File05・一触即発
パーティは歓談の時間に入り、飲食サービスの仕事を幾つかこなした俺は会場を離れることにした。行き先は宴会クロークである。
担当スタッフに「確認してほしい荷物があるとお客様から言われまして」と適当な嘘をつき、手荷物が収納されたクロークルームへと入る。
棚を探ると、しずくから聞いた「リスト」はすぐに見つかった。このホテルの宿泊者名簿である。
名簿を開き、素早く目を通す。
事前情報の通り、流鏑馬が宿泊するのは本館の上層階に位置する特別フロアのようだ。このパーティに参会している関係者の何人かも同じフロアに宿泊する。
しずくから預かったフロアマスターキーは上層階に対応したもの──ここまでは予定通りだ。
優吏はこの特別フロアのどこかにいる可能性が高い。
ようやく見つけた山本も助けたいところだが、ここで手を出し騒ぎになってしまえばもう、優吏の救出は難しくなってしまう。山本には悪いがまずは仲間の救出を優先させてもらう。
パーティが行われている今こそ救出に向かうチャンス──宿泊者名簿から違和感を探しだし、怪しい客室に当たりを付けておきたい。
やがて俺は二つの違和感を見つけた。
一つは外国人名で予約された部屋があること。パーティ会場にいた人間は一通り確認したが日本人、少なくともアジア圏の人種以外は見当たらなかった。だが予約名の一つに英国人らしい名前がある。
パーティに関係ない外国人旅行客であればこのフロアには宿泊できないはずだ。今日、明日は流鏑馬がフロアを貸し切っているからだ。
もう一つは同姓同名で予約された部屋があること。同一人物が二つの部屋を独占しているようだ。
団体客が部屋を複数予約するのは珍しいことではないが、こういうリストでは通常、宿泊者氏名は部屋毎に割り振られるはずだ。同じ氏名で登録してあるということは、何かしら表沙汰にはしたくない理由がある──
「あの……どうかしました?」
ふいに呼びかけられ振り返ると、クロークスタッフが様子を見にきていた。
思ったより長い時間が経っていたらしい。
「あ、いえ大丈夫です。言われた手荷物がなかなか見つからなくて」
その場しのぎの言い訳をするが、女性スタッフは引き下がらない。
「どちらのお客様のお荷物ですか? 私も一緒に探します」
「……あ、いえいえ。もう見つかると思いますので結構です」
女性スタッフが訝しげに眉をひそめる。不審に思われたかもしれない。
……宿泊者名簿の確認もできたし、ここはもう離れた方がよさそうだ。
「念のため、どのようなお荷物かもう一度お客様に確認してきます」
適当な理由を作ってクロークルームを後にする。
──その時だった。
「ここに入っていっただろ。悪いが確認させてもらおう」
野太い声が聞こえたと思いきや、恰幅のいい男がずい、とクロークルームに踊り入ってきた。
堂々と口髭をたくわえた中年男で、いかにも威厳のある顔つきは社会的地位を思わせる。その男は俺を見つけるや、ずんずんと歩み寄ってきた。
「いたいた。……おう、兄ちゃんも来てくれ」
途中で後ろを振り返り、手招きをする。
するとその背後から蝶ネクタイをつけたタキシードの男性が現れた。中折れハットを目深にかぶっていてよく顔が見えないが、こちらはかなり若い男のようだ。
「ええと、どうかなさいましたか?」
俺を探していたようなので声をかけてみる。
すると中年男はシッシッと手を払って女性スタッフをクロークルームから追い出し、それからギロリと俺を睨みつけた。
「お前、なんだ? 山本鹿人のことをどうして知っている?」
いかにも凄みのある声。これはどうやらヤバい展開のようだ。
「山本、ですか? えっと、どなたのことでしょう」
平静を装い応じてみるも、中年男の態度は変わらない。
「とぼけるな。先生のスピーチの時、名前を呼んでいただろ」
……どうやら自業自得というやつらしい。
俺が会場で思わず口にしたのを聞かれていたのだ。
「奴のことはパーティの参会者しか知らん。お前のようなスタッフの小僧がなんであいつを知っているのかと訊いている」
男は一層凄みを利かせ、俺の方へと迫ってくる。
「ああ、そのことですか。山本じゃなくて八重元って言ったんですよ。親友の八重元っていう奴によく似た人が壇上にいたので」
……ううむ、さすがに苦しいか。
中年男は納得するどころかさらに疑いを深めたようだ。
「ふん、白々しい野郎だな。……おめぇ、さては鼠だな? 念のため言っておくが、俺に嘘は通じねえぞ」
そう言って後ろの若い男を振り返る。
「この小僧を先生のところに連れていく。兄ちゃんも手伝ってくれるか」
若い男は中折れハットのツバに触れ、にやりとほくそ笑んだ。
「ええ、そのほうがよさそうですね。ところで流鏑馬先生は今どちらに?」
「地下のサロンで山本の相手をしている。丁度いい。この小僧が何者かは山本に吐かせればいい」
中年男は拘束するように俺の右腕を抱え込んだ。それから若い男に向かってもう一方の左腕を拘束するよう促す。
若い男は蝶ネクタイを直す仕草をしながら俺の左側に回り込むと──それから目にも留まらぬ速さで手刀を放った。
