Continua Festa del tè. お茶会はまだ続く ii
「マリア・ロレイナ」
ノックをし修道院長室に入ると、窓際のテーブルで兄ファウストとマリア・ロレイナがこちらを見た。
「やっぱり兄さん、来てた」
カルロは微笑みかけながら二人に近づいた。
「お前にはその他大勢の修道女やるから、マリア・ロレイナは俺のな」
「唐突になに言ってんの」
カルロは眉をよせた。
「そうですよ、いい加減にしなさい。修道女をものにするだのなんだの」
マリア・ロレイナがテーブルの上の紅茶を飲む。
「おっ、マリア・ロレイナがペッタンコ胸みたいなこといいやがった」
ファウストが金色の目を丸くする。
「あなたたち、本当に変わらないわね」
「君も。紅茶を淹れる手つきが、むかし教えた通りなのは嬉しかった」
カルロはマリア・ロレイナの手元を見た。
「見た目はババァになったけどな」
ファウストがテーブルに肘をつく。
「兄さん」
カルロは顔をしかめた。
「俺はそんなもん気にしないのに、何で出ていきやがやった」
ファウストがマリア・ロレイナを真っ正面から睨みつける。
「兄さん。僕が来たときにわざわざ始める会話?」
カルロは眉をよせた。
「お前も問いつめたいとこだろ。俺にこいつ取られたんだし」
ファウストが言う。
「いや昔のことだし……」
カルロは呆れて兄を見た。
確かに始めは自分に興味を持ってくれていたらしいマリア・ロレイナが、徐々に兄と親しくなりだしたのは、少々落ちこみはしたが。
その後に好きになった子もいるし、今はマルガリータがいる。
そもそもが兄とは一心同体なので、気持ちが分からなくもないんだが。
マリア・ロレイナは、紅茶を口にした。
「……女心の分からない唐変木」
そう言い、カチャッと紅茶のカップを置く。
「答えねえつもりか」
「いま答えたでしょ」
マリア・ロレイナが眉間に皺をよせる。
「てめえが答えるまで、何百年でもここに通いつめてやるからな」
「答えたじゃないの」
マリア・ロレイナがそう返す。
「兄さん」
カルロは横から呼びかけた。
「もう答えは分かったよ。あとまだ用があるの?」
ファウストがマリア・ロレイナの顔を見据える。
「俺はまだある」
「じゃ、僕先に帰ってるから。ガリーに留守番させて来たし」
カルロはきびすを返した。
「あのペッタンコ胸は、一人で留守番もできねえの」
「一人にさせたくないんだよ、心配で」
カルロは答えた。
「カルロ」
マリア・ロレイナが呼びかける。
「パオロ司祭が脱獄していたってファウストから聞いたわ。ソレッラ・マルガリータはその後どんなご様子?」
言いながらゆっくりと紅茶を口にする。
「今は元気だよ。直後はちょっと震えてたけど」
カルロは答えた。
「彼女さえよければ、こちらとしてはそろそろ名前と年齢を変えて戻れるように取りはからってもいいのだけれど」
「悪いけど僕がお断り。彼女は修道女は向いてない」
そうカルロは答えた。
「それは言えてる」
ファウストがテーブルの上にあった焼き菓子をつまむ。
「今度こそ一生僕のそばにいてもらう」
カルロは言った。コツコツと靴音を立て修道院長室の出入口のドアに歩みよる。
「じゃ、また来るよ、マリア・ロレイナ」
修道院長室を出て、客用の廊下を通る。
玄関近くまで来たとき、カルロは一人の青年とすれ違った。
どこかで見たような気がする。
振り向くと、向こうもこちらを見ていた。
やや童顔に栗色の髪。背は高めだが、全体的に優しげな雰囲気だ。
「えと……確かモリナーリ家の方」
青年がそう話しかけた。
思い出した。
マルガリータの長兄、ミケーレだ。
積み荷の不正について調査していたさい、モリナーリ家を名乗って話を聞きに行った。
教会裁判所かもしれないと思われては、なかなか核心に近いことは話してはくれないだろうと思ったからだ。
「ああ……」
カルロは愛想よく笑い、手を差し出した。
「そちらの御家は、嫌疑が晴れたようで。良かったです」
「嫌疑も何も……。始めから構いなしという感じだったので」
ミケーレが握手に応じる。
「それは良かった」
カルロは笑いかけた。
「……あなたが、何らか口をきいてくださったのでは?」
ミケーレが問う。
「まさか」
カルロは笑った。
ミケーレが、何か複雑な表情でカルロの顔を見た。何か言いたそうにしばらく目を泳がせていたが、やがて口を開いた。
「一つ尋ねてもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
カルロは答えた。
「そちらのお屋敷に、木春菊の花はありますか」
カルロは目を見開いた。
謎かけだろうか。
マルガリータの行方について尋ねているのか。
カルロは少しの間、無言でミケーレと目を合わせていた。
「……なぜうちにその花があると?」
「何となくです。私は悪魔が摘んで行ったなんて話は信じない方です。教会にはお叱りを受けてしまうかもしれませんが」
カルロは、しばらくミケーレと目を合わせていた。
優しげに見えるが、意思の強そうな榛色の目は、マルガリータと同じだ。
伊達に商会を背負っているわけではないなと思った。
「……僕の転居先の城に植え替えました。今でも元気に咲いています」
「そうですか」
ミケーレは微笑した。
「感謝します」
そう続ける。「妹を」という風に声にはせずに口を動かしたあと、さらに告げた。
「……どうか、よろしく」




