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怪物のお茶会においで  作者: 路明(ロア)
Festa di tè 2 誘惑のケーキを召し上がれ
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Buon appetito in torta della tentazione. 誘惑のケーキを召し上がれ

 昼過ぎ。聖カテリーナ女子修道院内の空気は華やいでいた。

 院内で私語を話すことは慎むよう言われているのだが、静かな中にも甘く浮かれた空気をマルガリータは感じた。

 頬を赤くして歩く者や、口元の弛みを噛み殺している者。

 外はよく晴れていて、陽射しも穏やかだ。

 ふわりとした風に、咲き始めた中庭の薔薇の香りが混じる。 

「気のせいか、皆さまの様子がいつもと違うような。何かあったのですか?」

 厨房の手伝いに来たマルガリータは、先輩にあたる修道女に尋ねた。

「ケーキの差し入れがあったそうですわ。とても綺麗なケーキで」

「まあ、そうですの……」 

 マルガリータは相槌を打った。

 怪物(モストロ)の兄弟のところで食べ損ねたケーキをまた思い出してしまう。

 惜しかった。

 取ってあると言われたが、相手は怪物だ。絶対に罠だろう。

 騙されるものですか。マルガリータは内心で徹底抗戦を宣言した。

 ケーキはとても惜しいが。 

「よほど美味しそうなケーキなのですね。廊下を歩いていても皆さまとても嬉しそう」

「嬉しいというか、その」

 先輩の修道女は口元を抑えて俯いた。

「持っていらした方が……匿名の貴族の方らしいのですが」

「そうですの」

 マルガリータは頷いた。

「修道院にそんな細かい気配りをしてくださるなんて、立派な方ですわね」

「立派……やだ」

 先輩の修道女は、赤くなり向こうを向いてしまった。

「ソレッラ・マルガリータ、男性のお身体についてそんな如何(いかが)わしいことを言うものでは」

 マルガリータは、ぽかんとした。意味が分からない。

「あの方、もう帰られるようですわ」

 三人ほどの修道女が、ぱたぱたと駆け足で厨房に入って来る。

 皆さまいつも静かに歩くのに。マルガリータは目を丸くした。

 一人の修道女が、玄関横に面した窓を覗きこむ。

「ここから見えますわ」

 他の修道女たちも窓際に駆け寄る。

 何が起こっているのかとマルガリータは戸惑ったが、とりあえず他の修道女たちの後ろから窓を覗いた。

 女子修道院の玄関前から正門まで続く通路。

 生い茂る木々の間から、上品な仕草で挨拶する男性が見えた。

 略式の正装に身を包み、整った顔に微笑を浮かべている。

 襟足の長めな濃茶色の髪が、優しげな中にも僅かな野性的な味を加えていた。

 両脇には従者らしい男性が二人。どちらも主人に合わせ折り目正しく礼をしている。

 マルガリータは頬を強張らせた。これ以上ないくらい目を見開く。


 カルロ━━━━━━!!


 脳内で声を上げた。

 修道院の玄関前にいるのは、間違いなくカルロだ。

 なな何しに来たのと、マルガリータは口をぱくぱくとさせた。

「素敵な方……」

 修道女の一人が楚々とした仕草で口元を抑える。

「あんな御方がいらっしゃるのね……見て。物腰の品格のありますこと」

 えええええっ。

 マルガリータは頭の中で大きな否定の声を上げた。

 あんな非常識な怪物のどこが良いの皆さま。昨日なんか、女子修道院内に無断で入って、しれっと修道女が食い放題とか言っていて。

「いけません皆さま、あれは!」

 マルガリータは、修道女たちの背中に向け叫んだ。

 怪訝な表情で修道女たちがマルガリータを振り返る。

「ソレッラ・マルガリータ、あの方をご存知ですの?」

 修道女の一人がそう尋ねた。

「まあ、どちらの御家の方? 御名は何ておっしゃるの?」

 他の修道女たちが色めき立つ。

 皆、微かに頬が紅潮していた。

 女子修道院は、良家や裕福な家の子女ばかりだ。幼少の頃に入れられた者も多く、世間知らずで男性に免疫がない。

 ここは、はっきりとお教えして皆さまの危険を回避して差し上げなければ。マルガリータの心に使命感が湧いた。

「知っています。城壁のそばに住む怪物(モストロ)の一人です。修道女を(たぶら)かして、く、食ってしまう不埒な(はやぶさ)です!」

 修道女たちは、ぽかんとした表情でマルガリータを見た。

「綺麗で美味しそうなケーキで釣り、いい匂いの花茶とか、可愛らしい紅色のカップとか……」

「ソレッラ・マルガリータ、薬湯をお持ちしましょうか?」

 修道女の一人が言う。

 他の修道女たちも心配そうにこちらの顔を凝視している。

 なぜ薬湯。マルガリータは眉を寄せた。




 夕飯時。テーブルのあちらこちらから、花やいだクスクスという笑い声が漏れていた。

 修道女全員で分けるとケーキはかなり小さくなってしまったが、それでも口に含むと彼女たちは、お互いに顔を見合せ頬を染めたりして、恥ずかしそうに口元を抑えたりしている。

 食事時には私語は控えるものとなっているので静かなのだが、目と目でカルロの噂をし合っている感じだ。

 マルガリータは質素な長テーブルに着いた修道女たちを見回した。

 小さな灯りで照らされた薄暗く殺風景な食堂広間。

 姉妹(ソレッラ)と呼び合う方々とはいえ、堕落した様子を内心で非難ながらマルガリータはミネストローネを(すす)った。

 ここは女子修道院では。

 神に仕え、貞節を保つ清らかな女性たちの住み処のはずでは。

 修道女が若い男性を見ることは滅多にない。珍しいというのもあるのかもしれないが。

 皆さま堕落なさっている。

 スプーンを握った手につい力が入る。

 わたしはケーキに誘惑はされても、あの二人の男性としての誘惑には決して乗らなかった。

 それ以前に誘惑されていない気もするが。

 やはり皆さまのこのご様子は、あの怪物(モストロ)たちの巧妙な罠と得体の知れない魔力によるものなのかしら。

 純粋で清らかな彼女たちであるからこそ、(たぶら)かされてしまうのか。

 やはり許せないわ。ふしだらな怪物。

 クスクスと浮かれた笑い声を聞きながら、マルガリータはミネストローネに浮いた春人参(にんじん)を睨み付けた。





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