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蚊らくり彼女  作者: ようへい
二章 恋煩う
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File04・駆け落ちる

 俺は吹き飛び、ジェットコースターのように揺れる視界の隅に、金髪イケメンの姿を捉えていた。


 ──瀬崎玲於。

 不格好に地面に放り出されながら、どうやらソイツに蹴り飛ばされたらしいことに気付く。


「玲於! なんてことを!」


 仲谷が悲鳴を上げて俺のもとに駆け寄ってくる。

 しかし瀬崎がその間に入って両手を広げ、彼女の動きを制した。


「お嬢さま。お一人で何をなさっているのですか」


 詰問口調で言い放つ。


 そんな瀬崎を尻目に、太陽が「やれやれ」と呟きながら俺を掴み起こしてくれた。

 汚れた尻をはたきながら、いけ好かない金髪を見やる。

 姿が見えなくてつい安心してしまっていたが……やっぱりいやがったのか、コイツ。


「……普通さ、学校の用務員が生徒さまに暴力ふるう?」


 俺の正当な申し立てに、仲谷もこくりと同意した。


「そうです玲於、謝ってください」


 しかし瀬崎は凛としたその声にも動じず、据わった目つきで俺を睨みつけると、おもむろに中指を立てた。

 ……この野郎。


「玲於!」


 その行為を咎めて声を上げる仲谷に、瀬崎はくるりと振り返って口を開く。


「困るんですよお嬢さま。身勝手な行動をされると私たちの立場がなくなります」


 その口ぶりからして、もはや自分が彼女の護衛であるのを隠すつもりがないようだ。


「……それは謝ります。でも心さまは絡まれていた私を助けてくださったのです」


 そう仲谷が主張すると、瀬崎が冷淡な視線をこちらに向けた。


「そうだな、一応礼は言っておいてやる。けどな……」


 言いながら、俺に向かって顎をしゃくった。


「もとを正せばこれもすべては貴様のせいだ」


 その物言いに俺は眉をひそめる。


「……どういう意味だ?」


 瀬崎はふんと鼻を鳴らして腕を組んだ。耳のピアスが陽光に反射してきらりと光る。用務員のくせに幾つピアスつけてるんだよ、コイツ。


「いるんだよな、こういう奴。無自覚に他人を振り回す、はた迷惑な人間がよ」


 瀬崎は吐き捨てるように言うと、仲谷の肩にぽんと手を置いた。

 そうして彼女を促すように歩き出す。


「おい、なんだそれ。ちょっと待て……」


 聞き捨てならぬことを言われた俺は、引き留めようと後を追う──その刹那、ゴウ、という風切り音と共に眼前に閃光が走った。

 顔の数ミリ先を掠める完璧な回し蹴り。


 その蹴りを放ち、残心の構えのまま異様な殺気を迸らせる瀬崎に、俺は両手を上げる。

 こんなの食らったらまじで死んでしまう。

 ところが瀬崎はその殺気を鎮めることなく、白旗を上げる俺にツカツカと歩み寄ってきた。


「……やはり身体に教え込んでおく必要があるか」


 その金髪が心なしか逆立っているように見える。

 まるで獲物を狙う野獣のそれに、俺は情けなくもヨタヨタと後退った。


「げっ、なんでなんで? ちょ、待った待った!」

「玲於! やめなさい!」


 仲谷が慌てて間に入るも、その体をグイと瀬崎が押しのけた。


「いいから、お嬢さまは下がっていてくださいよ」


 ……これはまじなやつだ。

 俺は白昼堂々校内で暴力をふるわれるのか? それも学校の職員である用務員に。


「安心しろ、騒ぎがデカくなりすぎない程度には加減してやる」


 揺れる金髪の隙間から、獲物を狩る獣の眼光が見え隠れしている。さながら餌のインパラを目の前にしたライオンそのものだ。

 しかし俺はインパラとは異なりこの場から逃げだすこともできやしない。これはもう、やられるしかないのか……


「さすがに見過ごせないなぁ。やめないなら僕がお相手するけど」


 そう言ってライオンとインパラの間に割って入ったのは、頼れる友人・太陽である。

 そうだ、体力馬鹿のこのお方がいた。格闘技オタクで強い、俺の大親友さまが。


 しかし安心も束の間、瀬崎は野生動物よろしく金髪を振り乱し、物凄い勢いで飛びかかってきた。

 スパン、と乾いた音が鳴り響く。瀬崎の蹴りを太陽が腕一本で受け止めていた。


