実の動きを観測することはできません。逆も然り、です」
「……」
突然の事件に、呆然としてしまう。
どうやら僕は、神隠しとやらに出遭ってしまったらしい。
/2
神隠し。古くは、子どもの行方不明をそう読んでいたんだとか。神の戯れ。妖怪の悪戯。ここでいう『神』というのは、みんなが想像するであろうとものではなく、妖怪や民間伝承なんてものも含まれている。
「……ちょっと、意味がわからないんですけど」
辛うじて出た声。困惑の意思表明をする。
『……ふん』と言いだけに困り顔をして、少女は呆れたかのように言葉を紡ぐ。
「……人間。少しは私は楽しませる反応をして。そう、ありきたりな反応されてはつまらない。暇つぶしにもならないじゃん」
こいつ今、『暇つぶし』って言ったか……?暇つぶしで僕を神隠しに遭わせたのか……?
「貴方、今『暇つぶし』って言いました? お友達感覚で僕を攫ったんですか?」
「状況判断能力は正確なようだね! 合格!」
よくわからない存在に合格判定を貰った……。嬉しくないわけではないけど、なんだろう……このモヤモヤは。目の前にいる少女は、はっきり言ってかわいい。子どもにしては犯罪的な、大人にしてはアンマッチな可憐さだ。白いワンピースにスカート……そして麦わら帽子。金髪の長い髪。比較的オーソドックスなファッションだろうが、彼女にあっては、その威力を存分に高めている。まるで、夏の森を走り回る女の子のよう。
……と、彼女の感想はいい。今はとにかく、事情を聞かないとだ。
「ありがとうございます。それより、なんで僕を?」
「貴方が会いたそうにしてたから。探してたんでしょ、私のこと」
「……は?」
いやいや、何を言っているんだ。僕が探しているのは自動販売機であって、決してこんな可愛い女の子ではない。
「察しが悪いなあ人間は。私がその、人喰い自動販売機だよ」
「……?????」
冗談も程々にしてほしい。自動販売機は無機物だ。意思を持たない機械なんだぞ。それが、こんな人間の女の子みたいな振る舞いをするわけないじゃないか……!
俺は眉を顰める。少女は僕の鈍感さが気に食わなかったのか、
「はあ、もういい。私が『自動販売機』であることの証明をしてあげる。手、出して」
苛立ちに顕にしてそう言い放って、『早く出せ』と言わんとばかりに腰に手を当てて、足音を鳴らす。……まあ、ここで『何もないところから“ジュース”を出せる人間』を見れるなら、それもそれでオカルト部の成果だ。
僕はそっと手を差し出す。
「何飲むの?」
「コーラ」
「即答。人間らしい、バランスの崩れた摂生だね」
……一言余計だ。僕はちょっと強く少女を睨んで———すぐに差し出した手の違和感に気づく。
「……マジか」
右手がコーラを握っている。本当にこの女の子がやったのか……?
「どう? これで信じる気になった? 私は自動販売機についた付喪神なの」
「———はあ」
どうやら、信じるしかないようだ。普通の人間に無からコーラを生み出せる人間なんていない。それこそ、神さま、なんてものじゃなければできない芸当だ。
「おい、お前いま神さまって———」
「そう、神さま。この自販機の付喪神だよ」
/3
付喪神。精霊が憑いた年代物。かつては人間に悪さをするものだと考えれていて———100年生きた狐すらも、妖狐に変えてしまったという。そんな恐ろしい存在が、この女の子? ……人喰い自動販売機。尾鰭のついた噂だろうが、あながち的を得ているかもしれない。
「私、本当は崇めるべき存在なんだよ、少年」
「……人喰いでは、ないのか?」
頭が混乱している。自動販売機に付喪神……? いや、それすらも空想上のものだと、てっきり———急展開に頭が追いつかないぞ。
「なにそれ……と思ったけど、ああ、あの噂ですか。根も葉もない風説ですよ。少年はそんなものを信じていたんですか?
