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蚊らくり彼女  作者: ようへい
四章 片想う
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File02・連絡

 その後しずくは「考えといて」とだけ言い残し、そのまま帰ってしまった。


 しずくの性格からすると、手伝いを申し出たのは責任を感じてのことかもしれない。優吏がいなくなったのはしずくの慰労会のタイミングだったからだ。もちろん、純粋に「片想い成仏委員会」の仕事に興味を持ってくれた可能性もあるが。


 俺と太陽はこの件についてとりとめもなく話をした。

 もし手伝ってもらうならば経理業務等こまごました事務をやってもらいながら、尾行や張り込みといった探偵の技法を習得してもらう。事務所には女性の調査員がいないので、しずくに動いてもらえると調査の幅が広がる。運転免許があるのも尾行の幅が広がってありがたい。

 何よりしずくは恋愛経験が豊富だ。

 片想いから脱却させることを仕事にしながら、恋愛における実経験に乏しい俺たちは、独自の視点と手法で依頼を解決してきた。しかしクライエントの悩みに寄り添う、という点では至らないことも多い。その点しずくの恋愛経験は役立つに違いない。

 そんな会話が胸に巣食う不安を紛らわしてくれた。


 陽が落ちてもまだ話をしていて、いい加減に話題が尽き、そろそろ帰ろうかと外を見ればいつしか雨が降っていた。すると何だか家に帰るのも億劫になってしまった。

 つけっぱなしのテレビでは夜のニュースがやっていて、昼間にやっていた事件がまた報道されていた。「血が抜かれた死体」というワードをアナウンサーが連呼している。

 ふと俺は、そのミステリアスな事件から仲谷のことを連想していた。


 ――俺の血を目にしてうっとりと生唾を飲む、彼女の顔。


 ふいにプツン、とテレビが消された。

 見ればリモコンを手にした太陽がジッとこちらを見つめていた。


「……心、ごめん。もう限界だ」


 太陽は意を決するように言う。


「僕はもう待てない。山吹幸子か瀬崎玲於に会いにいく。それでどうにもならなければ、仲谷家に忍び込んでみる」


 そう言って立ち上がった。

 俺はそれを慌てて引き留める。


「ちょっと待て太陽、冷静になれって」


 振り返った太陽が眉をひそめる。珍しく思い詰めたような表情をしていた。


「……心はよく平気でいられるね」


 俺は首を横に振る。


「俺だって平気じゃない。でも優吏の失踪と仲谷家を結び付けるのは早計だ。だってなんの証拠も掴めてないだろ」

「それ、本気で言ってる? 優吏は失踪した山本さんを捜していた。仲谷椛の調査を依頼した人のことをね。そしたら優吏までもが失踪した」

「そ、それはそうだけど……」

「心、優吏はきみのために行動したんだよ。依頼主の山本さんのためじゃない。心のために危険を冒したんだ」


 思わず首をひねる。話がおかしな方向に流れはじめた。


「俺のため……? 急に何言ってんだよ」

「きみはあの子と何年一緒に過ごしてきたんだ。今まで優吏の何を見てきたんだよ」


 言いながら、太陽は歩み寄ってくる。


「何の話だよ? 俺は冷静になれって言ってるんだ。優吏の失踪に仲谷家が関係している可能性は高い。でもその根拠となる情報なんて一つも有りやしないのに、山吹や瀬崎と一体何を話すっていうんだ。しかも家に忍び込むとか言ってたな。そんなもん住居侵入罪なり強盗罪なりで捕まって終わりだ」

「いい加減にしてくれよ‼」


 刹那、怒声により空気が振動した。


「……太陽……?」


 親友が怒鳴るところを俺は初めて見た。いつだって温厚かつ冷静で、暴走しがちな俺をたしなめてくれる。太陽はずっとそういう存在だった。

 その親友が憤懣を目に滾らせ、俺に詰め寄ってくる。


「状況なんて関係ない。きみがやらないなら僕が優吏を助ける」


 それから自らを落ち着かせるように、小さく吐息した。


「優吏が言ってたよ。心は過去のトラウマを引きずったまま、一歩を踏み出すことが出来ずにいるって。だから私が手伝ってやるんだって」


 言いながら改めて俺を睨みつける。


「優吏は本来、内向的で受動的な子だよ。片想い成仏委員会なんていう、よく分からない活動に手を貸すような女の子じゃない」

「よく分からない活動とか言うなよ……」

「僕だってモヤモヤするんだ。イライラもする。あまりに恋愛に鈍感な男、まったく素直になれない女。きみたちのような人と一緒にいると」


 そう言ってもう一度吐息し、視線を床に落とした。


「……片想いをする人の気持ちなんて、心みたいな奴には永遠に分からない」


 何が言いたいのかまるで分からなかった。ただ俺が、優吏と太陽に頼りすぎているという自覚はある。


「俺がいろいろと足りてないってことは理解してるつもりだ。……迷惑かけてばかりで申し訳ないって思ってる」


 すると太陽は弱々しく首を振った。


「……とにかく、僕は優吏を助けにいく。捕まったって構わない。何もしないよりよっぽどマシだ。もとより僕は王子様になんてなれないんだ」


 何もしないよりはマシ。確かにその通りかもしれない。俺は何も言い返せなくなってしまった。

 その時「ピロン」、と軽快な通知音が鳴り響いた。

 俺はスマホに視線を落とし、そして言葉を失った。


 ――ごめん連絡遅くなった。早速だけど、あんたたちが動くのは八月二十二日ね。


 その通知にはメッセージの送り主に「優吏」とある。


「太陽──連絡きたよ」

「え……?」

「優吏から、連絡きた」


 太陽がガバッとスマホを覗き込む。

 安心したのか今にも泣き出しそうに表情を歪ませ、それからこしこしと目をこすり、気を取り直すように首を振ってからその口を開いた。


「待って、優吏を捕らえた別人が優吏に成りすましてる可能性もある」

「た、確かにそうだな」


 すると再び「ピロン」、と音が鳴った。


 ――詳細については資料を送るから確認して。それから『うさぎカフェ』のこと、忘れてないでしょうね。


 俺はスマホを握りしめ、滲んだ涙を拭い取る。


「……大丈夫だ太陽。これ、間違いなく優吏本人だ」

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