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蚊らくり彼女  作者: ようへい
三章 蚊らくりの少女
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File03・不意の遭遇

 七月半ばの週末。夏休み前ということもあり、お目当ての宿泊施設は簡単に予約することができた。


 俺と太陽はまだ高校生なので、免許を保有しているしずくの車で目的地へと向かう。

 三方を海に囲まれた半島のリゾート地にある温泉宿で、壮大な海を臨める海岸線沿いにあるらしく、観光客に人気の宿である。


 いかにも気持ちの良い晴天。夏っぽい音楽がかけられた車内。

 運転席のしずくも助手席の太陽もノリノリである。一方、俺は後部座席で一人ふてぶてしく座っている。しずくは兎も角として、太陽は優吏に対する罪悪感とかそういうのはないのだろうか、まったく。


 そんな俺の心情を慮ってか、太陽がおもむろに振り返り、


「安心しなよ。優吏も来れそうだったら後から来るってさ」


 と言った。そんなこんなで車中で過ごすこと三時間あまり。

 やがて目的地の温泉宿へと辿り着いた。


「ふ~ん、温泉宿っていうから広いのかと思いきやこじんまりとしてるな」

「まあ温泉宿っていっても外湯だしねぇ」

「しんしん、見て! 海、海っ! 近っ!」


 しずくが陽の光に煌めく海に目を輝かせながら、俺の肩を興奮気味に叩く。

 普通に痛いが興奮する気持ちは分からないでもない。都会の住宅地に生息する俺たちのような学生にとって、こういうイベントでもない限りは海に接する機会なんてまずないのだ。


 俺たちは宿に荷物を預けるとすぐに観光へと繰り出した。

 有名な灯台を訪れてみたり、牧場で羊や馬などの動物と触れ合ってみたり、人気の道の駅でソフトクリームを食べてみたり。てっきり海に入るのかと思ったが、しずくはそのイメージにそぐわず、水着になったり泳いだりするのは苦手とのことである。


 なんだかんだ楽しい時間は短く感じるもので、日はあっという間に暮れ、俺たちは宿に戻ることにした。

 そうして到着した頃には、食事の時間を少し過ぎていた。


「あ~あ、遊びすぎてご飯前の温泉に入りそびれてしもうた」


 食堂に入るや否やしずくが愚痴る。

 予定では夕食の一時間前には宿に戻り、温泉に浸かってから夕食をとり、寝る前にも二回は温泉に浸かり、さらには翌朝にも温泉に浸かるつもりだったという。


「そこまで温泉好きとか婆さんかよ。いかにも現代っ子ふうな見た目してるくせに」

「しゃあしかね。言うとくばってん温泉好きに年代とか見た目とか関係なかけんね」


 しずくの言葉に太陽がうんうん、と相槌を打つ。


「僕もそう思うなぁ、温泉はいいものだよ、心」

「太陽は内面が爺さんだからなぁ……」

「しんしんだって高校生のくせに若々しさとかそげなん皆無やけど」

「女子大生なのに海より温泉が好きでギャルっぽいのに泣き虫のしずくには言われたくない」

「もう言いすぎ! むかつくっちゃんね!」


 しずくがワンツーパンチをかましてくる。まあ優吏の攻撃に比べれば可愛いものだ。

 そんなこんなで食堂のテーブルに着き、配膳を待つ。


「……そういえば優吏は? どうせ来ないだろうけど」

「……連絡はしてみたけど返事はきてないね。しずくちゃんと同室で予約はしたんだけど」


 太陽はスマホを確認しながら残念そうに言った。

 にわかにしずくが「えっ、えっ……」と焦り始める。


「えぇ、優吏ちゃん来れんかったら、うち部屋に一人になってしまう。……男部屋にお邪魔してよか?」


 まったく、この女子大生はどこまで警戒心が緩いのか。


「男女同室とかだめだめっ! 絶対だめ! 太陽もいるんだぞ!」

「う~ん、僕は構わないけど。心がウブだからねぇ……」


 そんな馬鹿話をしているうち、料理は次々と運ばれてきた。お刺身に揚げ物にすき焼き鍋。小さな宿だがなかなかに豪華である。

 しずくは軽口を叩きながら料理をぱくぱくと食べた。瓶入りのオレンジジュースをおかわりするあたり、年上なのに子供みたいである。


 ……まあ元気そうでよかった。


 優吏を残して来るのは後ろめたいが、しずくにとっては良い気分転換になっていそうだ。

 もちろん胸中穏やかではないかもしれないが、想い人のことを引きずっている様子もなく、着実に片想いの呪縛から逃れつつありそうだ。


 そんな少しばかり繊細な博多ギャルを眺めていると、ふいに後ろから名前を呼ばれた。


「小湊じゃないか。それに長澤も」


 振り返ると、そこには見慣れた教師の顔があった。


「中条先生……?」


 意外な場所で意外な人物と遭遇した。

 中条はうちの学校の一般クラスを担当する英語教師だ。どこか陰のある雰囲気の地味な教師だが、南アジア系のハーフだとかで、日本人離れしたイケメンで女子たちに密かに人気がある。


 驚きを隠せないまま質問を投げかける。


「……どうしてここに?」

「どうしたもこうしたも、個人的な旅行だよ。僕も驚いているんだ」


 驚いたといいながら、平然とした口調で中条は言う。

 突然の対面に俺が口ごもっていると、太陽がワオ、と驚きのジェスチャーを交えてコミカルな挨拶をした。


「Fancy meeting you here! 先生、奇遇ですねぇ」


 とても流暢とはいえない英語に中条が笑う。


「ははっ、発音に問題はあるが使い方は間違っていないぞ、長澤」

「優秀な教師である中条先生に教わっていますからねぇ」

「そうか? しかしそうなると発音の方は教師失格ということになる」


 笑いあう中条と太陽。

 ふとしずくを見ると、所在なさげに俺たちのやり取りを眺めていた。


 それに気付いてか、中条は「おっと邪魔してはいかんな」と言うと、片手を上げてその場を離れていった。カウンターでビールを注文して自分のテーブルに戻っていく。一人旅なのか、同伴者らしき人物は見当たらなかった。


 この不意の遭遇に、俺と太陽は改めて視線を交わす。

 しずくはジュースをコップに注ぎながら、首をかたむけた。


「イケメンのせんせーやなあ。ばってん、夏休み前の中途半端な時期に、地元から離れたこげん宿で会うって……ちょっと奇遇すぎるんやない」

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