Vecchio castello. 古城 i
街の中心地から外れて森を抜け、大きく開けた場所に出る。
堀にかかった木の橋を渡り、大きな石造りの門をくぐった。
木々の生い茂る一本道をしばらく行くと、目の前に厳つい中世風の城がそびえていた。
カシャ、カシャと馬具の音を静かに鳴らして馬車が止まる。
「着いたよ」
カルロが先に馬車から降り、こちらに手を差し伸べた。
「えと」
マルガリータは戸惑った。
十四歳のときに見習いとして女子修道院に入ったのだ。今まで手を貸された男性など、兄たちくらいだ。
「ひ……一人で降りられるから」
「大丈夫?」
カルロがこちらを見上げる。
よほど足でも踏み外しそうに思われてるのかしら。マルガリータは眉をよせた。
そりゃ初めて会ったときにとんでもない粗相はしているけど。
いい加減そのイメージは払拭してくれてもいいじゃないと思う。
ワンピースの裾を上げ、馬車の屋形から足を踏み出す。
屋形つきの馬車は、実家でも乗ったことはある。別に降りられるわよと頭の中で言い返した。
地面に足をつく。
予想よりも地面が低かったので膝を不自然に曲げてしまい、ズルズルと座りこむように出入口に尻餅をついてしまう。
「大丈夫? ペタ胸さん座り疲れたんじゃない?」
背後のレオナルドがしゃがんで顔を覗きこんだ。
「い……いえ。ちょっと靴底がすべって」
「まあ長い時間乗ってたからね」
カルロが屈んで抱き起こしてくれた。
刺繍入りの青い上着に、首に巻いた白いクラバット。
いつものごとく貴族然とした身形のよい服装のカルロに抱き起こされると、いい匂いがする。
なに付けてんだろと間近に来られるたびに思う。
ファウストも見かけによらず品のいい匂いがしているが、カルロとはまた違う。
なんとなく頭がふわふわしてくる香り。
彼らと過ごした歴代の女の子たちは、この香りに落とされたのかしらと思っているが、以前ほど腹が立たないのはまずいだろうか。
たとえ女子修道院にいられなくなっても心は修道女のつもりだ。
誘惑を退け、神に仕える身を一生通すつもりなのだ。
「大丈夫?」
マルガリータの両肩に手を添え、カルロが顔を覗きこむ。
「だ……大丈夫」
不意にカルロが屋形の座席の方を見た。
「ロザリオ、忘れてんじゃないの? ガリー」
「え?」
マルガリータは自身の胸元を見た。手の平で胸のあたりをさぐる。
たしか途中で眠くなって、揺れてるから危ないかしらと思って外したのだった。
だが手には大切に持っていたつもりだったのに。
「あ、えと」
顔を熱くして座席を振り向く。
レオナルドがロザリオのチェーンをつまんで、こちらに差し出した。
「やっぱり修道女やめて正解だったんじゃない? ガリー」
カルロが顔をしかめる。
「や……やめてないわよっ。心は一生、修道女なのっ」
マルガリータは声を上げた。
カルロが言った通り、ファウストがサン・ジミニャーノの住み処に着いたのは真夜中だった。
「あー、いい運動した」
蝋燭の灯りが照らす古城の廊下を、伸びをしながら全裸のファウストが歩いてくる。
部屋着を手に歩みよったモナ・アンジェリカに気づくと、彼女に手伝わせ部屋着に袖を通した。
つまり、サーベルタイガーとやらの姿で走って運動したいのでこちらとは別行動だったのねとマルガリータは理解した。
「おかえり、兄さん」
食堂広間から出てきたカルロが声をかける。
厨房に運ぼうとしていた食器を手に、マルガリータはなんとなく二人の様子を見ていた。
「おっ、ペッタンコ胸が普通の女の格好してやがる」
髪を掻きながらファウストはそう言い放った。
なんの格好をしててもとりあえず文句言いたいのかしらとマルガリータは顔をしかめた。
「まあ、マリア・ロレイナにはほど遠いけどな」
そう呟いて、くるりと方向転換をする。
「俺の部屋どこ」
「前に住んでたときと同じだよ。アンジェリカが寝られるようにしてくれたから、すぐ使えるよ」
カルロが答える。
「前にここに住んでたの三百年前じゃねえか。忘れた」
ファウストが欠伸をする。
「二百六十年前だよ、兄さん」
カルロが微笑して答えた。
たぶん彼らにはたいした違いじゃないんだろうなとマルガリータは思った。
今日だけで何度も遇った感覚の違いだ。
いまだ馴染めはしないが、ここ何日もの彼らの屋敷の滞在で受け入れられるようにはなってきた。
不意に空気を肌寒く感じる。
「寒い?」
腕を軽くこすったマルガリータの仕草を見て、カルロがそう問いかける。
「え……いえ。平気」
「古いお城だと、お屋敷ほどは住むのに向いてないからね。少し冷えるんだよ。なんならアンジェリカに毛布もっと出してもらって」
カルロが言う。
「兄さんが寝たら、僕も寝るね。おやすみ」
そう言いカルロはファウストと同じ階段を昇って行った。




