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怪物のお茶会においで  作者: 路明(ロア)
Festa di tè 1 野薔薇の女子修道院
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La torta è più importante della fede. 信仰よりもケーキが重要

 聖十字架教会の礼拝堂で、マルガリータは天井まで伸びるステンドグラスを見上げた。

 イエスの一生の物語が順に描かれている。

 子供の頃から何度も見ているが、描かれている内容を読み取る前に美しさに圧倒されそうだ。

 ステンドグラスを通して射し込む陽光は、もう夕方のものだ。女子修道院の門限を少し気にし始める。

 教職の居住棟に続く扉が静かに開いた。

 入ってきたのは、高齢の司祭だ。

 細かい皺の刻まれた細面の顔、白い眉に隠れた目をマルガリータは尊敬の眼差しで見た。

「ソレッラ・マルガリータ、無事帰れて良かった。心配していました」

 (しわが)れてはいるが優しげな声で司祭はそう告げ、(ひざまづ)き台に手を置く。

「人々のお役に立ちたいと、わたしから申し出たのですから」

 マルガリータは緊張して微笑んだ。

 父の商売に昔から便宜を図ってくれていた司祭だ。

 父を挟んで挨拶したことはあったが、直接の会話をたのはこれが二度目。

 信仰に対する高い見識と、医学の知識を生かし無償で人助けをしていると聞いて尊敬していた。

 修道女になる決意を固めたのも、この司祭の生き方に憧れてのことだ。

「本来であれば、か弱い女性(にょしょう)のあなたに、危険な怪物退治などさせるべきではなかったのだが」

 パオロ司祭は首を振った。

「関係ありませんわ。わたしは司祭様のように、人のために生きたいと決意したのですから」

 マルガリータは凛とした表情で述べた。自分に酔う癖があるのではと十二歳年上の長兄に指摘されたことがあるが自覚はない。

「それで、怪物(モストロ)どもの様子は」

 司祭が問う。

「様子……ですか」

 マルガリータは、先程まで会っていた兄弟を思い浮かべた。

 綺麗なケーキが美味しそうだった。

 ケーキの上に乗った砂糖漬けのオレンジ、アーモンド。お茶とともに漂うジャスミンの花の香り。

 こうしていても(とろ)けるような甘い匂いと優雅なお茶会の光景が甦え……。

 違う。そうじゃないわとマルガリータは眉を寄せた。

「ええと……彼らは、その」

 怪物としては特に害は無いのではと言おうとしたが、よくよく思い出すと、かなり玩具(おもちゃ)にされていた気がする。

「ご、傲慢な性格ではあるようですわ」

 キッと表情を引き締めマルガリータは言った

 気を失っている修道女の横で昼寝をしていたというファウストは、特に失礼で良識を欠いている。

「女性に気を遣うという概念が無いようです」

「気を……?」

 司祭が不可解そうな顔をした。

 慌てて両手を振り、マルガリータは台詞を打ち消す仕草をした。

 退治しに行った怪物が、気を遣ったも何も普通ならあるはずもない。

「いえ、その」

 美しく美味しそうな菓子と花茶で持て成されて、うっとりとしていたなんて言えない。

「その、やはり下等な者達という意味です」

「そうですか」

 パオロ司祭が頷く。

「ですがあの、言い伝えられていることは、ど、どこまで本当なのかとか、あの」

 マルガリータは手元をもじもじとさせながら尋ねた。

 どうにも聞いていたものと印象が違い過ぎた。

「特にその……五十年ほど前に貴族の令嬢が(さら)われて食べられてしまった話とか。それは」

 本当にそのつもりなら、気を失っている間に食うことが出来たのでは。

 まさかその段になっても胸のサイズがどうとは言うまい。

「ソレッラ・マルガリータ、もしや彼らに(たぶら)かされたのではないでしょうね」

 パオロ司祭が白い眉を寄せる。

「え……」

「いや、失礼」

 司祭はゆっくりと首を振った。

「彼らは遥か昔から生きているのです。お若い方を騙すなど簡単でしょう。現にその貴族の令嬢も、何度も彼らと逢瀬を重ねていた末のことだったと聞いています」

 マルガリータは、ぞわりと鳥肌を立てた。

 そうなのね。一回目は返すんだわと思った。

 指先が震える。

 そうして安心させて、誑かされていく様を楽しむのかしら。

 マルガリータは唇を噛んだ。

 それにしても、あのケーキは惜しかった。

 食べ損ねてしまったのをつい悔やんでしまう。一口くらい食べてから帰れば良かった。

 そういえばお腹が空いた。

 考えてみれば今日は朝から怪物退治のことで頭がいっぱいで、食事時も上の空だった。

 人間って、許せない悪があってもお腹が空くのね。ついそんなことを考える。

 きっと信仰が足りないのだわとマルガリータは反省した。





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