「……女の人に手を上げる趣味はないんだけどなぁ」


 その呟きでこの金髪イケメンが女だったことを思い出した。

 次の瞬間、太陽は相手の顎を目掛けて(てのひら)を突き出す。いわゆる掌底打ちというやつだ。

 しかし瀬崎はそれを難なくいなすと、怪しげに目を細めた。


「女とか男とか、時代錯誤なことを言うんだな、お前」

「……ふぅーん、やるねぇ。ここまでの使い手なら手加減無用かなぁ。敬意を払うという意味でね」


 言いながら太陽は親指をペロリと舐めると、


「無月学院高校二年・長澤太陽」


 と名乗りを上げた。

 すると金髪イケメンも満足げに目を吊り上げ、


「無月学院高校用務員・瀬崎玲於」


 と単なる役職でしかない肩書きを名乗る。

 やがて本格的な格闘が始まった──


 フェイントを交えた太陽の蹴りをすれすれで躱わす瀬崎。切り返しのニールキックを両腕をクロスさせて受け切る太陽。

 しばしの間があって、二人はさも嬉しそうに口の端を吊り上げた。


 ……おいおい、「ニヤリ」じゃないよ。

 同じ高校の学生と用務員のくせにバトル漫画みたいな攻防を繰り広げるんじゃない。


 ――しかしここで、新たな声が彼らを制止した。


「ちょっと姉さん! 何をしてるの!」


 その声の主は山吹幸子だった。少し離れた場所で、驚くようにこちらを見つめている。

 おさげ眼鏡まで現れたか。こうなるともう滅茶苦茶だ。俺はもう白旗を上げて行く末を見守るしかない。


 ――と、思ったその時だった。


「……うぇっ?」


 唐突に手を握られた俺は、素っ頓狂な声を上げていた。

 手を引かれるまま走りだし、勢いそのまま階段を駆け下りる。握られた手を辿ってその主に目をやると、仲谷椛の後ろ姿があった。


「お嬢さま!?」


 瀬崎のヒステリックな声が背後で響く。

 追いかけようとして誰かに制止されたのか、怒号、もしくは悲鳴のようなその声は、みるみるうちに俺たちの背中から遠ざかっていく。


 手を引いて前を走る仲谷の、揺れる黒髪を見つめながら、俺はただ無心に走った。

 やがて正門にたどり着くと彼女は立ち止まり、俺をくるりと振り返った。


「心さま。私をエスコートしてください」


 そう口にした彼女は、幼い少女のような、純真無垢な笑顔を浮かべていた。


 ふと気付けば騒ぎを嗅ぎ付けた野次馬たちに囲まれている。

 騒ぎの中心が仲谷椛であることに気付いた野次馬たちは、その驚きの声を隠そうともしなかった。


 ――あれって仲谷さん? うそ、男といる。

 ――綺麗だね。リアルにお姫様みたい。

 ――なになに、うわ、仲谷さん……と誰?

 ――え、うそ、今、男と手繋いでなかった?

 ――お前、仲谷さんに触ったことってある?

 ――あの横にいる奴って、まさか、彼氏?


 興味、驚嘆、嫉妬、羨望。

 さまざまな感情が入り混じった視線が俺たちをグルグルと取り囲む。なんだか目が回ってしまいそうだった。


 ふと視線をその後ろに向けると、駆け下りてきた階段の上段におさげ眼鏡──山吹幸子の姿があった。

 ブレザーのポケットに両手を突っ込み、ただ俺たちを見下ろしている。


 何が起こっているのかさっぱり分からない。

 その錯乱している俺の耳に、澄みきった声が囁きかける。


「手を貸してくださいませんか」


 俺は自然と、差し出されたその手を取っていた。群衆からどよめきが起こった。

 彼女は少女のように笑って、また走りだし、俺を連れて正門を飛びだしていく。


「……や、やばくない?」

「よろしいではないですか。いかにも青春という感じで」


 俺と彼女はそのまま全力で走った。

 すぐに息切れしてしまい、走りながら息継ぎするかのように、会話を続ける。


「すみません、私の我がままに、お付き合い、いただいてしまい」

「これって、俺、共犯に、されてる?」

「申し訳ないのですが、そういうことに、なります」

「しかし、これから、どこへ?」

「わかりません、とりあえず、人のいない、場所に」

「それって、迷子に、ならない?」


 ぜえぜえと息が苦しい。

 けれど彼女は息せき切って走りながら、さも嬉しそうに言った。


「迷子に、なりたいのです」

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