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怪物のお茶会においで  作者: 路明(ロア)
Festa di tè 1 野薔薇の女子修道院
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Monastero della rosa selvatica. 野薔薇の修道院

 女子修道院の中庭。庭中に植えられた薔薇の木を朝露が濡らしていた。

 春とはいえ早朝は少しひんやりとしている。

 マルガリータは、回廊の掃除をしながら咲いた薔薇の数を目で数えた。

 まだ数輪。

 ここに植えられているのは、野薔薇に似た小さく可愛らしい種類の薔薇ばかりだ。

 満開の時期には木を覆うように咲き見事な眺めになる。

 数ある女子修道院の中から聖カテリーナ女子修道院を選んだのは、実はこの中庭の薔薇の満開時の眺めに一目惚れしたというのもある。

 上空を大きな鳥が飛んでいた。

 (わし)か、(たか)だろうか。

 城壁内であんなに大きな鳥を見かけるのは珍しい。

 真っ青に晴れた空を悠々と旋回する姿は爽快だ。

 ついじっと眺める。修道院の上をいつまでも旋回していた。

 よほど気に入った眺めなのか、獲物でも見つけたのか。

 突如、鳥がこちらに向けて急降下した。

 マルガリータは目を見開き、全身を硬直させた。

 手にしていた(ほうき)を構えるべきかどうか迷ったが、間に合わない。鳥は凄まじい速さで中庭を横切ると、回廊内に侵入した。

 ダークブラウンの大きな羽根を広げマルガリータの目の前を飛行すると、空中でぐにゃりと姿を歪ませる。身形(みなり)の良い青年の姿に変化し、回廊の床に着地した。

「ガリー」

「ひっ」

 カルロだった。

 おかしな声を上げマルガリータは後退る。

「ふふふふふふふふ服っ!」

「着てるよ」

 カルロは上着の合わせを摘まんだ。

「僕は兄さんと違って、服が破れたりはしないんだよね。理由は謎だけど」

 カルロは中庭を見渡した。

「というか、問題そこ?」

 はっとマルガリータは(ほうき)を構えた。

「たたたた他人のふりしてください! 女子修道院に男性を連れ込んだなんて思われたら!」

「男性がいるだけで大騒ぎだと思うけど」

「じょ、女性に化けることは出来ないの?!」

「出来たら、修道女食い放題だねえ」

 カルロは大声で笑った。

 ファウストと比べると紳士的に見えるカルロだが、こういう台詞を言うあたりはやはり兄弟だ。

「何の用? 報復に来たの?」

 マルガリータは両手でグッと(ほうき)を握った。

「昨日のケーキ、まだ取ってあるから食べにおいで」

 カルロが言う。

「わたしは五十年前のご令嬢とは違う。(たぶら)かされて食われたりはしないわ!」

「早く食べないと(かび)が生えるから……」

 カルロが宙を見上げる。会話が全く噛み合っていないことに気づいたらしい。

「……何の報復?」

 カルロが怪訝そうな顔をする。

「わ、わたしにロザリオで退治されそうになった……」

「退治というか、乱入」

 言ってからカルロは「まずい」という風に口を押さえた。

 乱入と言わないのが彼なりの気遣いらしい。基準がいまいち解らないが。

「わたしは、あなたたちに騙されはしないわ!」

 マルガリータは胸元のロザリオを手に取ろうとした。

 が。

 すかすかと空しく手を動かす。

 ない。

「あ、あら?」

「ロザリオなら、うちに忘れて行ってたよ」

 修道服の胸元を覗き込みカルロが言う。

 マルガリータは耳まで熱くなったのを感じた。

「わ、わたしからロザリオを奪って何をしようっていうの!」

「というか、ロザリオを忘れたことに一晩気付かなかったの?」

 カルロは長身の身を屈ませ、子供に言い聞かせるように目線を合わせた。

「修道女向いてないんじゃないの、ガリー」

「そっ」

 マルガリータは声を上げた。

