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蚊らくり彼女  作者: ようへい
三章 蚊らくりの少女
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File04・奇怪な発言

 食事を終えた俺たちはひと休みの後、外湯へと足を運んだ。

 宿から徒歩三分程度にある温泉施設で、洋風ドライサウナや気泡風呂といった設備が充実した、温泉地でも人気の施設ということである。


 しずくとは四十分後に落ち合う約束をしてフロントで別れた。

 俺からすれば風呂に四十分は長すぎるのだが、しずくからするとそれでも短いとのことらしい。


 まあたまにはゆっくり風呂に浸かるのもいい。

 そんなふうに思いながら浴場に入り、適当な洗い場へと腰を下ろす。そうしてガシガシ頭を洗っていると、すぐ横に別の客が座る気配があった。


「よう小湊。また会ったな」


 聞き覚えのある声。泡まみれの中、薄目を開けて声の方を見ると、隣の洗い場で桶に湯を溜める中条の姿があった。

 筋肉質でほどよく隆起した浅黒い肌が印象的だ。ほっそりした文系教師のイメージがあったが体を鍛えているらしい。


「……どうも」


 最低限の返事をしてシャンプーを洗い流す。

 同じ宿に宿泊しているので風呂の時間や場所がかぶるのは仕方がないが、プライベート(俺にとっては仕事の一環だけど)なんだから極力放っておいてほしい。中条はつかみどころがないというか何を考えているかよく分からない教師で、個人的に苦手なのだ。

 さっさと体を洗って湯船につかるとしよう。


 ところがそんな俺の気持ちなど露知らず、中条はフランクに話しかけてきた。


「小湊とは一度ゆっくり話をしたかったんだ」


 俺は内心ため息を吐く。


「そうですか。面白い話なんて何も出てきませんが」


 対話のモチベーションが湧かないという心情を言外に込めておく。実際楽しい会話ができるとは思えない。

 ところが次のひと言は、そんな俺が予想だにしないものだった。


「小湊はこのところ仲谷椛と懇意にしているだろう」


 思わず体を洗う手が止まる。何故ここでその名前が出てくる?


「……懇意どころか、大した関わりもありませんよ」


 その意図をつかめないまま応じる。

 すると中条は「ははは」と声を上げて笑った。


「まあそう構えるな。単なる世間話だよ」


 言いながら、朗らかな笑顔をこちらに向けてくる。

 気付けば俺はたすき状にしたタオルを背中に当てたまま制止していた。


「……そうですか」


 それだけを返し、再び体を洗い始める。真意はともかく単なる世間話ということならまともに相手をする必要もない。

 中条はボディソープを手になじませていたが、その視線を再びこちらに向けた。


「ただ、関わりがないというのは嘘だろう。先日はちょっとした騒ぎになったからな」


 その言葉に俺は首をひねったが、ああそういうことかとすぐに得心した。

 中条は(くだん)の逃走劇――仲谷と走ったあの日のこと――を気にしているのだ。

 確かに目立ってしまった感は否めない。


「ああ、そのことですか。でも本当に友達でもなければ、彼女の連絡先すら知らないんです。変に注目を浴びたせいでたまに誤解されますけど」


 その言葉に嘘はない。俺は仲谷と友達ではないし、もちろん連絡先も知らない。

 だが中条は笑みを湛えたまま、わずかに首を傾げた。


「それではあの騒ぎの説明がつかないな。もう一度言うが、単なる世間話だから構える必要はないぞ。仲谷とはどういう関係なんだ?」


 ……世間話、と言うわりには妙にしつこい。


 俺は体を洗い終えると、桶の湯でそそくさと体を流して立ち上がった。これ以上この教師の会話に付き合うこともない。

 大体、本当にどういう関係でもないのだ。強いて言えば探偵と調査対象者という関係だが、それはまた別の話だろう。


「すみません、友人が待っているので」


 軽く会釈をしてその場を離れる。

 だがそんな俺を呼び止める、トーンの高い声が浴場に響いた。


「彼女はね、子を宿しているんだよ」


 驚いて振り返った俺を、中条がジッと見つめる。落ちくぼんだその目が何やら怪しい光を宿しているように感じられた。

 さっぱり要領を得ない言葉に、俺はただ押し黙るしかない。そんな俺に、中条は突拍子もない発言をさらに続けた。


「小湊、あれはお前が思うより特別な女だ。そのうちに分かる」


 この教師は何を言いたいのか──囁くような物言いに、妙な胸騒ぎを覚えた。

 奇妙なその不安から逃れるように、俺はその場を立ち去る。


 中条の視線が背中にまとわりつき、ぞくりと悪寒が走った。

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