Vecchio castello. 古城 ii
中世の頃は藁を積んでシーツを敷き使っていたであろうベッド。
マットレスを敷いて寝心地よくしてあったため、夕べはぐっすり寝られた。
古城の一角にある、寝室としてあてがわれた部屋。
壁と床が石造りなのは確かにひんやりとした印象だと思ったが、部屋の所々には保温のためのタペストリーが下げられ、床には絨毯が敷いてある。
ベッドの周囲には天蓋が垂らされていて、肌寒いという感覚はなく寝られた。
重ねた毛布を退けてマルガリータはベッドから降りた。
カルロから聞いたんだろうか。夕べはマルガリータが頼む前に、モナ・アンジェリカが部屋を訪ねて毛布を二枚ほど置いて行ってくれた。
怪物の兄弟の屋敷に滞在するようになってから、この至れり尽くせりの気遣いにたじろぐことがしょっちゅうある。
二人というよりはカルロだけど。
あのガサツな兄と、歴代の女の子たちを気遣ってきたキャリアの長さをものすごく感じる。
女の子たちはこんな気遣いに落とされていったのだと始めは呆れて顔をしかめていたが、ここ最近は気遣われるたび頭がふわふわしてる気がする。
自分のことを考えているカルロをつい想像して、顔がほんのり熱くなってたりすることがある。
修道女としてあるまじきことだわ。
たとえ女子修道院に帰れない身になっても心は一生修道女と決めているのに。
マルガリータは、サイドテーブルに置いたロザリオを手にした。
十字を切る。
見習い修道女の期間を終えて正式な修道女になるさいに、一生誘惑を絶ち切り神に仕えると誓いを立てた。
なのに男性であるカルロに気遣われて頭がふわふわとしているなんて。
最近は、そんな自分を咎めるのも面倒になっている自分すらいる。
彼らに落とされた修道女たちも、こんな風に葛藤した人がいたのかしら。そんなことを考える。
「パオロ司祭についての訴えの内容が精査されて、近いうちに裁判が始まるんだってさ」
一階の食堂広間。
品のよい仕草で朝食を口にし、カルロが切り出す。
暖炉を背にして長く伸びるテーブルに、上座も下座も関係なく怪物が三人座り、銘々の朝食を摂る。
朝のいつもの風景だ。
レオナルドは基本的にこの二人と暮らしている訳ではないそうだが、ここのところは当然のように入り浸っている。
「異端審問所にパオロ司祭の息のかかった人たちがいたから、場合によっては無視されるんじゃないかとか心配してたわ。よかった」
パンをミネストローネにつけながらマルガリータは言った。
「マリア・ロレイナと相談して、モリナーリ家の名を使わせてもらった」
カルロが肩をすくめる。
「何やった奴だっけ?」
山羊肉の料理を食みながらファウストが問う。
「法律で買いつけ量の決まっている薬をこっそり規定以上とりよせていたのと、薬あつかいで許可が要る品目の密輸、それと医師と共謀しての薬の価格のつり上げ」
カルロがよどみなく答える。
「すごーい。そんなに?」
甘ったるいミルククリームと蜂蜜が嫌というほどかかったパンケーキを頬張り、レオナルドがケタケタと笑う。
パオロ司祭の陰謀の件では、ファウストとレオナルドにもずいぶんと助けてもらったが、もしかして自分たちが何に関わっているのかも分からないでやっていたのかしら。マルガリータは眉をよせた。
「俺の女を巻き込みやがって」
ファウストが山羊肉をナイフで切り、口にする。
山羊肉って……レオナルドは平気なのかしらとマルガリータは思ったが、当のレオナルドは幸せそうにパンケーキを頬張っていた。
「マリア・ロレイナは、元通り聖カテリーナで修道院長やってるんだろ? 兄さん」
「やってる」
ファウストが短く答える。
見に行ってるのかしらとマルガリータは思った。
ファウストがフォークでこちらを指す。
「お前の兄貴どもも見に行ってやったからな。妹が女悪魔と勇敢に闘った挙げ句に喰われて可哀想って周りから同情されて、商売は順調だってさ」
マルガリータは目を見開いた。
「そうなんだ……」
「まあ、マリア・ロレイナのアドバイスで、教会裁判所の偉い人の弱みを握ってガリーの実家は不問にすることにしてもらったから」
カルロが言う。
「……牢に来たとき、もうひとつ調べものがあるって言ったの、もしかしてそれ?」
「それ」
カルロが答えた。
「だから言ったろ。あいつは神経太い女だから大丈夫だって」
ファウストが肉を食む。
ありがたいですけど修道院長……。マルガリータは苦笑してミネストローネをスプーンですくった。




