Battaglia del Rosario. ロザリオの攻防 i
怪物の屋敷の玄関先。仮面を付けた女性使用人は、マルガリータの顔を見ると戸惑ったように口元に手を当てた。
そそくさと一礼すると、マルガリータを置き去りにして奥に消える。
しばらくして入れ替わりに現れたのはカルロだった。
「チャオ、ガリー。どうしたの?」
身形の良い服装で品良く出迎える。
差し入れの件について、即座に非難したいのをマルガリータは抑えた。
相手はいつからとも知れない大昔から生きている怪物だ。
こちらを騙す機会を狙ってる。感情的になったら負けだわ。マルガリータは自身にそう言い聞かせた。
「聖カテリーナ女子修道院から参りました。マルガリータ・ディ・ジョヴァンニと申します」
そう他人行儀に切り出し、マルガリータはカーテシーの挨拶をした。
「知ってるよ」
「昨日、ケーキを差し入れしていただきまして。まずはお礼を」
「まあ、君の食べ残しだけどね」
はははと爽やかに笑って、カルロはマルガリータを屋敷内に促した。
「お茶でも」
「お構いなく」
「あ、ミルクがいい?」
すでに揶揄い口調になりかけている。
負けるもんですか。マルガリータは深呼吸をした。
「ここで結構です。すぐにお暇致しますわ」
「ああ、そう」
カルロが素直にそう返す。
勝った。マルガリータは内心で勝ち名乗りを上げた。
この調子で冷静に対応すれば、誑かされることもオモチャにされて遊ばれることも無さそう。
「ひとことだけ注意をしに参りましたの。敬虔なる修道女たちをわざわざ誑かしに来るのは控え……」
「ロザリオ、ちゃんと保管してるからね」
カルロがそう切り出す。
「……え」
マルガリータは目をぱちくりとさせた。
「忘れて行ったよって前に伝えたよね?」
「あ……」
すっかり忘れてた。マルガリータは呆然とした。
信仰が足りないせいではない。絶対。ロザリオが無くてもお祈りはできる。
微笑するカルロと目が合う。
まずい、負ける。
マルガリータは慌てて態度を取り繕った。
「お手数をおかけしました。持って来ていただけます?」
「それがね……」
深刻な表情でカルロが腕を組む。
「ああいう神聖なものは、僕たちには触れられなくて」
「え……」
「この前お茶を飲んでいたリビングにあるから。ガリー、自分で持って行ってくれる?」
この前のリビング。マルガリータは頭を僅かに傾け、玄関ホールの奥の方を眺めた。
結構奥といえば奥の方の部屋なのよね。
非難の言葉を伝えてさっさと帰るつもりでいただけに迷う。
「例えばハンカチに包むとか。それでも無理?」
マルガリータの提案に、カルロは首を振った。
「何ならわたしのハンカチを貸すわ。修道女のものなら少しは」
「無理だね。神の力が強すぎて」
カルロは肩を竦めた。
「触れたら火傷する」
マルガリータは再び玄関ホールの奥を眺めた。
「……分かりました。持って帰ります」
「ごめんね」
カルロが微笑し屋敷内へと促す。
促す仕草に確かに品がある。貴族の子弟に成り済ますくらい可能だろう。
だからといってこんな不埒な怪物に頬を染めるなんて、女子修道院の皆さまもどうかしている。
玄関ホールから続く紅い絨毯の敷かれた廊下を、マルガリータは仕方なくカルロの後に付いて行った。
「そういえば、昨日の従者の方々は? 見た目は普通の人間だったけれど、あれも死人?」
「あれは生きた人間」
前方を歩きながらカルロが答える。
「知り合いの芸術家の卵と、貴族の家の五男だよ」
マルガリータは、ごくりと唾を飲んだ。
「け、契約とか、そういうもの?」
「そんなの無いよ。僕らを暇を持て余した貴族家の次男か三男だと思っていて、たまに遊びの提案に乗ってくれる」
マルガリータは、唇をわなわなと震わせた。
遊びって。
清らかな女子修道院に偽りの身分で乗り込んで、修道女たちをごとごとく虜にするが遊びって。
神に仕える者を堕落させて喜んでいるんだわ。悪魔のごとき者たちだとマルガリータは思った。
見てなさい。
マルガリータは表情を引き締めカルロの背中を見た。
ロザリオを取り返したら、その場で神の力において撃退してやる。
自分から弱点を白状するなんて、カルロも間抜けね。マルガリータは勝ち誇った笑みを浮かべた。
覚悟するのね。
リビングまで続く華やかな内装の廊下。
マルガリータは前方を姿勢よく歩くカルロの背中を睨み付けた。