表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蚊らくり彼女  作者: ようへい
四章 片想う
31/43

File06・追懐の日①

 俺は従業員用のエレベーターを使い上層階の特別フロアに向かった。

 手帳にメモしておいた部屋番号を確認、まずは外国人名で予約された部屋を調べてみることにする。


 エレベーターを降りるとえんじ色の絨毯が敷かれた長廊下に出た。

 フロアはしんとして、ひとけがない。橙色をした照明がフロア全体をぼんやりと照らし、石壁に施された幾何学模様を浮かび上がらせている。


 現在流鏑馬の関係者はパーティに出払っている。今であれば余計な目を気にせず調査ができるはずだが──

 慎重な足取りで目的の部屋へと向かい、ドアの前に立つとひと呼吸置いてノックをする。しばらく待つも反応はない。念のため再度ノックをして十数秒待ち、やはり反応がないのを確認してからマスターキーを取り出した。


 ガチャリと音が鳴りドアの開錠を確認、ドアノブへと手を伸ばす。──宿泊客が中にいたらどうしようか。

 反応こそないが仮眠の最中かもしれないし、対応が面倒でノックを無視している可能性もある。清掃スタッフとして誤魔化せればいいが、相手が相手だけに慎重にならなければいけない。先程のクロークルームでの出来事然り、警戒された時点で騒ぎに発展するかもしれない。

 一方、口を塞がれた優吏が室内に監禁されている可能性もある──


 状況に合わせた適切なアクションをイメージしながら、ゆっくりとドアノブを回す。

 そろそろと中に滑り込み、室内の様子を確認した。見渡す限り人影は見当たらない。


 部屋はリビングルームとベッドルームの二つに分かれている。人の気配に注意しつつ奥のベッドルームへと歩を進める。窓から差し込む陽光が薄暗い部屋を照らし出していた。

 ベッドの脇にキャリーバッグが置かれ、カジュアルなシャツやズボンが乱雑に乗せられてある。壁際には頑丈そうな黄土色のバッグが幾つか立てかけてあった。結構な大荷物だ。


 ……やはりただの外国人旅行客だろうか。

 パーティの参会者にしては荷物があまりにカジュアルだ。もしかすると幾つかの部屋には一般客も宿泊しているのだろうか……。であれば、捕らえた人間の幽閉にこのフロアを使うことは考えにくい。

 的外れだったか──?


 しかし今から別のフロアに目星をつけているような時間的猶予はない。あの中年男が目を覚ましていれば、既に俺たちのことを報告しているはずだ。ここは一旦太陽と合流すべきかもしれない。

 そう考え踵を返した時、ある違和感に気付いた。


 ――血痕?


 床一面が赤い敷物に覆われているため気付きにくいが、よくよく見ればところどころに赤黒い染みがある。それは点々、部屋の外まで続いていた。

 辿って部屋を出てみれば、長廊下の絨毯にまで染みが続いている。来る時には気付けなかった。


 さらに染みを辿ると他の客室のドアへとたどり着いた。部屋番号を確認すると、それは宿泊者名簿でチェックしていたもう一つの部屋――同じ氏名で予約された二部屋のうちの一つだった。

 ごくりと唾を呑みこむ。先程と同じくノックを行い、応答がないのを確認する。それからマスターキーを取り出し鍵穴に挿し込むが、どういうわけか鍵が回らない。


 そうこうしていると人の気配があった。──誰かがここに近付いてきている。

 咄嗟に身を翻し、廊下から脇に伸びた通路へと隠れる。それはどうやら授乳室の入口通路らしく、先のスペースにカーテンが引かれた小部屋が幾つかあった。

 ふと──そのカーテンのうちの一つがゆらりと揺れた。


 ……誰かいる? 


