Un falco pellegrino. 一羽の隼 iii
「マリオ司祭が知らせに来てくれた」
マルガリータの手を引いて森の中を歩きながら、カルロがそう話す。
「ケガをしてたけど動けるって言ってくれたんで、うちの御者と一緒に教会裁判所まで知らせに行ってもらったけど」
おとなの背丈ほどの大きさになったサーベルタイガーが後ろから付いて来る。
しばらく行ったところで服を手に待っていたモナ・アンジェリカが合流し、こちらに近づいた。
ファウストが変化を解き、人間の姿になる。
全裸のたくましい身体を平然と晒して近くの切り株の上に座ると、面倒くさそうに服を身につけ始めた。
「変化したままでもよくね?」
ファウストがぼやく。
「森から出たら大騒ぎになっちゃうよ、兄さん」
カルロがそう咎めた。
「ファウスト、着るの手伝ってあげようか」
レオナルドが牡山羊の姿でファウストの背中に覆いかぶさる。
「だああっ、うるせぇっ!」
ファウストが大きく身体をひねり振り払った。
「レオナルド、君もその姿じゃ兄さん以上に大騒ぎだよ」
「森から出るときに解くから大丈夫ぅ」
牡山羊がこちらに向けて手を振る。
恐ろしいサバトの牡山羊の姿なのに、可愛らしい子供の声ではしゃがれるとすごいギャップだわとマルガリータは思った。
「おいペッタンコ胸、感謝しろよ。俺さまが匂いたどって探してやったんだからな」
上着を羽織りつつファウストが言う。
外見だけは、良家出身のたくましい武人のように見える。
「あ……ありがとう」
そうマルガリータは言った。
ファウストが座った姿勢で後ずさる。
「素直に謝りやがった。気持ち悪い」
「どっちなのよ」
マルガリータは口を尖らせた。
「マリア・ロレイナなんて、謝ったことなかったからね」
カルロがクスクスと笑う。
「修道院長が? ご自分の非を認めないような方ではないと思うけど」
「兄さんには強気で言い返してたよ」
カルロがそう答える。
不意にマルガリータの顔をじっと見ると、カルロはおもむろに頬に手を当ててきた。
「……殴られたの?」
眉をよせる。
まだ跡が残っているのだと気づき、マルガリータは戸惑った。
「殴られはしてないわ。平手……さすがに手加減はしたんだと思う」
マルガリータは苦笑して答えた。
とはいえ、大柄な男性に思いきりひっぱたかれたのだ。何日か跡は残るのかなと思う。
「ばっかだな、本当お前。やり返す腕力もねえのにキャンキャン説教かまして奴らの神経逆なでしたんだろ」
ファウストが肩をすくめる。
「そういうことしたいなら、俺のマリア・ロレイナみたいに二丁拳銃ぶっぱなすくらいのこと覚えてからにしろよ」
ファウストがそう言う。
「いいじゃないか、兄さん。ガリーはガリーだよ」
カルロが微笑してそう返す。
「俺、先に行くからな。このあと寝たいし」
ファウストが面倒くさそうに立ち上がる。
上着の襟を両手で軽く整え、歩き出した。
「ぼくも」
いつの間にか幼い少年の姿になったレオナルドが、ファウストのあとについて行く。
「アンジェリカ、兄さんとレオナルドについて行ってあげて」
カルロがそう指示した。
「……拳銃覚えようかしら、わたし」
ファウストの言うことはもっともだ。複雑な気分になりながらもマルガリータは彼らのあとについて行こうとした。
「ガリー」
カルロが肩を軽くつかんで引き留める。
「口の中は? 切れてない?」
そう問いかけ、顔を覗きこんできた。
「えと……少し血の味はしたけど、大丈夫。とっくに止まって」
カルロが口の中に指先を入れる。
出逢ったときに、ファウストとカルロに口をこじ開けられ歯茎を見られたことを思い出す。
またオモチャにする気だわと思った。
「どうせ血の気多ひわよ。後ひゃき考えろって言いたいんれしょ」
「ああ、ここが切れてる」
そう言うと、カルロは血の味がしていたあたりに舌を這わせた。
なにしてんのと目を丸くするマルガリータに構わず、今度は唇で食む。
「こういうときは、目を瞑っているものだよ」
カルロがそう告げる。
マルガリータはあわてて目を瞑った。
カルロの品のよい香りにふわふわと酔いながら、これ口づけではと気づいたのは、だいぶ時間が経ってからだった。




