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蚊らくり彼女  作者: ようへい
四章 片想う
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File01・白馬の王子

 女性はいつしか白馬の王子様が現れ、迷える自分を救ってくれると信じている。


 不遇な運命を背負ったシンデレラがプリンセスとして城に迎え入れられるように、多くの女性たちがそうした理想を追い求めている。

 華やかなレースがあしらわれたドレス。幸せに導いてくれるガラスの靴。舞踏会へと(いざな)うカボチャの馬車。外から来る何かが、いつか自分の人生を変えてくれる。


 そう信じて、今日も女性たちは待ち続けている──。


「それってシンデレラ・コンプレックス?」

「なんだ、心も知ってたんだね」

「一応な。なんだってんだよ、唐突に」

「なんとなく思い出しただけさ」


 太陽が語った唐突の蘊蓄に相槌を打ちながら、俺は今日も事務椅子に身体を預けている。

 ようやく梅雨が明け、本格的な夏が始まって。むんむんと暑苦しい所内には壊れかけの空調の無機質な音、脈絡なく語られる友人の談話。

 これといって新たな依頼もないまま、何が悲しくてこんな環境に男二人でいるのかと疑問を抱きながら、ただ呆けるようにデスクについている。


 ──それもこれも、すべては優吏が帰ってこないせいだ。


 世間が夏休みに入った真夏の昼下がり。

 冷房の効かない所内はじっとしていても汗がつたうくらいには暑く、もはやポータブル扇風機が欠かせないアイテムとなっている。

 うだるような暑さに頭をやられたのか、太陽は脈絡のない話を延々続けていて、俺は俺で相槌を打ったり打たなかったり……。


「僕ってさ、どう足掻いても王子様にはなれないタイプだと思うんだよね」

「……その首かけタイプの扇風機いいなあ。俺も買おうかな」

「ねえ心。僕の話、聞いてる?」

「そんな庶民アイテムを装着した奴に王子様がどうとか言われてもなあ」

「別にこれは今関係ないじゃん。それに言いたいのはさ、こんな僕でも王子様に憧れる、っていうことだよ。誰だって麗しの姫を救う英雄になりたいものでしょ」

「うーん、けど実在する王子様なんて所詮はボンボンだろ? 礼儀とか気品やらばかり重んじて、お姫様を救うような甲斐性なんて持ち合わせていないだろ」


 俺がこうして話に同調しないせいか、太陽は徐々に不機嫌になっていく。


「……心ってほんとに堅物だよね。融通がきかないし無駄に生真面目だし。女の子の気持ちなんて一生分からないんだろうなぁ」

「別に分かる必要もないしな」

「はぁ~呆れる。そんなだから、きみの周りからは女の子がいなくなっていくんだよ」

「女心を分かったところでこの状況は変わらないと思うけど」

「だからさ、こうして待ってるだけじゃあ王子様にはなれないってこと。白馬に乗って駆けつけてあげないとさ」

「白馬もなければ駆けつける場所も分からないじゃんか」

「………………」


 しばし沈黙が流れる。

 場を明るくしようとしたつもりがいつの間にか重苦しい空気になる。このところの定番パターンである。そして多くの場合、太陽の方から謝ってくる。


「……なんか絡んじゃってたかもね。ごめんよ」

「……いや俺もいちいち突っかかってた。悪い」


 定番の流れに落ち着いたところで、俺たちは顔を見合わせる。


「はぁ、もう二週間かぁ……」


 優吏と連絡がつかなくなり、はや二週間が過ぎようとしていた。

 何をするにも手に付かず、かといって休む気にもなれず、俺と太陽はこうしてやることもなく、ただ優吏の帰りを待っている。

 そうして何度目になるか分からないため息を互いに吐いた時、ふいに事務所のドアベルがカランコロン、と音を鳴らした。


「……優吏?」


 二人してぐりんと首を回し、ドアの方に顔を向ける。

 来訪者が気まずそうに首をすくめた。


「……そん調子やと、まだ優吏ちゃん戻っとらんのやね」


 その来訪者であったしずくは、負い目を感じたのかそろそろと中に入り、冷たいペットボトルのお茶を二つ中央のデスクに置いた。


「ああ、しずくちゃん。差し入れ助かるよ。ここは灼熱地獄だからいくら水分があっても足りなくてさ」


 太陽は早速、差し入れのお茶をクピクピ飲み始めた。


「アイスもあるよ」


 続けてアイスの入ったコンビニ袋がデスクに置かれる。


「やった! うう、しずくちゃんという存在こそがオアシス。こんな砂漠みたいな所に心と二人でいたら身も心も干からびちゃう」


 太陽は涙目で大げさに喜びアイスを物色し始めた。


「やかましいわ」


 突っ込みを入れながら俺もアイスに手を伸ばす。

 実際差し入れは助かるのだ。何もすることがないこの環境では、嗜好品は言うまでもなく重宝される。


「……それで、まだ連絡はなかと?」


 言いながらしずくは優吏のデスクへと歩み寄り、一枚のメモ書きを手に取った。


 ――おかえりなさい。急で悪いけど、私のことは探さないで。


 慰労会から戻ったあの日に見つけた、たった一文の書き置き。慌てて書いたらしく、コピー用紙の裏に跳ねるような文字で書かれている。

 それは姿をくらませた優吏の行方の、唯一の手掛かりだった。


 探さないで、と言われたところで従えるわけもなく、俺たちは優吏のことを必死に探した。

 しかしチャットアプリは既読にならず、電話はコール音が鳴りはするものの一切の応答はなし。学校はもちろん自宅にも帰っておらず、スマホのGPSも切られているようだった。