リテラシーのない人間ですね」
なぜ、この付喪神はちょっと僕を罵倒してくるのだろう。
「そういうわけだから、少年が望むような情報は与えられません。……だけど、もう少し暇なので、質問があれば答えるよ」
人喰い自販機は嘘だった。やはり風説は、他人から出た嘘。
それが、少し悲しくもあるけれど……。
「じゃあ、付喪神について、教えてください」
僕は少し考えてから、そう言った。少女は自分に興味を向けられたのか嬉しいのか、無邪気な笑顔を浮かべる。
「いいですよ。教えてあげます。我らが種族……付喪神について」
そう言って少女は、瞬時に理科目の先生よろしく、白衣に着替える。いや、着替えるというよりも……取り替えた?
「私たち『付喪神』と呼ばれるモノの起源は、死者の魂です。
天にも還らず、獄にも堕ちず……そうですね。死してなお、現世に留まることを選んだ魂。その魂が依代を選び、変化すると私のような姿になるんです」
「そうなんだ……。けどサイトには精霊とかって書いてたような気がするんだけど」
「精霊……まあそれも正解ですね。強い精霊はそんな年代物に頼らなくても、自ら肉体を生成・補強出来るので、私のような形態をとることはありません。だからそのサイトでいう『精霊』は、一般に『弱い』とされる精霊ですね」
「はあ……」
なんていうか、専門チックで難しい話だな。けど、こんな機会は滅多にない。他にも何か訊こう。
「『付喪神は長く使われたモノに憑く』とよく言いますよね。
あれは、『長い現世にあった物の方が、強い力を凝縮しているから』です。生物濃縮の原理と一緒ですよ」
「なるほど……生物濃縮なんて、そんな難しい言葉よく知ってるな」
「記憶は引き継いでるので。天国や地獄を介していないので、情報の初期化が行われないんです」
「初期化……?」
「あー……今のは忘れてください。踏み込みすぎました」
どうやら、『知ってはいけないもの』の類のやつだったらしい。
「お前はずっとこの自販機の近くにいるのか?」
即座に話題を切り替える。
「いいえ。自販機のあるところに転移できます。便利でしょう」
「ほへ……そんな漫画みたいなことできるんだな」
「神さまなので」
神さまってやつは、どうやらなんでもできるらしい。
次は何を訊こう……と考えていると、今度は少女の方から切り出してきた。
「少年、そろそろ時間だ」
「え、もう?」
「神さまも暇ではないので。ありがとう、少年。暇つぶしとはいえ、楽しめましたよ」
少女はにこやかに微笑む。それはまるで、一輪の花のように、美しくて、触れてしまえば壊れそうなほど、柔らかい笑顔だ。その笑顔につられて、僕も口元を緩めてしまう。
「———いや、こちらこそ。貴重な体験をありがとう」
「少年を『こちら側』から切り離します。では」
少女の……付喪神の温かい手が髪にあたる。
数秒の間。僕は強烈な眠気に襲われて、少女の方へ倒れてしまった。
-4-
「———はっ!」
ガバッと、驚かせたかのように飛び起きる。辺りを見回すと、滑り台や砂場らしきものがある。視線を下げる。
……僕はベンチで寝ていたようだ。右手には、コーラが握られている。
「僕、こんなの買ったっけか……?」
不審に思いながらも、寝起きだから記憶が曖昧なんだ、とコーラのキャップに指を当てて、クルっと右に回す。
シュー……という、情けのない炭酸の放出音。
乾いた喉を表すように、勢いよくグビっと流し込む。
「まず……」
緩い、炭酸の抜けた甘い水。コーラの美味しさは、そこから微塵も残っていなかった。
ミーン、ミーンというセミの大合唱。観客もいないのに、忙しなく鳴いている。時間はわからない。けど、とうに陽は落ちている。第一、僕は『人喰い自動販売機』について調べにきたのに、なんでこんなベンチに寝ているんだ……?
「時間、無駄にしたなあ」
ちょっとした苛立ちで、頭を掻く。
———ふと、掻いた右手を見る。
麦わら帽子の繊維と、金色の髪が指に絡まっている。僕はそれに僅かな親近感を……なぜか覚えた。
「まあ、いいや」
明日に備えよう。僕はベンチから立ち上がって、公園の出口は向かう。
「……」
なんとなく、誰かに見られている気がして後ろを振り返る。
そこには、僕が後ろに振り返ったと同時に振り返ったであろう———古びた自動販売機に向かう金髪の少女の姿が見えた。




