File02・その片想いは
夢を見ていた。それも随分長い間。
いや、それは果たして夢だったろうか。夢にしては架空の世界でなく、夢というにはあまりに現実で──そう、今見たものは俺の過去だった。
俺はひと時の間過去に戻っていた──
ゆっくり瞼を開くと、そこは薄闇だった。
──何処だここは? 頭がぼんやりして思考が働かない。俺はまだ夢──過去を見ているのだろうか。
「やっと起きたか」
突然の声に俺はびくりと体を震わせ、その刺激で途端に脳が覚醒し始める。
どうやら俺はベッドに寝かされているらしい。その傍らに誰かが座っている。
視界を彷徨わせると、どことなく見覚えのある場所だった。俺はのっそり上体を起こし、声がした方に顔を向けた。
「よう、インパラ野郎」
次の瞬間ゴン、と後頭部を壁に打ちつけた。
その声の主に体が仰け反ってしまったのだ。
「き、金髪イケメン……?」
金髪イケメン──瀬崎玲於は、苛ついた様子でこちらを睨み付けた。
「てめぇ、私におかしなあだ名を付けやがったな」
その鋭い眼光から逃れようと反射的に身を捩った俺は、
「痛っ……!?」
刹那、全身に走った痛みに再度身を捩ることになった。
痛みというより痺れに近い──その不快な感覚は、背中を中心に広がっているようだった。それで俺はようやく、ハッと顔を持ち上げる。
「……あっ……そうか、俺……あれ、流鏑馬は?」
そう──俺はあのホテルの駐車場で捕まったのだった。
銃らしきもので流鏑馬に背中を撃たれ、そのまま気を失い──それから?
「あれ、俺、撃たれたのに助かったのか。でも瀬崎がいるということは……ああ、捕らえた俺の見張り役か……?」
ぶつぶつ状況を推察していると、瀬崎が呆れるように息を吐いた。
「残念だがハズレだ。……まあまずは落ち着け。ここが何処かよく確認してみろ」
言われ、改めて室内を観察する。
病院のようにも見えるがそうではない。それにしては設備が簡素だし、何だか奇妙な懐かしさもある。そう、学校か何かのような……
「……あっ。まさかここ、学校の保健室か?」
瀬崎は頷いた。
「ご名答。分かったのならさっさと起きろ」
そう言って立ち上がり、お前も立てと俺を促す。
いやいや、どういうことだ……? どうにも状況を把握できない。
「起きろって……一体何なんだ。それに俺、怪我してるんだけど」
体の節々が痛くて堪らない。というか、なんで俺は学校にいるんだ。
すると瀬崎がチッ、と舌打ちをした。
「てめぇが撃たれたのはテーザー銃だ、死にゃあしない。いいからさっさと立て、お嬢様がお待ちなんだ」
──お嬢様?
それに思わず息を呑む。そうだ──俺は彼女に会おうとした。それで学校に向かい、流鏑馬に撃たれたんだ。
「……でもどういうことだ? 流鏑馬はもう、彼女には会わせないって……」
あいつは確かに言った。条件が変わった以上、もう会わせるわけにはいかない──と。
いや、条件も何も、あいつはそもそも俺と椛を会わせるつもりなんて最初からなかった。しずくの車に細工まで施していたのだ。
「……そうだしずくは? それに優吏は、太陽は……俺の仲間たちは? 無事でいるのか……」
それに瀬崎はやれやれと首を振る。
「ったく、少しはてめぇで考えろ。そんなだから女心にも疎いんだ」
女心、とは意外な奴に意外なことを言われた。
「いいかよく聞け。てめぇは私が助けてやった。ちなみにお嬢様のためであって、てめぇのためでは決してないから勘違いするな。それと、他のお仲間は妹に任せてあるから多分まあ大丈夫だ。──以上、分かったらさっさと立て」
言い終わるや否や手が差し出される。
……助けてくれた? 今まで散々俺を殴り、罵ってきたこの瀬崎が?
しかしここは確かに学校で、傷の手当てもされている。そもそもこいつに嘘で人を陥れるような器用な真似ができるだろうか。
「さあ、早くしろ。……もうこれ以上、お嬢様を悲しませるな」
俺はひと呼吸置き、その手を取った。
「一応礼は言っておく。でも信用は出来ない。あんたは俺を殺すとまで言った奴だからな」
それに瀬崎はニヒルな笑みを返した。
「正確には『排除する』、だ。お嬢様のお許しがでた時点でそうさせてもらうから安心しろ」
言いながら、俺を力強く引きよせる。
そうしてようやくベッドから立ち上がった俺をまじまじと見て、瀬崎はどういった感情とも取れないため息をゆっくりと吐いた。
「私は──私と妹は、お嬢様に恩義を受けた身だ。どんなに忠義を尽くしても尽くしきれない」
そう言って俺を見据える。
「……いいか、貴様には責任がある」
途端に胸ぐらを掴まれ、瀬崎の顔が間近に迫った。
「貴様の存在がお嬢様に迷いを生じさせた。てめぇさえいなければな、お嬢様はここまで苦しまなかった。役割を果たすことだけに集中できたんだ。……その方がきっと、いや、絶対によかった。それなのにてめぇが、てめぇなんかが……希望、になっちまった……それも何年もの間、ずっと……ずっとだ」
その声が頼りなく震えている。
「なのに貴様ときたら、お嬢様を覚えてすらいない。……そんなひどい話があってたまるか」
その手が胸ぐらから離れ、俺の体をトンと突き飛ばす。
よろめく俺に、瀬崎はふうう、と大きく肩を上下させた。
「暗闇の中だからこそ星が見える──そんな言葉をどこかで聞いた。でもよ、その星は自分に気付いてすらいない。……それって切ないと思わないか?」
長い睫毛を翳らせ、憂わしげな声で呟く。
「……これ以上、お嬢様に片想いをさせるな」
そう語る瀬崎の顔に、俺は見覚えがあった。
そうだ、事務所を訪れる人たちと同じ表情だ。片想いに患い、俺に助けを求める、あの依頼人たちと同じ──
瀬崎は視線を持ち上げ、
「分かったらさっさと行け」
物悲しげに言った。