 夏休みに入り、毎日朝から晩まで心当たりの場所をしらみつぶしに捜した。

 知人への聞き込みもしたし、パソコンの検索履歴も調べた。だが何一つとして手がかりを掴むことはできなかった。


 やがて俺たちはジタバタするのをやめた。熟考した末、腰を据えて待つことに決めたのだ。

 書き置きは間違いなく優吏の筆跡だし、あいつのことだから何か考えがあるに違いない。そう思ってのことだ。優吏を信じているからこその結論でもある。

 ちなみに優吏の両親は俺たちよりよほど呑気で、書き置きがあるなら大丈夫だろう、と悠長に構えている。警察に捜索願を出すつもりもないようだった。

 よく優吏が「私の両親は放任主義というか、自主性を尊重するタイプ」と話していたことを思い出す。これもやはり信頼の証、といえるものかもしれない。


 ただ、親御さんは今回の調査や山本の失踪など、事の経緯はほとんど把握していない。俺たちも内情を打ち明けるのはやめよう、ということにしている。

 業務上の守秘義務で話せないということもあるにはあるが、当人たちが重く捉えていないのなら余計な心配をかけない方がいい、と判断してのことだ。


 何より優吏がそれを望んでいるだろう。


 斯くして慰労会から既に二週間余りが経過した今、そのうち優吏も帰ってくるだろうと信じて待ちながら、ただ無益な時間だけが過ぎている──


「山本っていう人も見つからんし。……優吏ちゃん、無事ならよかっちゃけど」


 ぽつり、としずくが呟いた。

 その言葉に、お目当てのアイスを奪い合っていた俺と太陽がぴたりと静止する。


「……ごめん、いたらんこと言うた」


 しずくが気まずそうに身を縮こまらせるので、俺たちは揃って「ああ、いや」と中途半端に応じた。


 ――おそらく、優吏と山本の失踪には関連がある。


 山本の件について、優吏は自責を感じていた。そのため山本の所在調査についても「私が」と積極的に動き、慰労会の時に受けた報告では実際に進展もあった。


 優吏が消息を絶ったのはその直後である。


 前のめりになった結果トラブルに巻き込まれたのだろうか。書き置きを残した後に無理な調査を行った可能性もある。そして二週間も音沙汰がないということは……。

 考えれば考えるほど、ろくでもない憶測が思い浮かぶ。


「えっとぉ、暗くなっとってもあれやけん、テレビでもつけよう?」


 しずくがあせあせとリモコンを手に取る。するとテレビではスキャンダラスな情報や社会事件を取り扱う情報バラエティが放送されていて、タイミング悪く死亡事件のニュースを特集していた。

 しずくは慌ててチャンネルを変えようとして、それじゃ却って白々しいと思ったのか、テレビを指差し、


「へ、へぇ~! 血がいっちょん無い死体やって。ミステリーやん……」


 にへら、と笑って言う。明るい話題を提供したかったらしいが、ばっちり嫌な妄想をかきたてるニュースだし、大体しずく本人が汗をタラタラ流している。

 そのあまりの白々しさに堪らず太陽が立ち上がる。


「いやいや、しずくちゃん変な気つかってるよね? ねぇ心、僕ら心配なんてしてないものね。ほら、優吏はああ見えて慎重だから……たまに無鉄砲なところもあったりはするけど……」

「そうだな、俺はまったく心配なんかしてないぜ。ご両親の言うとおり書き置きだってあるし。連絡はないけど、便りの無いのは良い便りともいうからな。ほら、何か問題があれば連絡してくるはずだろ? ……まあ、そりゃ、連絡ができない状況っていう可能性も、無きにしも非ず、だけど…………」


 てん、てん、てん。と沈黙が流れる。

 白々しい態度のしずくに対し、白々しいフォローをした結果、白々しい空気が悪化、みんなしてため息を吐く。

 全員で気を使いあって疲れることほど無駄なことはない。


「あんさ……実は今日、相談があってきたっちゃん」


 やがてしずくがおずおずと口を開いた。

 俺と太陽が注目すると、もじもじ両手の指を合わせながら、


「あの、えっと……実はここん仕事、うちにも手伝わせてもらえんかなって……思うとって……」


 寄る辺なさそうに言う。


「その……優吏ちゃんが戻ってくるまででもよかけん」


 それからしずくは自らの頬をぱんぱん、と二回叩き、真剣な眼差しを俺たちへと向け、毅然とその口を開いた。


「何の知識もスキルもなかし、代わりにもならんばってん、うちにも出来ること絶対あるって思うし。なんやったら給料もいらんし……!」


 俺と太陽は互いに顔を見合わせた。

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