「そんなことないわ。神に仕え人々のために生きたいという意思は固いつもりよ!」

「やっぱり面白いなあ」

 カルロがくすくすと笑う。

 お、面白いってなに。

 マルガリータから離れ回廊内を歩き始めたカルロを、マルガリータは目で追った。

「あまりうろうろしないで。誰かに見つかったら本当に……」

「ソレッラ・マルガリータ、お客様がいらしているのですか?」

 ひっ。

 マルガリータは声にならない声を上げた。

 修道院長の声だ。

 回廊の向こう側から優雅な仕草の年配女性が姿を現す。

 六十半ばの年齢だが、綺麗な三日月型の眉と大きな青い瞳、通った鼻筋は、若い頃にはさぞや美しいかっただろうと想像できる。

 回廊は面会に使われることもあるので、外部の者がいることもあるのだが、それでも誰にも知らせていない男性の来客はまずいだろう。

「あ、あの、これはしんっ、親戚の」

「あら、その鳥は」

「え」

 マルガリータは、修道院長の視線を目で追った。

 濃褐色の大きな鳥が聖母像の足元に停まっている。

 よかった。咄嗟に化けてくれたのね。マルガリータは胸を撫で下ろした。

「し、親戚の鷹匠が飼っている鷹でして」

 マルガリータは慌てて取り繕った。

「それは(はやぶさ)ね」

 修道院長がにっこりと笑う。

「え」

 聖母像の足元に停まる隼に、含み笑いをされた気がする。

 隼の表情なんか分からないが、絶対にそんな気がした。

「鷹匠が飼っているのは、鷹よ」

 修道院長がまたにっこりと笑う。

「え、えと」

 ともかく男性を入れてしまったことがバレたら大変。そう思うあまり、どう取り繕っていいのか分からなくなってきた。

「よ、よく見たら、知らない鳥でした」

「そう」

 修道院長が答える。

 すんなりと誤魔化せたことにマルガリータは拍子抜けしたが、ともかくホッとした。

 隼がニッと笑った気がする。不意に羽ばたくと、マルガリータの肩に停まった。

「えっ、ちょっ!」

 大きな翼で何度も視界が遮られる。マルガリータはあたふたと足を動かした。

 こんなに近くで接触しても、意外にも野生の獣の匂いは無い。むしろ香水でも付けているんだろうかと思うような、ちょっといい匂い。

「あら、ずいぶん気に入られたのね」

 修道院長は品の良い青い目を見開いた。

「違います! こんな鳥知りません、他人です!」

 マルガリータは肩を大きく振り、隼を振り払おうとした。

 そのたびに隼は大きな翼を広げてバランスを取り、飛び立つことも落ちることもなく留まっている。

 立場を守ってくれようとしているのか、悪くさせようとしているのか、まるで分からない。

「でも」

 修道院長は改まった表情で手を組んだ。

「隼とはいえ、男性が女子修道院に無断で入るのは感心しないわね」

 そうと告げる。

 修道院長すごい、隼の性別が分かるなんて。

 本当に教養豊かな方なんだわとマルガリータは改めて尊敬した。

「そ、そうですよね。わたし追い出しておきます」

 玄関先に連れ出そうと、マルガリータは回廊を歩き出した。

「大丈夫よ。これで済むわ」

 修道院長は首を前に傾け、修道服の下に付けていたペンダントを外した。

 小振りながらも数種類の宝石で飾られ、どこかの御家の紋章のようなデザインが施されている。

 非常に高価なものだと推測できた。

 ペンダントを隼の(くちばし)の前に差し出す。

「巣にいる兄弟に持って行きなさい」

「え、修道院長?」

 マルガリータは困惑して声を上げた。

「そんな高価そうなものを」

 違う。鳥という前提で話さなければと思う。

「いえあの、隼はそんなもの食べません」

 (からす)でもあるまいしと付け加えたところで、頬を軽くつつかれた。

 隼がペンダントを咥えて飛び立つ。

 来たときよりも満足げな飛び方に見えた。





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