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蚊らくり彼女  作者: ようへい
三章 蚊らくりの少女
21/43

File06・報告

「ね~心くん、アイスもういっこ欲しい」

「もうやめとけって、お腹冷えちゃうぞ」

「いいの。敗者は勝者に従いなさ~い」

「……ったく、今度はどれがいいんだよ」


 遊技場で知り合ったお姫様・月麦は、イチゴアイスをべったりと頬に付けたまま、無邪気な足取りで自動販売機へと駆け寄った。

 俺はその後をついていき、指示されるがままクッキー&クリームのアイスを購入する。卓球でボコスカにやられたのでやむなしだ。


「まさかこんな可愛い女の子が卓球少女だなんてねぇ」


 そう意見を述べた太陽はベンチに座り、おちょぼ口でもたもたとアイスを食べている。

 新たなアイスを手にした月麦がちょこんとその隣に腰を下ろした。


「わたし、別に卓球少女じゃないよ。心くんがザコかっただけ」

「あは、それもそうか。心は筋金入りの運動音痴だからねぇ」

「おいっ、それって絶対誤用だろ! 音痴に筋も何もないわ!」


 まったくの想定外ながら、卓球対決は仲谷椛のグループも含めて六人で行うことになった。

 時間の関係で総当たりは叶わなかったが、負けた方が勝った方にアイスを奢るという、罰ゲームを課した真剣勝負だ。

 そうして全員が二戦ずつやった結果……俺は無惨にも連戦連敗、一方で全勝したのが月麦と太陽だったわけである。


「お、おさげ眼鏡も下手くそだったろ!」

「こっこちゃんも不器用だからね~。キャハッ!」


 ちなみにおさげ眼鏡こと山吹幸子も全敗だった。しずくは太陽に負けて一勝一敗。仲谷も一勝一敗で、その一勝を献上したのは何を隠そう俺である。

 負けたメンバーが勝ったメンバーにアイスを献上しなくてはならないわけで、太陽のアイスも山吹が購入した。それからすぐどこかへ消えてしまったが。


「……そういえば仲谷は?」


 ふと気になり問いかけると、アイスまみれの頬にクッキーを上乗せした月麦が応じた。


「椛ちゃんはお部屋に戻るって。なんか用事があるみたいだよ~」


 俺たちは勝負の公約を果たすため、卓球対決を終えたその足でアイスの自販機があるラウンジに来ていた。

 その後しずくはまた外湯に行くからとバタバタ宿を出ていき、それを見送っているうちに仲谷も姿を消していた。

 今ラウンジに残っているのは俺に太陽、それに月麦の三人だけだ。


 ──俺は今、仲谷椛との距離感をどうすべきか悩んでいる。


 調査の方針としては距離を取るべきだ。そうでなくとも直接的な調査からは手を引くつもりでいたのだ。

 俺は仲谷椛を取り巻く人間に警戒されている。彼女が仰々しく警護される理由、とくに異性を隔てる配慮がされる理由は依然不明だが、いずれにせよ接触はもうできない状況だった。


 ところが慰労会の旅先でまたも遭遇──それも付き人の山吹を連れたうえで、あちらから近付いてきたのだ。

 これが偶然であるはずがない。


 その目的が分からず不気味だが、あちらが接触を許容している今、何らかの情報を引き出すチャンスともいえた。

 特に、仲谷家の人間が関与しているであろう山本の消息については何某かの情報が欲しい──


「心くん、アイス溶けちゃってるよ~」

「……げっ」


 月麦に脇腹をつつかれ我に返ると、アイスがしゃばしゃばに溶けていた。

 仕方なく溶けてしまったアイスを口に入れ、生ぬるくて甘ったるいそれに顔をしかめた時、スマホに着信があった。優吏からだった。


「太陽、ちょっと電話してくるから月麦のこと頼む」

「ほいほい」


 子供とはいえあちら側の人間に話を聞かれるわけにもいかない。

 俺は草履に足を突っ込み、そそくさと玄関を出ていった。女王様に何回もコールさせてはまた罵られてしまう。


「もしもし女王様、こちら下僕」

『……誰が女王様よ。あんたみたいなへっぽこいかれぽんち、下僕に採用するわけないでしょ』


 コール数なんて関係なく罵られた。


「なんで来ないんだよ。しずくが寂しがってるぞ」

『あんたがいないおかげで仕事が捗っちゃって。山本さんの居場所が分かりそうなの』

「……山本の居場所が? まじでか」

『仲谷椛の素性というか、周りの人間についても色々と分かってきたから報告しとく』


 思わずギクリとする。優吏は俺たちが仲谷と一緒にいることを知らないのだ。

 もう決して近付くなとあれだけ釘を刺されたにも関わらず、今日一緒の宿に泊まるだなんてことを報告すれば……考えただけでも恐ろしい。


『まず、あんたが庭園で対象との接触を邪魔されたっていうスーツの男。十中八九、鏑流馬(やぶさめ)志信(しのぶ)っていう政治家だと思う』

「政治家……?」

『そう。しょっちゅう仲谷家に出入りしてるみたい。親族ではないけれど大分近しい関係みたいね。仲谷椛を同伴しての海外渡航歴もある』


 俺は思わず首をひねる。

 あのおっさんの貫禄からして政治家ということには頷ける。それに仲谷家の(あるじ)は有力財界人らしいので、政治家と繋がりがあるのもおかしくはない。


 だが、仲谷を同伴しての海外渡航歴──?

