Resti di intrigo. 陰謀の残り香 i
朝早く起きて、そおっと寝室を出る。
足音を忍ばせて廊下を通り、マルガリータは静かな足取りで玄関ホールにたどり着いた。
誰も見てないわねと周囲を確認してから、こっそりと玄関から出る。
「よしっ」
まだ朝霧の漂っている玄関前で、両手のこぶしを握る。
朝の礼拝に行くにしても、またカルロについて来られて勝手な設定を作られたらたまらない。
なんとしても一人で行かねばと思った。
昨日のマリオ司祭には、カルロの言葉は全部ウソで一緒に住んでいる男性たちは親戚なんですと話さなくては。
まだ教会の鐘は鳴っていない。
朝の礼拝に出席するにはまだだいぶ早い時間だと思うが、礼拝堂が開いてなければ、お庭か薬草園で過ごさせていただけばいい。
そもそもが、カルロと顔を合わせるのが気まずい。
ファウストは口の悪いことを言われてもぜんぜん平気なのだが、カルロは話しかけられるたびに緊張する。
昨日の厨房でのあれはなにと思う。
やっぱり人間を引き裂いて焼いて食いたいって願望はあるのかしら。
あんな妖艶な感じで迫られたら、うっかり言いなりになりそうで怖いじゃないと思う。
ミステリアスで逆らいがたくて、つい引きこまれた。
昨日は結局リビングで一緒に夕食をとったが、カルロの方はずっとまっすぐには見られなかった。
薄暗い蝋燭の下、あんな妖しげな感じで迫ったそのすぐあとに、何事もなかったかのように紳士的なマナーの良さで食事をしているなんて。
修道院に入る前に姉たちの部屋で読んだ恋愛小説にあった気がする。悪い男はそうなんだとか。
決して恋愛に興味があって読んだわけじゃない。
修道女になったあかつきには困った女性たちも助けたいと思ったから、神への奉仕として読んだ。
悪い男に引っかかったら最後、骨までしゃぶられて、ボロ雑巾のようにされてしまうとか恐ろしいことが書いてあった。
今はっきりと分かったわ。
あれは恋愛小説に例えて、ひそかに怪物の人間を骨までたべたいという抑えられない欲求を注意喚起したものだったのね。
彼らがいい人たちなのは、今となっては分かる。
だけどどうしようもない呪われた欲求があるのだわとマルガリータは思った。
せめてわたしは、彼らの代わりに神に祈ろう。ロザリオを握りしめた。
昨日の教会が視界に入ってきた。
まだ朝霧の漂っている森は、肌寒い。
足元の草は朝露で濡れている。歩を進めるたびに足に水滴がつくのは、やはりすこし不快ではあった。
これから毎朝こんな感じで通うことになるかしらと思うと大変な気もするが、仕方ないかと思う。
教会の裏手に人影が見えた。
二人の司祭服の人物だ。
片方はマリオ司祭かしらと思いながらマルガリータは歩みよった。
なにかを話している。
「おはようございます」
マルガリータは挨拶をしながら二人に近づいた。
こちらを見た人物は、やはりマリオ司祭だ。
もう一人の人物は、背中を向けているが同じ司祭服。別の教会の司祭さまかしらとマルガリータは思った。
通りすぎようとする。
背中を向けていた司祭がこちらを振り向いた。
「えっ……」
マルガリータは思いきり目を見開いた。
パオロ司祭。
元いた街で不正を働き、マルガリータの実家の兄弟を脅迫して協力させていた悪徳な司祭。
教会裁判所で罪の精査が始まっていると聞いた。
その後、拘束されたと聞いたのに。
「ど……どうして」
マルガリータは立ちすくんだ。
「ほう、ソレッラ・マルガリータ。修道服ではないので分かりませんでしたよ」
マルガリータは後退った。だがパオロ司祭がとっさに腕を伸ばし、マルガリータの手首をグッとつかむ。
「やめてください!」
マルガリータは叫んだ。
元いた街での物静かで清廉潔白な雰囲気の司祭とはまったく違う。乱暴で残虐そうな目は、悪漢の目だ。
「うちの信者の女性にやめてください」
マリオ司祭が止めに入る。
「うるさい!」
パオロ司祭が怒鳴った。
「何が女悪魔だ。怪物たちが暴れたという話は、どうせ怪しげな幻覚剤でも使ったんでしょう」
パオロ司祭はマルガリータの手首をグッと引っぱり詰めよった。
「逃げて来てみれば案の定だ。まあ、偶然ですが」
「逃げた?!」
マルガリータは声を上げた。
「罪を償う気がないんですか?!」
「あったら不正なんかするかね、ソレッラ・マルガリータ」
パオロ司祭が口の端を上げる。
「あなたのような人が神に仕えていたなんて……!」
パオロ司祭が教会の裏手の方を見る。
大柄な男が近づいた。
見覚えがある。
パオロ司祭の息のかかった異端審問所の役人の一人だ。
「縛りあげなさい」
パオロ司祭はマルガリータの手首をつかんだまま、男にそう指示した。