「フ、グッ……」
首の側面を打たれ、中年男が膝から崩れ落ちた。
若い男はしゃがみ込み、男の頬を叩き意識がないことを確認する。それから中折れハットをクイと持ち上げた。
「……まったく。心ってさ、探偵を名乗るわりには用心深さってものが足りないよねぇ」
その若い男――太陽は、やれやれと肩をすくめて言った。
「面目ない。いや、しかしビビった。途中まで太陽ってマジで気が付かなかったし」
実際、声を耳にするまでまったく気付けなかった。
「だと思った。まあ成りすましは一応専門分野だからね。このオジサマとも自然に仲良くなれたし、我ながら上出来だったかなぁ」
そう言って太陽は床に倒れ伏した中年男を見下ろす。
おそらくは何らかのお偉いさんであろう貫禄あるオジサマは、すっかり白目を剥いていた。
「せっかく仲良しになったオジサマに暴力を振るったわけだ」
「まあ仕方ないよ。心が不用意に声を出したせいで、ずっと勘ぐっていたみたいだからさ。こうするために仲良くなった、といっても過言じゃないよ」
さりげなく嫌味が織り交ぜられているが……事実、助けられてしまったので返す言葉もなし。
太陽にはスタッフとしてではなく、参会者としてパーティに紛れ込んでもらっていた。
潜入調査ではリスクヘッジのため役割や肩書きを分散した方がいい──そこで太陽が用意したのが「才能ある青年実業家」という肩書きである。
それにしては突っ込みどころの多い身なりだと思うのだが。
「そのハットは何なんだよ? パーティに帽子ってマナー違反じゃないのか」
「フフッ、似合ってるでしょ。思ったよりカジュアルなパーティだし、これくらいは許されるさ」
太陽はまんざらでもなさそうである。
しかし和やかなムードも束の間、突如クロークルームにきゃあ、と悲鳴が轟いた。
「……くだらない話をしている場合じゃなかった」
見れば様子を確認するため戻ったのであろう女性スタッフが、倒れた中年男を指差し口をパクパクさせている。
とりあえずは言い訳をせねば。
「えーっとこの人、急に持病の発作が起きて気を失っちゃったみたいで。応急処置とかって得意だったりします?」
……ううん、二十点の誤魔化し。
女性スタッフは青ざめたまま疑いの目をこちらに向けている。
どうしたものかと考えあぐねていると、女性の背後からヒョコッとしずくが姿を現した。
「……あら、大変。ここはうちが見とくけん、堀内さんはお医者さまば探してきてもらえる?」
すると声をかけられた堀内さん(という名前のスタッフだったらしい)は、素直に頷いて会場へと走っていった。
どうやらしずくとは馴染みのスタッフだったらしい。
「……あ~あ、こげんことになって。大胆なことするんやなあ」
しずくが眉をひそめて言う。
「悪い、助かった」
俺は両手を合わせて礼を述べた。まさかこうも機転を利かせてもらえるとは。
するとしずくはにへら、と嬉しそうに笑った。
「へへぇ~、役に立ったやろ? ていうか、気絶なんてさせてしもうて平気なん? なんか偉そうな人やけど……」
「えっとね、確か裁判官って言ってたよ」
太陽が思い返すように中年男の生業を明かす。
「ほんなこつね? うちら裁かれるばい」
しずくはそう言ってハンマーを叩くジェスチャーをした。
太陽が改めてその中年男を見やる。
「いずれ目を覚ますだろうし、これからの方針を決めないとね」
確かに、もうスタッフとして会場に居座るわけにもいかなそうだ。さっさと身を隠して次の作戦に移るべきだろう。
「……よし。オッサンが目覚めて騒ぎになる前にチャチャッと片付けよう」
俺は再度宿泊者名簿を確認する。
マスターキーもあるし、調査を行う客室の目星もつけた。ポイントが絞れたのなら後は行動するのみである。
「特別フロアには俺が行く。優吏を助けたらそのまま駐車場に連れて行くから、しずくはタイミングを見計らって車で待機していてくれ」
しずくがこくりと頷く。
「それじゃあ僕は地下に向かってみようかな。山本さんは地下のサロンにいるってこのオジサマが言ってたし」
太陽も自身の作戦を述べた。
「分かった。でも絶対に無理はしないでくれ。ここには総大将の流鏑馬もいるからな。山本には悪いけど、優先事項は優吏を連れ戻すことだ」
山本の捜索のために捕まった優吏には申し訳が立たないが……依頼人の救出にこだわって俺たちまで捕まってしまっては元も子もない。山本については優吏を奪還してから改めてその機を窺う。
仮に失敗しても女王様のお叱りはいくらでも受けよう。正直もう、優吏さえ無事なら何だっていい──
「そういえばさ、優吏と山本さんを助けたら、この件からはもう手を引くつもり?」
ふと思いついたように太陽が言った。
「ああ、そうだな。とても俺たちみたいな子供の手に負える案件じゃないからな」
すると太陽は不満そうに腕組みをした。
「それでいいの? いろいろと中途半端なままだけど」
言われ、仲谷椛の顔が頭に浮かぶ──
「……いいんだよ」
俺はもうこれ以上、仲間を危険に巻き込みたくはなかった。




