Benvenuto nella villa dei mostri. 怪物の屋敷へようこそ ii
「ご迷惑をかけてしまったのなら謝ります。女子修道院でもない所で寝ていた経緯は分からないのですが」
マルガリータとしては礼儀を尽くした言葉のつもりだったが、兄弟はしばらく無言でそれぞれの表情をしていた。
何か呆れたような様子だ。
「あの」
「ガリー、まず君は僕達のお茶の時間に、僕達の家に唐突に訪ねて来たんだ」
真剣な表情でカルロが腕を組む。
「乱入したの間違いだろ」
「兄さん、吹き出しそうになるからちょっと黙ってて」
カルロは口元を軽く押さえた。
ファウストがマルガリータの目の前で人差し指をクイッと下に動かす。
「で、勝手にひっくり返った」
「兄さん、端折りすぎだよ。うちの使用人の素顔をたまたま見て、驚いて気を失ったんだ」
「本当に驚いたとかなのか? 勝手に貧血起こしたんじゃねえの?」
ファウストが両手でマルガリータの頬をつねり、乱暴に左右に引っ張る。
「ひょっと、やめてくだゃ……!」
マルガリータの口にグッと親指を入れ、歯茎を剥き出しにさせた。
「歯茎は真っ赤だな」
「ああ、本当だ」
カルロも覗き込む。
「ひょっと!」
「こんな血色のいい子が貧血なんて起こさないよ。乱入して来たときの様子を考えると、むしろ少し血抜きでもした方がいいタイプなんじゃ」
やっぱり「乱入」ではあるのねとマルガリータは思った。離してもらった頬を擦る。
「分かりやすく言うと、血の気が多いのな」
ファウストが武骨な手でマルガリータを指差す。念を押すような口調で言った。
「兄さんと気が合いそうじゃないか」
「ペタ胸とは合わねえよ」
ファウストが素っ気なく返す。
胸のサイズで気が合うかどうかが決まるのか。マルガリータは頭の中で突っ込んだ。
ともかく乱入したのは本当らしい。
「……もしかして夢ではなく本当に起こったことですか?」
マルガリータはきちんと座り直し尋ねた。
「目が覚めたね。おはよう」
カルロがにっこりと笑う。
「えと、それは申し訳ありませんでした。でもわたし何で乱入なんてしたのか。怪物退治に行くと決心したのは確かなんですが、おふたりは怪物ではありませんし」
「ああ、面倒くせ。これだろ?」
マルガリータが半分も言い終わらないうちに、ファウストの姿が変化した。
肩が大きく盛り上がり、金色の目が険しく吊り上がる。
顎と首が逞しく太くなり、黄金色の毛に覆われた。
全身が二倍ほどに大きくなり、両手両足が非常に太い獣のものになっていく。
やがてマルガリータの目の前で、くわっと大きな口を開けて威嚇したのは、一頭の大きな虎だった。
二本のサーベルのような牙が生えている。窓から射した陽光を反射し、ギラリと光った。
マルガリータは呆気に取られて虎の口の中を見つめた。
「えと……」
あまりのことにどう反応して良いのか分からない。
「兄さん、また気絶されたらどうするの」
カルロが眉を寄せる。
カルロの落ち着き払った様子を見て、ああ、落ち着いていてもいいものなのねと、マルガリータは的外れなことを考えてしまった。
「まあ、こういう訳だから」
千切れてしまった服の切れ端を拾いながら、カルロが言う。
「来た所は間違えてないよ。マリア・ロレイナによろしく言っておいてね」
「なっ、なぜ修道院長のお名前を!」
マルガリータはカルロの方を振り向いた。
「聖カテリーナ女子修道院でしょ? まあ、たまたま」
「しゅ、修道院長に何かしたら……!」
「何もしないよ」
カルロがくすくすと笑う。
ファウストの姿がぐにゃりと縮み、毛皮に覆われた肌が人の肌の色に変わる。
ややして、マルガリータの目の前に脚を投げ出して座っていたのは、全裸の筋肉質の男性だった。
「やややや、やだちょっ」
マルガリータは両手をぶんぶんと大きく振り、尻で後退った。
全裸の男性を間近で見たことはない。
肌の色の面積の多さが生々しすぎて、どこを見ていいのか。
お構いなしという様子で、ファウストがカルロの方に手を伸ばす。
「服」
「服脱いでからやりなよ」
カルロは呆れたように言った。




