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蚊らくり彼女  作者: ようへい
四章 片想う
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File11・恋愛と容姿

 外国人傭兵に腕を抱えられながら、追いすがるように流鏑馬の後を歩く。

 特別フロアの廊下を進み、角に位置する部屋の前で立ち止まった。流鏑馬が手持ちの鍵でドアを開錠、そのまま客室へと入る。リビングを抜けてベッドルームに入ると、部屋の隅に目立たない木製扉があった。流鏑馬がまた鍵を取り出す。

 そこに優吏が捕らわれているのかと思ったが、そうではなかった。扉を抜けると、渡り廊下のような細長い通路が現れた。こんな通路は館内マップに記載がなかった。先の方にエレベーターらしき装置が見える。どうやらあれに乗り込むようだ。


 昨晩の追いかけっこが尾を引いているのか、俺を拘束する外国人傭兵の態度は粗暴だ。やたら睨んでくるし、乱暴に引っ張るものだから腕が痛くて仕方がない。

 前を行く流鏑馬の傍ら、月麦が心配するような視線をチラチラ寄越してくる。その様子に気付いてか、振り返った流鏑馬が言った。


「……無理に拘束しないでいい。どうせ逃げやしない」


 すると外国人傭兵は俺の拘束をすぐさま解き、流鏑馬に敬礼してみせた。主従関係はしっかり出来ているらしい。

 ようやく解放された腕をさすりながら、やってきたエレベーターへと乗り込む。


「助かった。犯罪者みたいな扱いはストレスだ」

「それは失礼、丁重に扱うよう注意しておこう。こう見えて私はきみを気に入っていてね」


 エレベーターは下層部に向けて動き出した。


「それは意外。てっきり嫌われているとばかり」


 すると流鏑馬はさもおかしそうに笑った。


「片想い成仏委員会、だったかな。その理念には感心したよ。――人類には無益な恋が多すぎる、感情に振り回されるのは愚かだ。まったくもって同感だ」

「……それは光栄。だから仲谷の恋愛も禁止してるのか?」

「そうだな、椛のためだ。彼女のように器量が好いとすぐに虫がたかってくる。あの山本とかいう男のようにね」


 言いながら俺を一瞥する。


「そういえば奴はきみが逃がしたんだったか。まあ、今更何処に逃げたところで無駄だけどね」


 そう話す流鏑馬の目は冷たく、ぞっとするような迫力があった。

 思わず怯んでしまった俺の胸に、にわかに反骨心が芽生える。


「……物騒な話だな、どうせ暴力で解決するつもりだろ。偉そうなツラして、やることは原始人と変わらないな」


 ところが、それに反応したのは月麦だった。


「志信ちゃんは、そんな人じゃないよ」


 薄紅色の唇をキュッと引き結んで言う。

 直後、エレベーターが停止した。階層表示は「B2」を示している。ドアがゆっくりと開き、流鏑馬は月麦の手を引いて降りると、首だけで振り返り俺を促すように言った。


「ついてくるがいい」


 やけに狭くて薄暗い、トンネルのような通路が伸びている。奥まったその先に薄っすらと明かりが見えた。歩くとコツーンコツーン、と足音が響く。まるでお城の地下牢獄みたいだ。

 その通路を流鏑馬はゆったりと歩き、


「きみは知らないようだから言っておくが、あの山本という男は、椛にとって天敵ともいえる存在だ」


 言いながらやれやれ、と肩を竦めた。


「我々の計画を邪魔する勢力の一員でね。奴を捕らえたのも、あくまで椛を守るためだ」

「計画……?」


 眉をひそめる俺に、流鏑馬は言う。


「きみも私のスピーチを聞いていただろう。我々人類の進化にまつわる計画だよ」


 確かにそんな演説をしていたが……あまりに荒唐無稽なせいで宗教的なアジテーションか何かだと思っていた。


「……随分と壮大な話だな」

「ああ。──話を戻すと、山本はその壮大な計画を邪魔する不逞の輩なのさ。きみのところに依頼があったのも、きみらを体よく利用するためだろう。私や椛の足下を掬うためにね」


 その言葉に俺は疑問を抱いた。


「でも山本は──仲谷椛という女性に本気で入れ込んでいた」


 それに流鏑馬はフッと笑いの息を漏らす。


「それはそうだよ。奴らは言ってみれば欲望に忠実だ。椛のように容姿端麗で優秀なDNAを奪われたくない、つまりは自分のモノにしたいんだろうね」

「……自分のモノに?」

「そういう意地汚い害虫のような奴らがあちらこちらにいる……確か中条って言ったかな、あいつもそうさ。知っているだろう、なにせきみの学校の教員だからね」


 その言葉に息を呑む。慰労会の旅先でのことが思い起こされた。中条──夜の海に消えたあの教師の、あの形相が今も忘れられない。

 こいつらは一体、仲谷椛の──彼女の何を奪い合っているのか。

 流鏑馬は言った。


「恋愛感情というのは容姿に左右されるものだ。それもそう、容姿というのはこの世界においてとても重要なものだ。毒々しい姿をした生物が毒を持っているように。瑞々しい果実も腐ってしまえば醜く変わり果てるように。──よく外見より中身が大切なんていう奴がいるが、見た目を無視して生きることなど出来ない。もはやそれは自然の原理原則のようなものだ」


 そこまでを語り、俺を振り向く。


「その点、椛は優秀だ。──だって、美しいからね」


 その顔には満足げな笑みが張り付いている。


「考えてもみろ、物語の世界ではこころ優しいお姫様は美しく、意地悪な魔女は醜く描かれるだろう。刑罰においては、罪を犯した者の人相によって量刑が軽くなったり重くなったりするそうだ。……人というのは想像以上に外見に影響されながら生きているんだよ」


 流鏑馬は言い含めるように言った。

 その悠然とした語り口にあわや説き伏せられそうになりながら、しかし俺は首を傾げる。結局は要領を得ない。この男は一体、何をするつもりなのだろうか。


「……ていうか、そもそもあんたの言う『人類の進化』っていうのは何なんだ。美男美女になるのが進化とでも言うのか?」


 疑問をぶつける俺に、けれど流鏑馬は明確な答えを返すつもりはないようだ。


「そうだな……続きはいずれまた機会があれば話してやろう。とにかくあの山本という男が、仲谷椛という優秀な女性を我々から奪おうとしている──そういうことだ。もっとも、本来の目的は別にあるかもしれないがね」


 そこまでを語り、流鏑馬は歩みを止めた。


「……さて、お喋りはここまでだ」


 気付けば通路は行き止まり、目の前に小さな扉があった。その縁から中の明かりが漏れている。どうやら部屋になっているようだ。


「ここに優吏が?」


 訊ねる俺に、流鏑馬は含みある視線で応じた。

 この先に何かとんでもないことが待ち受けている──俺はそんな予感に襲われた。

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