 だが利用者にしては物音一つ聞こえない。それに何というか、妙に怪しい空気感がある。誰かが身を潜めているかのような──

 俺はそのカーテンに歩み寄り、静かに声をかけた。


「すみません。どなたかいらっしゃいますか?」


 返答はない。代わりに張り詰めた気配のようなものが伝わってきた。

 ──やはり誰かが潜んでいる。


 勢い、俺はカーテンを開いた。


「……え」


 思わず瞠目する。小部屋には自身の肩を抱きかかえ、カタカタ震える山本鹿人の姿があった。

 震えながら、山本は青ざめた顔をゆっくりとこちらに向けた。


「……えっ、小湊さん?」


 呟くように言い、困惑の表情を浮かべる。

 その姿を改めて確認した俺は、ギョッと身を仰け反らせた。山本の服には血糊らしきものがべったりと付着していた。


 ……これは想像以上にデンジャーな状況かもしれない。あの演説の後に何があったというのだろう。

 とにかく一つひとつ確認してみるしかない。


「あなたをずっと捜していました。どうしてこんなところに? その血はどうしましたか?」


 山本は唇を震わせ、弱々しく声を発した。


「……僕を、助けにきてくれたんですか……」


 頷いて返す。


「はい、山本さんは俺たちの依頼人ですから」


 するとホッとしたのか、土気色だった山本の顔が徐々に生気を取り戻していった。


「ありがたいです。では奴らが来る前にこのフロアを出ましょう。……ああ、この血は……僕のものではありますが、怪我ではないので大丈夫です」


 落ち着いた口調だった。とりあえずは無事らしい。

 だが追われている状況のようだ。詳しい事情を訊いている暇はない。

 けれど一つだけ、俺には確認すべきことがあった。


「優吏も捕まっていると思うのですが、どこにいるかご存知ではありませんか」


 山本がいた以上、優吏もこのフロアのどこかにいる可能性が高い。

 だが山本は何かを言いかけるも思いとどまるように口を噤み、視線を床に落とした。


「……そういえば小湊さん。あなた、僕に隠しごとをしていましたね」


 質問とは関係ない言葉が返ってきた。


「突然なんの話ですか? 隠していることなんてありませんよ。それに今はそんな話をしている場合じゃ……」


 改めて山本の姿を確認する。

 赤い染みは全身にくまなくこびりついている。怪我ではない、と言っていたがそうなるとこれは何の血なのか。

 ……優吏は大丈夫なのだろうか。


「山本さん、まずはこの場を離れましょう。そしてお願いです。優吏について知っていることがあれば教えてください」


 しかし山本は質問に答えず、あろうことか俺の胸ぐらに掴みかかってきた。


「やっぱりあなたは信用できない……! 僕にとんでもない隠しごとをするような人だ。今だって僕を奴らに引き渡すつもりかもしれない」

「ち、ちょっと待ってください。俺が隠してたことって何ですか?」


 山本はぴたりと動きを止め、呆れるようにため息を吐いた。


「……まだ隠すつもりですか。小湊さん、あなた仲谷椛と暮らしていたことがあるでしょう」

「……え……?」


 ――俺が、仲谷と暮らしていた?


「そんなに身近な人だったなら、依頼人の僕にどうして教えてくれなかったんですか!?」


 頭の中で、何かがバチンと弾ける。

 ゆらりと視界が揺れ、全身が冷たくなった。やがて電源が落ちるかのように、辺りの景色がヒュッ、と黒に染まる。




 ――私ね、あなたとの約束、絶対に忘れない




 また少女の声。その姿がにわかに浮かび上がり──


「小湊さん、答えられないのですか!?」


 怒声で我に返った俺は山本の手を振り払い、くるりと後ろを向いた。

 口の中がカラカラに渇いている。


「……すみませんが、言っている意味が分かりません。それより、ここを離れないと」


 そう言って廊下の方へ歩いていく。しかし眩暈がして、どうにも足元が覚束なかった。

 俺の中にある記憶領域が搔き乱されている。形容しがたい複雑な感情が、胸の内でぐるぐる渦巻いている。


 ふらふらと進み、やがて長廊下に差し掛かったところで足を止めた。

 視界の先にミリタリーブーツが見えたからだ。顔を上げると、二人の外国人男性が行く手を遮るように立ち塞がっていた。


「シン・コミナト?」


 筋骨隆々とした白人男性だった。一人はサバイバルナイフを握っている。潜入がバレて捕まえにきたのだろう。

 咄嗟に逃げようとして、背後に山本がいることを思い出した。仕方なく俺は両手を上げ、降伏の意思を示す。


「……イエス。小湊です」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