I dolci sono peccato 甘いものは罪悪 iii
礼拝堂の一角にある告解室。
司祭に罪を告白して神様の許しを得る部屋だ。
入口から入ると、椅子と祈りのための小さな台が設えてある。
非常にせまい部屋。
一人が入ればいっぱいという感じだ。
祈りの台の前には小窓があり、いまはまだ閉まっている。
壁を隔てたとなりの部屋には司祭がいて、罪の告白を聞いてくれるのだ。
マルガリータは、告解室へと入った。
パタンとドアを閉める。
閉めるまぎわに、会衆席の間の通路に立つカルロが目に入った。
終わるまで待ってるつもりかしらと眉をひそめる。
怪物が教会に入ってもまったく平気なことに気づいたのは今さらだが、どうせ彼らには一パーセントの興味もない場所だろう。
先に帰ってくれていいのにと思う。
となりの小部屋に司祭が入室する。小窓がスッと開いた。
「あなたに回心を呼びかけておられる神の声に、心を開いてください」
司祭が静かに告げる。
マルガリータは椅子に座り、手を組んだ。
「父と子と聖霊の御名において」
ロザリオを取り出し、司祭と一緒に祈る。
「アーメン」
「神のいつくしみを信頼して、あなたの罪を告白してください」
マルガリータは、ロザリオを膝の上に置いた。
告解は数年ぶりなので緊張する。
「わたしは……あの、元修道女で」
マルガリータはそう話し始めた。
「とある出来事により女子修道院にいられなくなり身内とも会えなくなり、この街に移って来ました」
司祭は静かに聞いている。
「それについては……罪を犯してのものではないので後悔はしていませんが」
三人の怪物たちとともに牢のあった修道院を破壊し、騒ぎを起こしたときのことを思い出す。
あのときは、その後カルロとこんな気まずい状態になるとは思わなかった。
彼らを良い友人だと思い始めていたのに。
「えと……そのさいに建物を多少壊してしまったことは罪だと思いますが……」
マルガリータはロザリオを握りしめた。
多少ではないけど。
そういえば、あのあとあの修道院の修復はどうなったかしらと急に心配になる。
「女子修道院にいられなくなっても、わたしは一生修道女として生きるつもりです。ですが」
マルガリータはわずかに目を泳がせた。
ここからどう話そう。
怪物の世話になっているなんて話したら大騒ぎになるわよね。どう話をぼかそう。
「その……ここに移ってくるさいに、とある男性たちにお世話になりまして」
「その方たちのお世話でご主人と移住して来られたのですね」
司祭が言う。
ご主人。
告解室の前で待っているであろうカルロの様子を思い浮かべて、マルガリータは顔に熱を持った。
「わわわわたしは結婚はしていません! というか心は修道女なので、するつもりはありません!」
マルガリータはつい声を大きくした。
カルロが外で聞いているかしらと想像し、ますます顔が熱くなる。
「ですが先ほど夫だと」
「しししし親戚です!」
マルガリータは答えた。
司祭はしばらく沈黙した。
言いたいことがまとまらないとマルガリータは頭を抱えた。
なにを話したいのか、自分でもよく分からなくなってきた。
「何か混乱しておられるようですね」
あああ、見抜かれてるとマルガリータは思った。
なんで混乱してるのかすら自分で分からない。
「つまり、いまの時点では婚約者ということでしょうか」
「今後も結婚するつもりはありません!」
そうと声を上げ、マルガリータは息を整えた。
心音が速いのに気づく。
落ち着いてと自分に言い聞かせた。
「……とある出来事で修道院には戻れなくなりましたが、一生修道女のつもりです。神に仕えて、結婚も恋愛の誘惑も罪悪として遠ざけるつもりです」
「はい……」
司祭が静かに相槌を打つ。
「頑張って」
「……頑張ります」
マルガリータはそう答えた。
「それで、あなたの告白したい罪とは」
マルガリータは宙を見上げた。
冷静に考えてみれば、自分はカルロに恋愛感情を抱いたわけではないし、結婚しようなどと考えたわけでもない。
なぜ罪を犯したような気がしたんだろうか。
マルガリータは、首をかしげた。
おもむろに台の上で手を組む。
「……えと。罪の告白は以上です。許しをお願いします」
司祭が不可解そうな表情をしているのが、なんとなく空気で分かる。
初めて来て、いきなりおかしなことをしてしまった。
恥ずかしいからさっさと帰ろうとマルガリータは思った。
「え……それでは。神の許しを求め、心から悔い改めの祈りを唱えてください」
困惑したような口調になりつつも、司祭が告げる。
「神よ、いつくしみ深くわたしを顧みて、あわれみによって罪深きわたしの咎をお許しください」
「アーメン」とマルガリータは唱えた。
「神に立ち返り罪を許された方は幸いです。ご安心ください」
司祭がそうしめくくる。
「ありがとうございます」
そう言い、マルガリータは告解室を出た。
「終わった?」
カルロが礼拝堂の入口近くで、壁に背を預けて問う。
マルガリータの方に歩みよると、手を取った。
「では。明日から妻と来ますので」
そう司祭に告げる。
「えと……ご親戚でしたか? 婚約中?」
「やだな。そんなこと言ったんですか? うちの妻」
カルロが笑う。
妻。なにそれ。マルガリータは眉をよせた。
「まだ実感ないの?」
カルロが顔を覗きこむ。
マルガリータは、顔が火を吹いたように熱くなったと感じた。