 おっさんと女子高生で仲良く海外旅行、というわけでもないだろうに。


「……まさか政略結婚とか? この現代に」

『いかにも童貞らしい妄想はやめてくれる?』

「その物言いに意義を唱えます。色々な意味で」

『……旅行ではないと思う。行き先が毎回同じだから。それも西ウェールズの片田舎』

「ウェールズ? なんでまたそんなところに……」


 ウェールズはイギリスを構成する四つの国の一つだ。自然豊かで世界遺産の城なんかもあって、確か海外旅行の行き先としても人気がある。

 だが目的地がいつも同じ、それも毎回田舎となると観光目的の旅行とは考えにくい。


「そこに仲谷家の親戚が住んでる……とか?」

『わざわざ政治家を連れて海外の親類筋なんて訪れないでしょ。家族や他の親族と一緒、っていうなら分からなくもないけど』

「あのおっさんと仲谷がどういう関係かにもよるな」


 あの訳の分からない蚊の話をした政治家が、仲谷と一緒にイギリスの片田舎に行く──その内情がまったく見えてこない。

 俺は何ともいえない気分になった。


『それでね、その行き先に、今度は山本さんも同行するみたい』

「……山本も一緒に……? それって確かな情報なのか」

『まだあやふやだから、ちゃんと調べてまた報告する。多分……』


 そこで優吏は一拍置き、改まるように言葉を継いだ。


『Culicidae-Humanoidっていうフレーズがヒントになると思う』


 唐突な横文字に俺は「ふぇ?」と間の抜けた声を発する。


「なんだよそれ。なんたらかんたらヒューマノイド……」

『Culicidae。一般的に蚊と呼ばれている昆虫の学名』

「蚊の、学名……」

『その言葉の意味はまだ分からないけれど、スーツの男──政治家である鏑流馬の組織に関連する何かだと思う。ただ──』


 そこで優吏の言葉が途切れた。何かを躊躇(ためら)うような気配が漂っている。


「なんだよ、らしくないな。報告があるならはっきり言えよ」

『……やっぱり何でもない。分かったらまた連絡する。それじゃ私忙しいから。慰労会楽しんで』

「えっ、おい、なんだよ……あっ、ていうか、ちょっと待った!」


 慌てて呼び止めると、しばしの間があった。


「おい、優吏……?」

『……忙しいって言ったの、聞こえなかった?』


 通話を切られずにホッとする。ただ、その声音にはどこか頑なな響きがあった。

 優吏は何を言いかけたのだろう。だが経験上、優吏が「何でもない」と言葉を引っ込めたからにはもう、いくら問い詰めても答えを言ってはくれない。

 それは仕方ないとして、俺にはもう一つ、どうしても聞いておきたいことがあった。


「えっと、あのさ。土産の希望ってある? 食いものでいいならこの辺りの名物の最中とか、あと煎餅なんかもあるらしいけど。それともアクセサリーとかスノードームとか、そういうやつがいい?」


 慰労会の土産。一人残って仕事をする優吏に、俺はせめて、少しでも喜んでもらえるものを買って帰りたかった。

 また少しの間があり、やがて優吏がため息を漏らすのが聞こえた。


『……それって、引き留めてまで訊くようなこと? 忙しいって言葉の意味を今すぐ辞書で調べてほしいんだけど』

「ま、まあそう言うなって、感謝してるんだ。俺たちを慰労会にほっぽり出してくれて。しずくは喜んでるし、俺も楽しめてるし、なんていうか、来てよかった」

『…………そう、ならよかった。お土産は何でもいいから。じゃあ』

「ち、ちょっと! 俺の気持ちを汲んではくれないんですかね!?」

『はぁ、めんどくさ。何でもいいものは何でもいいとしか答えようがないんだけど』


 丁寧に感謝を伝えたところで女王様は平常運転である。

 ちょっとした希望くらいは伝えてくれてもいいと思うのだが。……あまり押しつけがましいのもどうかとは思うけれど。


「うーん、じゃあさ、そっちに戻ったら息抜きにどこかに行くとかは? 優吏が行きたい場所ならどこでも付き合う。いえ、付き合わせてください!」

『あんたは今まさに息抜きしてるようなもんでしょ。帰ってからまたさらに息抜きするつもりなの?』

「そ、それは……」


 ぐうの音も出ない。優吏は今日も一人で調査を行っていて、そのおかげで山本の消息に関する進展まであったのだ。

 これはもう諦めて適当な土産でも探すか──と考えていると、優吏らしからぬ控え目な声で返答があった。


『…………うさぎカフェ』

「おおっ、えっ。うっ、うさぎ?」


 自分から希望を訊いておきながら、意外な返答に俺は戸惑ってしまった。


「わ、わかった。一緒に行こうぜ」


 俺は動物全般が苦手なのだが、こうなれば背に腹は代えられまい。


『……ほんと?』


 それはいつもの女王様とは思えない、喜びを滲ませた声音だった。


「お、おう。本当だ!」

『わかった。それじゃ』


 プツリと通話が切れ、俺はスマホを下ろしながら安堵のため息を漏らす。

 優吏の反応は少し意外だったが……喜んでくれるのなら願ってもない。


 俺は宿から見える海へと視線を移す。

 俺はこれからどうするべきだろう。優吏は依頼人の山本を助けるべく頑張ってくれている。ならば俺が、今の状況でできることはなんだ。

 今回の依頼はあまりにもナゾが多い──


 であれば、偶然かどうかはともかくここで仲谷と会えた今を、やはりチャンスと捉えて少しでもナゾに迫るべきかもしれない。

 ただコソコソしていても仕方がない──あちらが接触を拒まないのなら、こちらも堂々とコミュニケーションを取ればいいのだ。


 もっとも、それは俺の個人的な感情を差し置いた場合の話なのだけれど──。

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